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第59話 『違和感』

 二日空け、レヴィンが森の家に着くと井戸の脇に薬草がなかった。クオンはたまに薬草採取に行かない日もあるので、今日はその日なんだと思った。  翌日、また薬草がなかったので今日も採取に行かなかったのかと思った。  三日目、今日もなかったので、珍しいこともあるなと思いながら、二階に上がった。  数日前に干した薬草がそろそろ乾燥しているはずだ。部屋に入り、並べて干した薬草を確認すると、レヴィンが置いたものではないものがあった。  あ、と思った。きっと手荒れのことを気にして、クオンが自分で洗ったのだろう。そういえばもう治ったことは言っていなかった。数日間、水仕事をせず、薬を細目に塗っていたら、傷はふさがっていた。  お茶を飲みにクオンが出てきたときに言った。 「クオン。手の傷は治ったから、薬草洗いはする。いつもみたいに置いといてくれるか」 「……ん」  クオンは顔を上げずに、生返事をした。ちゃんとわかってくれたか疑問だった。 「薪、取りに行ってくる」  冬の間、薪は毎日大量に消費される。柴刈りをするのも日課だ。レヴィンは木枯らしの吹く中、山に入った。  あくる日、レヴィンは少し早めに街を出た。クオンが薬草採取から帰ってくる時間を見計らってのことだ。森の家に着くと、クオンは外にいた。井戸の脇で薬草を洗っている。やっぱりだ。 「クオン。俺がやるから」  近寄ると、クオンは薬草の入った籠を持って立ち上がった。 「もう終わったからいいよ」  こちらを見ずに家に入ろうとするので、腕を掴んだ。 「傷はもう塞がったんだ。俺がやる」  クオンはレヴィンの掴んだ右手を見た。 「せっかく治ったんだ。また荒れてしまう。水、冷たいだろ」  その言葉にレヴィンはカッとした。 「そんなのクオンだって同じだろう⁉ ずっと俺がやっていたのに、冬だからやらなくていいなんて、おかしいだろう!」  クオンに対して声を荒げたのは初めてだった。クオンが驚いたように黒い瞳を大きくしたが、彼は冷静だった。 「レヴィン。何をむきになってんだ。どうしたんだよ」  ちょっと困ったように言われて、レヴィンも頭が冷えた。  確かにそうだ。むきになるようなことではないはずだ。  クオンは当惑した笑みを浮かべた。 「やってもらいたいことは他にもあるんだ。薬草茶の調合もできるだろ」  そう言ってレヴィンを残し、家に入ってしまった。  ビュウと強い風が吹きおろし、埃が目に入った。こすりながら奥歯を噛む。  クオンが優しくしてくれるのはうれしい。しかし、自分が欲しい優しさはそういうものじゃない。特別扱いしてほしいわけじゃない。  うまく言えない自分に苛立ちを覚える。それと同時にほんのわずかだが、違和感があった。  だが、その後のクオンはいつも通りで、特に変わった様子もなかった。    数日経つと、レヴィンはその小さな違和感は勘違いだったのだと思った。

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