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五年後(私)
『俺、世界で一番強くなって、せんせーの事、絶対守ってやるからな』
あの日そう言って私の手を握りしめてくれた手はまだ小さく、両手を使っても私の片手を覆いきれなかったのに……。
今、私の両手首は、ギリルの片手に易々と拘束されていました。
優しく、力を入れずに握っている様子なのに、私の両手は全く動きそうにありません。
「なっ……何を、するのですか……?」
少年から青年へと姿を変えたギリルの背は私よりも高く、日々の鍛錬で鍛え上げられた全身にはしっかりと筋肉が付いています。
単純な力比べでは、もう私はギリルに太刀打ちできませんでした。
「……師範の願いを、叶えようと思って」
彼は、新緑色をした瞳で真剣に私を見つめて答えました。
私の、願いを……?
彼の言葉に、私は息を呑みました。
ついに……この時が来たのですね……。
待ち焦がれた瞬間に、魂までもが震えるようです。
十代程となったギリルは魔物に苦しめられる村々を救い、町を救い、国を救い、今では名実ともに『勇者』と呼ばれる存在でした。
そしてついに先日、精霊に認められた勇者のみが扱えるという破魔の剣を授けられたのです。
私の願いを叶えることのできる、唯一の剣を。
そこで私は、とうとう彼に私の望みを伝えたのでした。
「私の本当の望みは、ギリルのその剣に貫かれる事です」と。
私の言葉を聞いたギリルは酷く動揺していた様子で「しばらく一人にしてくれ」と半日ほど部屋に篭ってしまいました。
その後も三日ほどギリルは私の顔を見られない様子で、ギクシャクとした気まずい空気の中過ごしていたのですが、どうやらついに覚悟をしてくれたようですね。
……私も、酷な事を言ったとは思っています。
私を師として仰ぎ、私を守るために強くなると言ってくれた子を、騙すような……。
いえ、事実……、私は彼を騙していたのです。
『ギリルが勇者になる事が私の望み』だと言って。
ギリルはそのためだけに、ここまで全ての時間を惜しみなく注いでくれたと言うのに。
そんな彼に、私を殺してくれだなんて……。
罪悪感に目を伏せれば、ギリルはもう片方の手で私の頬を撫でてきました。
こんな時でも、貴方は私を慰めてくれようとするのですか……?
本当に慰めが必要なのは、これから心に大きな傷を負うのは貴方のはずなのに……。
「師範……」
優しく宥めるような声は、私の耳元で聞こえました。
ギリルの匂いはいつもお日様のようですね。
こんなに近くにギリルを感じるのは、久しぶりな気がします。
彼が私の事を好きだと言った日から、私はなるべく彼に触れないようにしていました。
私を殺す時に、彼が少しでも苦しまずに済むように……。
しかし彼はその傍に置いた剣に手を伸ばす事なく、私の服の紐を解き始めました。
ええ、と……?
どういう事でしょうか。
ギリルは片手で器用に私の衣類を緩めると、肌着一枚を私に残して脱がせた衣類を隣のベッドへ放りました。
よく見れば、ギリルも上下共に肌着を一枚残しているのみのようです。
ああ、服が血塗れにならないようにでしょうか。
ではベッドに押し倒されているのも、部屋を血だらけにしない配慮でしょうか? 確かにあちこち飛び散らせてしまっては、この宿の主人にも迷惑がかかってしまいますしね。
それでも外で殺そうとしないのは、やはり人目が気になるからでしょうか。
ギリルは今ではこの国で知らぬ者がいないほどの有名人ですからね……。
けれど、私の身体はあの剣に貫かれればきっと塵になって消えるでしょう。
他の魔物達が皆そうだったように。
……あの日気配が途絶えたあの方も、きっとそうやって消えたのでしょう。
なので、この宿に迷惑がかかる心配はありませんよ。
そう伝えようと口を開きかけた私の唇を、不意に何か温かいものが塞ぎました。
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