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第82話 『毒』

 青い闇だった外は完全に暗闇となっていた。  松明を灯して走る馬車の中で、クオンはグラハムから聞いた話を整理した。    夕食のときだったという。モーリスは給仕をするため、レヴィンのそばに控えていた。    ボト、と音がしたので目を向けると、レヴィンがテーブルにスプーンを落としていた。  交換しようと近づくと、レヴィンの様子がおかしい。両手を見つめているのだ。    その手が震えているように見えた途端、レヴィンが指を喉に突っ込み、胃の中の物を吐き出した。  そして水に手を伸ばしたところで意識を失い、倒れてしまったという。 「毒だ!」と思ったモーリスは至急、グラハムを呼んだ。  駆け付けたグラハムはベッドに運ばれたレヴィンを看たが、何の毒なのかがわからなかった。  息はかすかで、苦しんでいる様子はない。ただ静かに眠っている。レヴィンは昏睡状態に陥っていた。  意識を失う毒なら昏睡草が有名だ。それであれば放っておいてもそのうち目を覚ますので、心配はいらない。  だが、宮廷から遠く離れた地にいる第六王子をただ昏倒させるだけに何の意味があるのか。  昏睡草だと思わせて放置させ、そのまま死に至るような毒なのかもしれない。  しかし、そんな毒が本当にあるのか。  グラハムはクオンなら知っているかもしれないと思い、馬車を飛ばして来たのだと言った。  毒と聞いたクオンは、ひとまず家にある解毒に使える薬草をかき集めて持ってきた。  症状を見てみないと何が効くかわからない。  疾走する馬車で大きく揺られている間、父から教わった毒の知識を必死で思い出していた。  屋敷に着き、二階の部屋で横たわっているレヴィンの状態を見た。  モーリスが心配そうにしている。 「先ほどから熱を出されまして。意識もわずかに戻ったのですが、またすぐに眠ってしまわれました」  胸に耳を当ててみると、心音が聴こえるが、弱々しい。グラハムにも確認してもらうと、確かに正常な人より弱いという。  クオンはモーリスを振り返った。 「レヴィンが食べてたもの、残ってますか」  モーリスは食事の部屋に案内してくれた。片づけはせず、そのままの形で残してあった。  直前に食べていたものはスープのようだ。匂いを嗅ぎ、口に含んでみるが、毒の味はしなかった。他の皿も同様だった。  クオンはあごに手を当てた。 「遅効性の毒だと思う。夕食じゃなくて、昼に食べたものかもしれません」  そこでモーリスは毒を盛った可能性のある人物の名を出した。  エリゼ=スタンフォードが紅茶を持ってやってきたこと、それを出してほしいと言ったわりに、彼女が飲んだ様子はなかったこと、そして「高級品だから」と言って茶葉はポット一杯分しかなかったということを聞いた。  クオンはうなずきながら言った。 「限りなく怪しいですね。茶葉は残ってますか?」  調理場に行き、生ごみを確認したが、すでに残飯と混ざってしまっていた。 「これじゃあ、なにもわからないね……」  グラハムは肩を落とした。  クオンはこれまでの経緯だけで推測することにした。 「症状からして、昏睡草が入っているのは間違いないです。スプーンを落としたということは、麻痺か痙攣(けいれん)。ただ、遅効性ということと心音が弱っているということから、複数の毒が使われていると思います。たぶん二、三種類くらいかと」 「熱が出ているのは、毒のせい? それとも」 「毒と戦っている方だと思います」  グラハムが言い終わらないうちにクオンは言った。 「そこまでわかっているなら、解毒できそうだね」  グラハムは安堵の表情を浮かべたが、クオンは首を振った。

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