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知らなかったこと(私)

「いつから、私が人ではないと気付いていたのですか」 私が尋ねれば、ウィムさんは「そうねぇ」と少し考えるフリをしてから「最初からね」と笑顔で答えました。 最初から……? では、彼は私が魔の者とわかっていて、パーティーに入ったと言うのですか? 「ティルちゃんも一緒よ、私が誘ったの。一緒にパーティーに入らないかって」 「どうして、ですか……」 尋ねながら、私は思い出していました。 彼らがパーティーに加わった時の事を。 あの頃はギリルをそろそろパーティーに入れて旅立たせようと、冒険者ギルドが三つもある大きな街に来ていました。 そこで、私はじっくり吟味に吟味を重ねて、ギリルが入るに相応しいとやっと思えたパーティーに声をかけたものの、ギリルがまだ幼かったことを理由にすげなく断られたんですよね。 もうこの街ごと消してしまおうか、なんてちょっと思いかけたところに、声をかけてきたのがこの二人でした。 「だって、気になるじゃない。真っ暗な闇の塊みたいなのが、ピカピカのお日様みたいな子と二人で旅してるのよ?」 ウィムさんはそう言って悪戯っぽく笑うと「もうこの術解いていいわよね?」と脂汗がうっすら滲む額をハンカチで美しく拭いました。 なるほど……。彼は見える方でしたか。 確かに、見えてもおかしくないほどの実力はお持ちでしたが、私に怯える様子も、ギリルに酔う様子もまるでなかったので、てっきり見えていないものと思い込んでいました。 「あ、ああ」とギリルが答えると、ウィムさんは室内の壁や床にぐるりと張られた強固な時間停止魔法を、一つずつ丁寧に解いてゆきます。 おそらく、結界様の術では私やギリルの力を閉じ込めきれないと判断したのでしょう。治癒の際の延命措置として時間停止を聖職者に学ばせる事もあると以前耳にしたことはありましたが、それをここまでうまく扱える者はこの広い大陸中探しても、そうたくさんはいないでしょう。 「では、ウィムさんは、私を倒すためにパーティーに入ったのですか?」 「えぇ?」 私の問いに急に振り返ったせいか、ウィムさんは足元をふらつかせました。 それもそのはずです。この部屋の前後左右上下へ六面同時に時間停止魔法をかけ続けていたのですから。まだこうやって立って話していられるだけでも驚きというものです。 ギリルが慌てて手を伸ばしかけましたが、ウィムさんの体はティルダムさんにしっかりと支えられていました。 「ティルちゃん、ありがとね」 ティルダムさんが、ウィムさんを大切そうに抱えてそうっとベッドに座らせます。 「倒そうだなんて違うわよぅ。ただ、二人で何してるのかしらって気になっただけ。そりゃ最初はピカピカの子が困ってないかしら? なんて心配もしたけどね、そんな心配すぐ吹き飛んじゃったわ。だってどう見たって師範にベタ惚れじゃない?」 「ベタッ……!?!?」 ギリルが小さく呻きましたが、ウィムさんは気にする様子もなく続けます。 「アタシは本当に、この二人これからどうなるのかしらって気になって、ついてきてるだけよぉ」 ……それはそれで、どうなんでしょうかと思うところもありますが、一見嘘をついているようにも見えないのが流石の手腕なのか、本心なのか、……私にはすぐには判断できませんでした。 「それでは、ティルダムさんは……? あなたは魔族を憎んでいるはずです。どうして私が敵と知った上で我々と共に過ごしていたのですか?」 ウィムさんの隣で、心配そうにその背をまだ支えていたティルダムさんが、髪の合間から私を見つめました。 けれど、その瞳に敵意や憎しみは感じられません。 「…………知り、たかった……。から……」 「魔族の生態にご興味がおありですか?」 私を調べて、魔族の弱点でも知りたかったのでしょうか。 残念ながら、魔族の弱点なんてものは一般的に知られているもので全てだと思いますが。 「……気持ち、が……」 ティルダムさんが、言葉を足しました。 一体、何の気持ちが知りたいというのでしょうか。 こんな風に、魔族が人に混ざって、人のフリをして、人恋しいのだろうか、と。 そうおっしゃっているのでしょうか? 「ほら、ティルちゃんの故郷は消えたって話したことあるでしょう?」 「ウィム……」 口を挟んだウィムさんをティルダムさんが小さく呼びました。 「いい?」と首を傾げたウィムさんに、ティルダムさんは頷きを返します。 「結局……、魔族化したのは、ティルちゃんのお友達だったんでしょうね。ティルちゃんも敵の足取りを追い続ける中で、薄々気づいてたみたいだけど……」 友達……? 友達なんてものがありながら、魔族化してしまうなんて事があるのでしょうか。 それは、本当にティルダムさんの友達だと言えるのでしょうか。 「……師範までそんな顔しなくていいわよぅ」 ウィムさんの言葉に、私は思わず両手で顔を覆いました。 顔に出したつもりはなかったのですが、彼には私の心まで見えるというのでしょうか。 じわりと心に焦りが滲みます。 ウィムさんは苦笑を浮かべて続けました。 「とにかく、ティルちゃんは知りたかったんでしょうね。魔族化した人間が、今どんな風に過ごしているのか、どんな気持ちで生きているのかを。だからアタシの誘いに乗ってくれたってわけ」 「そんな理由が……」 これはギリルの声でした。 「だからアタシたちには師範をどうこうしようなんて考えはないわよ。まあ、アンタ達がどうこうなれば面白いわねって思ってはいるけどね」 ウィムさんは、ギリルに意味ありげなウインクを送ります。 それを受け取ったギリルが、しどろもどろに口を開きました。 「ど、どうこうって、何だよ……」 まったく。答えなければいいものを。 こういった誘いをうまく躱せないのが、ギリルの未熟なところですね。 「あらぁ? ギリルちゃんってば、アタシに教えてほしいのかしらぁ?」 「は!?」 「いいわよぅ? オネエさんがトクベツに、手取り足取り教えてあげましょうかぁ?」 「なっ、バッ、バカ言うなっっ!!」 ウィムさんが実に楽しそうにギリルをからかっています。 ……しかし、困りましたね。 こんなはずでは、なかったのですが……。

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