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第60話 『レヴィンの催し物』
三か月間の厳しい冬も終わりを告げ、日を追うごとに暖かくなってきた。春というには少々寒いが、待ち遠しかった季節である。
花の香る紅茶の売り物分をレヴィンが受け取りつつ、クオンが言った。
「お菓子の品評会?」
レヴィンはうなずいた。
「街の催し物だ。すでに何人か申し込んでくれている」
「なんでまたそんなことを?」
クオンは売り物とは別に手元に残しておく新作紅茶を入れてくれた。
「街の人たちが楽しんでくれることをやってみたくなったんだ」
レヴィンがこの街にやってきて、まもなく一年になる。自分にできることは何かを考えていたら、レイトンには祭りがないことに気がついた。
モーリスに聞いてみると、近隣の村々では収穫祭などがあるが、街を上げての祭りはないという。祭りは街を活性化させる。皆が楽しむことはもちろんだが、経済効果も生まれる。
王都では年に一度、一週間続く大きな祭りがあり、近隣の街や村の人たちが足を運んでいた。レヴィンもお忍びで何度か行った。出店が並び、大道芸人が技を見せあい、華やかな仮装行列もあった。皆、大いに笑い、大いに楽しんでいた。
祭りをしたい、とレヴィンが言うと、モーリスは苦い顔をした。
実は先代の主人も同じ事を考え、企画を進めたことがあったという。ところが途中で宮廷の横槍が入り、潰された。厄介払いをした相手が王国の直轄地で余計なことをするなということらしい。以来、先代は庶民のためになるようなことは一切しなかった。
レヴィンはその話を聞き、自分が表立って動かなければやれるのではないかと思った。
ただ、祭りなど大きなものをいきなりやろうとすれば、関与を疑われる。まずは目を付けられない些細なものからやってみることにした。
クオンは本日のおやつ、木の実が入ったサクサク生地の焼き菓子を食べながら問うてきた。
「品評会ってことは、一番を決めるんだろ。賞金でもあるのか?」
「いや、金は出さない」
賞金を出せば参加者は増えるし、盛り上がるだろうが、それだと目立ってしまう。金が動けば出資者は誰かなど、詮索される。あくまで目立たずささやかに、だ。
「優勝者は『ヨーク家御用達』と名乗ることができる」
この催し物はお茶会好きで知られる名門貴族、ヨーク家の女夫人に協力してもらう。
主催の目的はお茶会に出すお菓子選びだ。優勝作品の菓子はヨーク夫人がお茶菓子として、一年間注文してくれる。
参加者にとっては夫人が気に入れば、その商品だけでなく、別の菓子を納める機会も望めるし、箔が付いて知名度も上がる。
何より職人にとって腕を磨き、競い合う機会は新しいものを生み出す。レイトンという田舎街の目玉商品ができることも考えられた。
小さな催しを繰り返し、いずれ街を挙げての大きな祭りにつなげたい。レヴィンの構想を理解してくれたヨーク夫人は喜んで力を貸してくれた。
菓子品評会の主催者はヨーク夫人、審査員は夫人の茶飲み友達である貴族のご婦人方だ。
品評会の触れ込みは商人のフレディがやってくれている。ヨーク夫人からフレディに依頼してもらった。この件にレヴィンが絡んでいることをフレディは知らない。
経緯を聞いたクオンは「おもしろそうじゃないか」と言ってくれた。
「ヨーク夫人って、俺の紅茶を買ってくれてる人だろ。いい人だな」
クオンは頬を緩めて紅茶を飲んだ。
「その話が出ると、言い出しにくいんだが」
「?」
レヴィンは一旦、言葉を切った。
「実は、ヨーク夫人がクオンに会いたいと言っているんだ」
「俺に? なんで」
「夫人は以前からクオンの香草茶を買っていた人だ。どんな人が作っているのか、知りたくなったらしい」
「…………」
「品評会の日に、会わせてくれないかと」
クオンはレヴィンの友人だとフレディから聞いたヨーク夫人は、会わせてほしいと言ってきた。品評会の話を快諾してくれた後に言われてしまい、無下に断れなかった。
クオンは飲んでいたカップを軽く揺らしながら考えていた。
窓から入る陽光がクオンの横顔に当たっている。
沈黙に耐え切れず、レヴィンは口を開いた。
「ダメだろうか……」
クオンはカップをテーブルに置いた。
「ダメってわけじゃないけど。貴族の屋敷に行くんだろ」
レヴィンがうなずくと、クオンはきっぱりと言った。
「着て行く服がない」
クオンは腕を組み、低い声で言った。
「レヴィンの屋敷に行くのとは違う。おまえだから恰好なんて気にしなかったけど、初対面の貴族の屋敷となったら話は別だ。それなりの服装でなければ失礼だろ」
直球で言われるとは思っていなかったが、似たような懸念はするだろうとレヴィンは予測していた。
「それなら大丈夫だ。クオンの服は作る。モーリスの親戚に仕立て屋がいるんだ。彼に頼めばモーリスも喜ぶし、モーリスも衣装代はいらないと言っている。日頃のお礼代わりに受け取ってほしい」
反論の余地を与えず、一息に言い切る。
クオンはそれでもためらっていた。気乗りはしないようだった。逡巡していたが、大きく息をひとつした。
「わかった。品評会はいつなんだ?」
「二か月後なんだ。服を作るには一か月はかかるから、近いうちに俺の屋敷に来てくれないか」
クオンは渋々だったが、うなずいてくれたのがとてもうれしかった。
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