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第75話 『リウのお茶』
雨の音が聴こえる。クオンはまだ帰ってこない。
リウがティーポットとカップを持って戻ってきた。
「僕のお茶ですけど」
と、香草茶を注いでくれた。
「僕の? これはリウが作ったお茶なのか?」
「あ、いえ。これはクオンが僕のために作ってくれたやつなんです。なので、つい『僕の』って言っちゃうんです」
レヴィンは飲む前からわかってしまった。レヴィンの苦手な酸味のある香草茶だった。
軽く口をつけて、カップを置く。
「リウもロッドも、クオンにお茶を作ってもらっているんだな」
うらやましい、と口にはしなかったが顔に出てしまった。
「レヴィー様だって、作ってもらってるじゃないですか」
「?」
思い当たらないでいると、リウがくすっと笑った。
「香りのいい紅茶ですよ」
レヴィンは、ああ、と思った。花の香る紅茶のことだ。
「あれは違う。俺のためじゃない」
「でもたくさん飲まされませんでした?」
「試飲だ。クオンは貴族好みのものを作って売りたいと言ったから、協力しただけだ」
するとリウはにんまりした。
「レヴィー様、いいこと教えてあげます。クオンは自分の好きな人にその人用のお茶を作るんですよ」
リウは自分とロッドの他に、クオンの父、グラハム、トレイの村のメアリーの名を挙げた。
「売り物にするからっていうのは口実ですよ」
胸を張って言う。
レヴィンが疑わしげに見ても、リウはかまわず続けた。
「ロッドがクオンの新作だと言ってあの紅茶を持って帰ってきたとき、僕、相手は誰だって思ったんです。クオンと離れて暮らしている間に、誰がクオンと仲良くなったのかなって。ロッドに訊いてみても知らないと言われるし、まあ、嘘でしたけど……。だからずっと気になってたんです。けど、レヴィー様と話してみて確信しました。あの紅茶はレヴィー様のために作ったものですよ」
リウは自信満々な顔をしている。
彼の言う通りであれば、うれしいことこの上ない。レヴィンは、そうだといいなと思って、微笑んだ。
リウは飲んでいたカップを置くと、急に笑顔を消した。
「レヴィー様は……クオンのことが好きなんですよね?」
クオンを引き留めていたあの一連のやりとりでわかってしまったのだろう。
レヴィンは誤魔化すことなく首肯した。
「だったら、クオンに何を言われても諦めないでください」
リウは真剣なまなざしを向けてきた。
「クオンはレヴィー様を追いかけるようなことはしません。だから、レヴィー様がちゃんと捕まえてください」
リウの悲愴な顔に、レヴィンは大きくうなずいた。
***
窓の外は暗くなり、夜へと移っていった。レヴィンは蝋燭に火を灯した。
テーブルの上に街を出る前に買ってきたパン屋の菓子を出した。レヴィンが企画した菓子品評会の優勝作品を一緒に食べたかった。
夕刻、降りしきる雨の中、ロッドがリウを迎えにやってきた。
彼は開口一番、レヴィンに頭を下げた。
「騙していて、申し訳ございませんでした」
と、彼らしからぬ態度で頭を下げ続けた。リウにこってり絞られたのかもしれない。
レヴィンはそれについてとやかく言うつもりはなかった。謝罪を受け入れて、今まで通りに接してほしいと伝えた。
リウがクオンの帰りを待つのかと訊くので、待つと答えたら蝋燭を出してくれた。
「もうすぐ帰ってくるとは思いますけど」と言いながら、念のため、と続けた。リウの懸念は当たっていた。
テーブルに置かれた蝋燭の火は、風もないのにたまに揺れる。
レヴィンは仄かな灯りの中、クオンの帰りを待った。
夜は更けていく。
レヴィンは一度だけ外に出てみた。真の暗闇であれば動けない。帰れないのかもしれないと思ったからだ。
いつのまにか雨は上がっていた。空を見上げると、雲は流れ、月が出ている。
美しい満月で、夜とはいえ明るかった。これならレヴィンでも夜道を歩ける。クオンが動けないとは思えなかった。
帰れないのではなく、帰って来ないのか―
レヴィンはひたすら待っていた。
やがて窓の外が白んできても、クオンは帰って来なかった。
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