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第30話 『リウの面影』

 しばらく焚火を見つめていたクオンは、明るい声で言った。 「さっきの獲物、すごかったな」  クオンは話を変えた。レヴィンも相槌を打った。そして思った。  ―クオンはリウではないのだ、と。  五年前に消えたリウ。五年前にここにやってきたクオン。  偶然とは思えなかったが、偶然だったのだ。  薄々感じてはいたことだった。  日々彼のそばにいて、言葉を交わすたびにリウの印象と食い違い、戸惑った。  顔がよく似ているせいで、ふとした瞬間にリウの面影を追うが、声を聞くとリウの姿が()き消える。  初めのうちは切なかった。リウであってほしいと思っていた。  だが、薬草茶を作り、売りに行くクオンを見てきた今は違う。    リウでなくてもかまわない。自分は今、ここにいる黒髪の青年に魅かれていた。 「魚、焼けてきたぞ」  クオンが言った。見ると片面が少し焦げていた。裏返しにして、両面焼きにする。  魚から煙が立ち、良い匂いがする。もうすぐ食べられそうだ。  じりじり焼ける匂いを嗅ぎながら待っていると、クオンが竹串をとった。 「熱いから気をつけろよ」  食欲をそそる匂いに誘われかぶりつき、言われたそばから火傷した。 「だから言ったろ」  クオンは呆れたように笑った。黒い瞳が細められ、胸が高鳴る。恥ずかしくて、焚火に当てられている魚に目を向けた。  魚は四匹焼いており、クオンはもう一匹くれた。レヴィンは一匹しか釣っていないので、クオンの釣果であるが、ありがたくちょうだいした。  釣ったばかりの焼き立ての魚は、身が引き締まっていて、宮廷でも口にしたことのない美味しさだった。    食べ終わると、クオンは「もう少し釣りたい」と言って竿を持って川に向かった。魚籠(びく)には数匹入っていたが、足りないようだ。    レヴィンは竿を落としてしまったので、釣った魚の内臓処理をさせられた。これをしないと臭くなり、すぐに傷んでしまうそうだ。(さば)き方は今しがた教わった。    レヴィンは自分が何かやらかすたびに、こき使われている気がしてきた。クオンも面倒事の手間が省けるので、これ幸いと思っているのではないだろうか。    (さば)いた魚をきれいに洗って一塊に置いていると、魚籠に新たに鮮魚が入っている。何度か繰り返し、魚籠から溢れるのではないかと心配になったとき、 「餌なくなったし、帰るか」  と、切り上げた。    餌がなくならなかったら、まだ釣るつもりだったのだろうか。    そんなことになったら、魚籠に入りきらなかった生魚は、レヴィンの鞄にぶち込まれただろう。魚臭い鞄なんて嫌だ。餌がなくなってよかったと心底思った。    帰り支度をするため、服を拾うとすっかり乾いていた。上衣を着ていると、クオンの腹がぐうと鳴ったのが聞こえた。 「腹へったな」  言われてみると、魚二匹しか食べていない。レヴィンは思い出したように鞄を引き寄せた。 「食べ物ならある」  明日は朝から釣りに行くと言ったら、家令のモーリスが持たせてくれたのだ。包みを広げると、肉と野菜をパンで挟んだサンドイッチだった。 「お、いいな」  包みは二つあった。 「クオンの分もある」  もうひとつを渡すと、クオンはレヴィンの隣に座った。  川のせせらぎを聞きながら、並んで食べる。会話はなかったが、おだやかで心地よい時間が流れた。  しばらく光る川面を眺めていたら、「そろそろ帰ろう」とクオンが立ちあがった。  クオンは魚でいっぱいの魚籠を肩から下げた。レヴィンが自分の鞄を背負うと、当然のように竿を持たされた。  完全に小間使いと化していた。  

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