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触れない心(俺)
「!?」
師範は驚きに目を見開いたまま固まっていた。
なんなんだ?
自分から誘っといて、キスは想定外だったってのか?
俺はあれから何度も何度も頭の中で思い描いて、なるべくがっつかないよう、優しく抱けるよう心を落ち着かせてから来たってのに。
そっと唇を離せば、師範は美しい闇色の瞳で呆然と俺を見上げて、それから顔を真っ赤にして目を逸らした。
赤く染まった白い肌が、銀色の髪の合間にチラチラと揺れる。
……何だよ、その反応は。
俺の背を、ゾクリと熱が駆け上がる。
そんな初心な反応をされては、俺の自制心が持ちそうにない。
「師範……」
俯いてしまった師範の耳元で囁けば、師範はピクリと小さく肩を揺らした。
俺の声に……反応してるのか?
この細い身体を今すぐ貫いてしまいたい衝動をグッと堪えて、俺は師範の首筋に顔を埋めた。
ああ、温かくて優しい。師範の匂いだ。
それを胸いっぱいに吸い込むと、張り詰めた下腹部がずくりと痛んだ。
早く早くと急かしてくる本能を抑え込んで、俺は師範の身体を優しく撫でる。
「……ど、どうして……?」
ポツリと零れた師範の声は小さく震えていて俺を煽る。
「師範、好きだ……。この世で一番師範が大事だ。俺の腕は全部師範のために磨いてきた。俺は師範さえ居てくれたら、他に何もいらない……」
ずっと堪えてきた思いが溢れて止まらない。
「師範に、俺の……、俺の全てを受け止めてほしい……」
込められるだけの愛と欲を込めて囁けば、師範が小さく息を呑んだ。
「……っ、私、は…………」
師範の震える声に底知れぬ悲しみを感じて、俺はハッと顔を上げた。
ああ、この顔には覚えがある……。
俺が師範に改めて気持ちを伝えた時の、あの時の顔だ。
悲しみと罪悪感を隠しようもないほど滲ませて。
今にも泣き出してしまいそうな師範を、俺は両腕で掻き抱く。
「ギリル……、離してください。私は……」
師範の両手が俺を押し返そうとする。
「っ、なんでだよ!!」
苛立ちが、留めきれず口から溢れる。
「師範が言ったんだろ、俺に貫かれたいって! なのにどうして俺を拒絶するんだ!」
「ギリル……」
「俺は……っ!!」
苦しくて、言葉が喉に詰まる。
……俺は、あんたに求められて、死ぬほど嬉しかったってのに……。
情けない。
一人で舞い上がって。
師範にそんな気なんてなかったってのか?
じゃあ、あれは一体どういう意味で……?
師範はそんな冗談を言うような人じゃないのに……。
…………師範の心が、分からない……。
「すみません……。そう、ですよね……。私の願いを叶えれば、貴方のその欲求は永遠に叶わなくなります。その前に……と言うのは至極当然です……」
……それは、どういう事だ?
師範の願いは、俺と同じじゃないのかよ?
「自身の願いばかりを叶えてもらおうだなんて、虫の良い話でした。貴方には、私に慰めを求める資格が十分にあります……」
資格……?
俺が、師範に、慰められる資格……?
「あの、ただその……。私はこういうことはもうずっとしていなくて、……うまくできるか分からないのですが……」
その言葉に、俺の思考はピタリと凍り付く。
「……は?」
……師範は、初めてじゃない……?
「いつ……、いや、誰とした……?」
俺の声は自分で思うよりずっと暗く重かった。
師範は俺の圧にびくりと肩を揺らす。
「え、ええと、その……。相手の名前まではちょっと存じ上げないと言いますか……」
「は? 名前も知らないような奴としたのか!?」
「……」
ふい、と闇色の瞳が伏せられる。
……違う。
師範はそんな、他人と一夜限りの関係をもてるほど器用な人じゃない。
じゃあ……。
残ったのは、師範が名も知らない誰かに一方的に嬲られた可能性だけだった。
「師範……」
師範は、俺が理解した事に気付いたのか、申し訳無さそうに小さく微笑んだ。
「すみません……」
「師範が謝る事なんてない!」
「そう、でしょうか……。私には貴方に謝る理由が、もう数え切れません……」
力なく目を細めた師範の頬を、涙が一筋伝った。
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