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第76話 『激怒』
玄関の扉が開く音で、レヴィンは目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていた。
振り返り、外から入ってくる光に目を細めた。逆光でクオンの顔が見えない。明るさから昼が近いようだった。
「クオン。今までどこにいたんだ」
レヴィンは立ち上がったが、クオンはその傍を通り過ぎた。
「帰れ」
低く短い声。顔すら見ずに二階に上がろうとするので、焦った。
「待ってくれ。話があるんだ」
呼び止めると、クオンは気だるそうにレヴィンを見た。その顔に胸がどきりと鳴った。
表情がまったくなかった。
レヴィンは唾を飲んで、思い切って言った。
「告白の返事を聞かせてほしい」
緊張で強張った声を出したレヴィンだったが、クオンは眉ひとつ動かさなかった。
「リウが好きだと言ってたことか。俺には関係ない」
冷たい視線を向けられ、レヴィンは、あ、と思った。焦りで心音が速くなる。
「その、クオンのことをリウと呼んでしまったことは、謝る。だが」
「俺はリウの身代わりになるつもりはない」
クオンは最後まで言わせなかった。レヴィンは慌てた。
「違う、クオン。聞いてくれ。リウに会ったから、はっきり言える。俺の気持ちは変わらない。俺が好きなのは、クオンなんだ!」
狭い部屋にこだまするかのように声が響いた。耳元で心臓の音が聞こえている。だがクオンは真顔のまま、レヴィンに正対した。
「それで? 俺もおまえが好きだと言ったら、どうなるんだ?」
レヴィンはクオンの言った言葉の意味がわからずに戸惑った。
「どう……って」
黒い瞳が見据えてくる。
「おまえ、自分がこの国の王子だって、わかってて言ってんのか。俺は王子の火遊びに付き合うつもりはない」
「! 遊びじゃない‼」
レヴィンの胸がずきりとした。痛い胸を抱えて叫ぶ。
「俺は宮廷を追放されたんだ。身分なんてあってないようなものなんだ! もう戻ることもない。俺は、本気でクオンのことが好きなんだ! わかってくれ‼」
言い切った瞬間、クオンは激怒した。
「わかってないのはおまえだろう‼」
一喝され、レヴィンは固まった。
クオンは堰を切ったように声を荒げた。
「宮廷から追放されたからってなんだ! その宮廷が戻って来いって言ったらどうするんだ! 和平のために結婚しろって言われたら⁉ 結婚しなきゃ戦争になるって言われても、おまえは無視できんのかよ‼」
クオンは肩を怒らせ、顔を真っ赤にしていた。その剣幕に圧倒される。
「おまえが宮廷に戻ったら……結婚したら、俺はどうなるんだ⁉ 愛人か⁉ 愛人にすらなれねえよ! 貴族でもない俺が、そばにいることを許されるわけがないだろう‼」
クオンの叫びは刃のように胸に突き刺さった。
王位継承権を持つ王子である以上、クオンの言っていることは可能性としてあったからだ。
リウにあきらめるなと言われたが、返せる言葉がない。
言葉に詰まったレヴィンにクオンは止めを刺した。
「二度と、好きだなんて言うな」
くるりと背を向けて二階に上がっていく。部屋の扉を閉める乱暴な音がした。
家主のいなくなった一階はしんと静まり返った。
クオンの言葉が何度も頭の中を巡る。
レヴィンはただ、立ち尽くすことしかできなかった。
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