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第21話 『焼き菓子』

 翌日、レヴィンは背負っている鞄の半分くらいに菓子を入れて、森の家に行った。  テーブルに出された大量の焼き菓子を見て、クオンが戸惑った。 「こんなにはいらなかったんだが……」  レヴィンもさすがに多いとは思った。昨夜、家令のモーリスに「菓子があったらほしい」と言ったら、どうするのか訊かれた。 「友人に菓子をあげたいと言ったら、朝からいっぱい焼かれた。こんなにはいらないと言ったんだが、多いに越したことはないと言われて、持たされたんだ」  モーリスはレヴィンが日々、クオンのところに通っていることを知っている。主人が世話になっているという、ささやかな礼も込められているのかもしれない。  クオンはレヴィンの話を聞きながら、じっと菓子を見ていた。  焼き菓子はひとくちで食べるには大きい。丸く成形され、香ばしいバターの匂いがしていた。 「せっかくだから、食べてみないか」  レヴィンが言うと、クオンもうなずいた。  早速ふたりで菓子に手を伸ばす。  口にしてみると、しっとりしていて甘い。クオンが「おいしい」と目を輝かせた。  レヴィンがひとつ食べている間に、クオンはふたつ食べていた。  甘い物が好きなのかもしれない。レヴィンは微笑みながら、もうひとつ手に取った。 「ところで、この菓子はどうするんだ?」  問うと、クオンは口の中の菓子を飲み込んだ。 「これからトレイの村に行く。あの村は子供が多いから、こういうのを持っていくと喜ばれるんだ」  なるほど、と思った。 「一緒に来るか?」 「もちろんだ」  一も二もなく言うと、クオンはくすりと笑った。想定内だったようだ。  焼き菓子は再びレヴィンの鞄に入れられた。  クオンは肩掛けの鞄を持ってくると、すぐに出発した。レヴィンが来たらいつもで出かけられるようにしていたようだ。    森の家からは半刻ほどでトレイの村に着くという。クオンは慣れた手つきで草や枝葉をかきわけて進んだ。クオンの後ろは歩きやすく、枝の跳ね返りで頬を打つこともなかった。  それにしても、あの村にまた行くことになるとは思わなかった。  村人たちは黒髪の青年は知らないと言っていた。自分の風貌を怪しみ、揉め事を避けようとしたのかもしれない。  つらつらと考えながら林道に出ると、レヴィンはフードをかぶった。するとクオンが不思議そうに言った。 「なあ。なんで髪隠すんだ」  レヴィンは曖昧(あいまい)に笑った。 「不吉だから」 「? なにが?」  レヴィンはフードの端を引っ張って、うつむいた。 「朱色の髪は凶兆の証らしい。見たくない人もいるだろうから」  クオンは呆れたように言った。 「そんなの聞いたことないぞ。誰に言われたんだ?」 「…………」  宮廷で、とは言えなかった。黙っていると、今度は盛大なため息が聞こえた。 「おまえは俺を不幸にしたくて、付きまとってんのか」 「! ちがう!」  レヴィンは弾かれたように顔を上げた。まっすぐな黒い瞳が見つめてくる。  射貫かれたようだった。 「迷信だって、わかってんだろ」 「…………」 「だったら、堂々としてろ」  クオンはレヴィンのフードを後ろに引っ張った。 「キラキラ光って、かっこいいと思うけど」  ふ、と笑ってクオンは一歩先を行った。  暑苦しかったフードが取られ、すっきりとした首筋をさわやかな風が通り抜けていく。  レヴィンはクオンの背後に隠れるように歩を緩めた。  うつむいて、手で口元を覆う。今は顔を見られたくなかった。  心臓が大きな音を立てて、早鐘を打っていた。

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