43 / 89

第43話 『片思い』

 美しい紅葉は道に散り広がり、行く者の目を楽しませてくれる。  その中をレヴィンは怒りを隠すことなく、落ち葉を踏み、森の家に向かっていた。    スタンフォード家が接触してきたと知り、頭に血が上った。    彼らの奸計(かんけい)により、自分は身ぐるみはがされた状態でここに追いやられたのだ。面会など、どの面下げていっているのだ。ふざけるなと言いたい。    フレディからいい話を聞いたばかりだというのに、気分は最悪だった。ところが秋晴れの清々しい自然の中を歩いていると、徐々に怒りが収まり、冷静になってきた。    レイトンに来て半年が過ぎた。  ここに来てよかったことはクオンに会えたことだ。    突然押し掛けた自分に、なんだかんだ言いつつ相手をしてくれている。上流階級だと知っているのに媚びへつらうことがないので、(むしろ無礼な部類だが)彼の言葉は疑わずにすむ。  宮廷ではこうはいかない。それを思えばレイトンにいる自分は素直に生きていた。  スタンフォード家に陥れられたからこそ、彼に会えたわけだが、だからといって、スタンフォード家を許すつもりはない。    レヴィンの心がまたささくれ立ち始めたとき、森の家に着いた。    家主が珍しく薬草畑でしゃがんでいる。黙々と作業している姿を見たら、苛立った気持ちが霧散した。 「クオン。手伝う」 「ん」  畑の薬草を摘んでいたクオンは顔を上げずに返事をした。  この畑は春からずっと、雑草を抜いたり水を撒いたりと、レヴィンが世話をしてきた。わずか半年ではあるが、ついに収穫のときか、と妙に感慨深かった。  レヴィンは葉を千切りながら、クオンに先ほどフレディから聞いたばかりの話をした。  クオンは手を休めずに「売れてよかった」と言った。 「値段きいたら、高すぎて誰も買わないだろうと思ったけど、それでも気に入ってくれた人がいたんだな」  価格設定については、レヴィンとフレディで決めた。通常の紅茶の価格の約2.5倍だ。    クオンは高いと言ったが、紅茶の仕入れ価格、クオンとフレディの取り分を考えたら、決して高すぎるわけではない。  クオンはお人好しなので、すぐに値段を下げようとするが、商品には適正価格というものがある。  高すぎるのは論外だが、安すぎるのも問題なのだ。流通の仕組みは宮廷である程度、教わった。 「次はいつ作ってくれるのかと言っていたが」  レヴィンの言葉にクオンはやはり手を止めずに答えた。 「しばらくは作らない」 「……そうか」  レヴィンは少し残念だった。  作れば儲かるのに、商売気のない人である。    二人で黙って薬草を摘んでいると、不意にクオンが口を開いた。 「なあ」  レヴィンは顔を上げた。クオンはそのまま口を閉じてしまった。なんとなく言いづらそうにしている。  どうしたのか促すと、ためらいがちに言った。 「んと……紅茶の代金って、いつもらえるのかな」 「来週になるそうだが」 「そっか、わかった」  クオンは下を向いた。彼が金銭の話をするなど珍しい。 「入り用なのか?」  レヴィンが訊くと、クオンは千切った薬草を指でつまんで撫でた。 「ちょっと蜂蜜がほしくて」 「!」  クオンの蜂蜜がほしい、は食用ではない。食べてもらうつもりで贈った蜂蜜は別の用途に使われたのだ。  それを知ったのはトレイの村で医師のグラハムに会ったときだ。あのときは衝撃だった。  レヴィンの心中などよそに、クオンは続けて言った。 「冬に向けて切り傷用の練薬を作りたくてさ。欲しがる人がいるんだ。けどいつも蜂蜜がなくて、みんなにあげれなくてさ。ないって言うと、すごく残念がるから……」  ぽつぽつと薬草を千切る姿を見て、レヴィンは胸がいっぱいになった。  ああ、クオンが好きだ—  紅茶が売れて、少しでもクオンの生活が楽になればいいと思っていたが、彼はそんなことより、みんなの喜ぶ顔が見たいのだ。  黒い髪が陽射しを受けて白く反射している。  レヴィンは口元を緩めた。 「代金を受け取ったら、蜂蜜を買って行く」  クオンは再び顔を上げ「助かるよ」と柔らかく目を細めた。その微笑みにレヴィンの胸はトクトク音を立てた。わずかに上気しかかった頬に気づかれないように、目をそらした。 「蜂蜜はそれでいいが、薬草は……」  レヴィンは言いかけて、手元を見た。クオンがうなずく。 「そう、これ。おまえが世話したやつ」  レヴィンも摘んだ葉を手に取った。生き生きと瑞々しい薬草。これが人の役に立つのだ。 「なんというか、うれしいものだな」  クオンは微笑みながら葉を触るレヴィンに優しく言った。 「自分で世話した薬草だもんな。愛着出るのもわかる。薬も作ってみたいよな?」  レヴィンは「そうだな」と答えると、クオンは満足気にうなずいた。  そして、作らないという選択肢は端から用意されていなかったことに、後から気づいた。

ともだちにシェアしよう!