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第80話 『内情』

 レヴィンは軽く目を見開いた。 「エリゼ様のことは建前です。殿下は宮廷の使用人だけでなく、一部の貴族からも皇太子殿下以上に慕われております。穏和で高慢なところもなく、理不尽に当たり散らしたりしません。弱い者に優しく、聡明であらせられますので、当然のことと思われます」  若い使者はひと息に言い切った。  レヴィンはどんな顔をしていいのかわからなかった。うれしくはあるが、褒めすぎだろうと思った。若い使者は真顔で続けた。 「殿下の人望はいずれ宮廷の力関係を崩しかねないところまできております」  レヴィンは耳を疑った。 「そんなことはないだろう」  即座に否定すると、若い使者は首を振った。 「殿下はご自覚がないだけです。現に、今回の『レイトン送り』はそれをいち早く察した第二王子殿下とスタンフォード家の当主の陰謀です。脅威になりかねない殿下を宮廷から排除するために謀ったことなのです。穏便に済ますために、エリゼ様が持ち出されました。あの方が殿下を慕っていることは誰もが存じているところ。スタンフォード家当主も自分の娘の恋心を利用して傷物扱いにするなど、ひどいことをなさる。本当に親なのでしょうか」 「おい、無礼だぞ!」  年嵩(としかさ)の使者が若い使者を止めた。彼もさすがに言いすぎたと思ったのか「口が過ぎました」と謝った。  レヴィンはなるほどと思った。  罪状をつきつけてきたときの第二王子の妙にあっさりとした態度、宮廷の愛憎劇にしては重すぎる処分。使者の言う通りならば得心がいく。  若い使者は真摯な瞳を向けてきた。 「殿下。宮廷では殿下にお戻りいただけるよう、すでに働きかけている者がおります。このお話も殿下の『レイトン送り』に疑問を持った者たちが調べ、私に伝えてほしいと申したことです。どうか、思いとどまってはくださいませんか」  使者の懇願するような顔に嘘はなかった。  王家を離脱したいと申し入れたとき、国王も兄弟たちも、誰ひとり引き留める者はいなかったというのに。 レヴィンは目を伏せ、ゆっくりとまばたきをした。 「そうか。私を惜しむ者などいないと思っていたが、そうでもなかったんだな」  だが、肉親に疎まれている以上、自分は争いの種にしかならない。  宮廷から来た対照的な二人の使者を見る。使者たちは固唾を呑んでいた。 「ありがとう」  レヴィンが微笑むと、若い使者は目を輝かせた。 「では……!」  レヴィンは穏やかに言う。 「尽力してくれた皆には、すまないと伝えてくれ」  そして、広げられた書類に署名をした。 ―レヴィーナード=フォン=ハーゼリア―    この名を書くのはこれで最後だ。    ペンを置いたこのときをもって、レヴィンはハーゼン王国の庶民になった。

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