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誤解と真実(俺)
俺の短剣が師範の手によって師範の胸に刺さる。
師範のいつも微笑みを絶やさない口元が、ぐっと歪んだ。
痛みを堪える表情が、けれどじわりと緩んで、師範は俺の短剣を元通りに抜き取った。
胸には血の痕こそあったが、傷はどこにも残っていなかった。
「どういう……、ことだ……?」
切り付けた相手から確かに血が噴き出したのに、次の瞬間塞がっていた。そんな経験は今までにもあった。
村を襲うような低級魔族にはいなかったが、そんな魔族達を従える魔族や、さらにそれらを束ねるような魔族ともなると、普通の刃物では役に立たない。
俺の普段の長剣も、ほんの一瞬怯んでくれれば良い程度の道具になってしまう。
だからこそ、俺の持つような特別な……、高位魔族を斬る事が出来る特殊な武器が必要だった。
師範の今の現象は、まさに高位魔族が見せるそれだ。
「まるで……」
まるで、師範が人ではないと……。
どころか、高位の、人に害を成す強力な敵であると言われたようで、俺はそこから先が口にできなかった。
今までの旅でも、師範が倒した魔族達に申し訳無さそうな顔をするシーンは多々あった。
でもそれは、師範の優しさからなんだと思っていた。
たとえ魔族だとしても命を奪ってしまったことが申し訳なくて、それであんな顔をしていたのだと思っていた。
だけど、それは俺の勝手な思い込みで、本当はそうじゃなかったのだとしたら……。
疑問は山ほど胸に湧くのに、それを口にするのが恐ろしい。
俺の問いに、もし師範がそうだと頷いてしまったら……。
俺はこれから先、どうしたらいいのかがまるで分からなくなってしまいそうで……。
喉の奥に言葉が張り付いて何も言えなくなってしまった俺に、師範はどこか寂しげに微笑んだ。
「ギリルの思っている通りですよ」
「っ……!!」
嫌だ、そんなの俺は認めない!
「私は……」
俺は思わず両手で師範の口元を覆っていた。
「っ、んんう!?」
慌てる師範をもう一度胸に抱く。
「知りたくない。師範が何者かなんて。俺には関係ない」
「んんんっ」
俺の胸に押しつけられてじたばたもがく師範を、俺は強く抱きすくめる。
「俺は……。俺は師範が何者でも、師範のそばにいたいんだ……」
「ぷはっ!」
師範がぐいと顔を上げるようにして息を吸った。
「ギ、ギリル。苦しいです」
俺に自分を殺せなんて言っておきながら、師範は俺に苦情を言った。
そのズレに、なんだか肩の力が抜ける。
「ごめん」
「私こそ、突然驚かせてしまいましたね。私は……」
まだ続けようとする師範の口を、今度は唇で塞ぐ。
「ンンッ!?」
逃げようとする師範の細い顎を片手でしっかり固定すれば、師範は諦めたのか抵抗をやめ、そっと目を閉じた。銀色の長いまつ毛が俺の頬を微かにくすぐる。
師範の薄い唇を舌先で何度も撫でると、俺に応えるようにそこは僅かに綻ぶ。
それが堪らなく嬉しくて、俺は師範の口内へ舌を挿し入れた。
「ん……っ」
ぴくりと小さく揺れた師範の肩。
顎を押さえていた手は離したが、師範に逃げ出そうとするそぶりは無い。
それを確かめると、俺は師範の後頭部を包むように引き寄せて、深く深く口付けた。
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