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第26話 『グラハムの機転』

 第六王子殿下の視線を受け、グラハムはゴクリと喉を上下させた。頭をフル回転させる。    これは事情があって身分を明かしていないのかもしれない。  そうでなければ、クオンも友人などと気安く言わないだろうし、ましてや王子殿下に農作物を背負わせたりしないだろう。    殿下の背中から野菜が生えている。ありえない情景に眩暈(めまい)がした。    とりあえず、グラハムは膝を折るのはやめ、慎重に口を開いた。 「モーリス殿から話は聞いております。近いうちに改めてお屋敷にご挨拶に参ります」    冷や汗が出た。言葉は選んだつもりだ。この対応でよかったのか、恐ろしかった。  すると殿下は口元を和らげ、小さくうなずいた。 「ありがとう。いずれまた」  グラハムは膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。  よかった、と心底安堵した。自分の機転は間違っていなかったようだ。  グラハムは動揺を隠すため、クオンに体を向けた。これ以上殿下と向き合っていたら、ぼろが出そうだった。 「クオンくん、切り傷用の練薬を持っていたら、分けてくれないかい」 「ああ、あるよ」  クオンは肩から掛けた鞄を一度下ろして、中を探り、丸い入れ物を出した。グラハムは手持ちの黒鞄から出した小箱をクオンに渡すと、彼は持っていた薬をすべて移した。 「半分でいいよ。貴重なものだろう?」  もらいすぎだということを主張すると、 「貴重なのは錬るために使う蜂蜜なんです。この前、大量に手に入ったから大丈夫」  すると殿下が、ぐりんとクオンに顔を向けた。信じられないという表情を浮かべている。 クオンは満足そうに笑っているのを見て、入手先は訊かないでおこうと思った。 「いくら払えばいいかな」  グラハムが練薬の代金を払おうと財布を出すと、クオンは首を横に振った。 「先生からお金はとれない。これはあげます」 「そんなわけにはいかない。手間がかかっているだろうし。受け取ってもらわなければ困る」  グラハムは顔をしかめた。クオンはお人好しなところがあるのだ。  二人して「いらない」「それはダメだ」と繰り返していたら、殿下が「薬屋に(おろ)している値にしたらどうか」と折衷案(せっちゅうあん)を出してきた。  グラハムとクオンは顔を見合わし、お互いの気持ちを()むことにした。  クオンから卸値(おろしね)を聞くと、グラハムは目を見張った。 「そんなに安く卸してるのか⁉ あの薬がいくらで売られているか知ってるかい⁉」  クオンは頬をかいてうなずいた。 「もっと高値で卸してもいいんじゃないかい?」  老婆心ながら言うと、クオンは首筋をなでた。 「実は、前にちょっとだけ値段を上げてみたことがあるんです。そしたら、店で売る値段も同じだけ上げられてしまって。……庶民が買えなくなったら、意味がないから」  グラハムは顔に(しわ)を寄せた。  薬屋は足元を見ている。今度、あの店の主人に苦言しておこうと思った。  硬貨を渡したところで、グラハムは二人と別れた。自分はこれからトレイの村の先にある、もうひとつの村に行く。  振り返ると、朱い髪と黒い髪の珍しい者同士の組み合わせが並んで歩いている。  二人の後ろ姿を見て、グラハムは道中、殿下はなぜクオンに身分を隠しているのだろうかと思った。 (もしかしたら) クオンをお抱えの薬草師として雇いたいのかもしれない。 王族にとって薬を提供する者は、信頼に値する人物でなければならない。薬草師は毒草の知識も持っている。解毒の知識もあれば、毒を盛ることだってできる。 殿下はクオンの人となりを探っているのかもしれない。彼は街で認められた薬草師ではないが、その知識は確かなものだ。  街の薬草師より詳しいかもしれないと思うことは幾度もあった。それならば今度、屋敷に挨拶に行ったときにでも、クオンは信頼に足る人物だと推薦しておこう。  クオンに新たな出会いがあったことは喜ばしいことだ。  グラハムは父親のような気持ちになりながら、足取り軽く、次の村に向かった。

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