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ずっとずっと、年上の人(俺)

ウィムが俺に向かって手を伸ばす。 やたらと艶かしく迫ってくる指先から距離を取ろうと足を引いた時、ウィムの手はティルダムの手に包まれた。 「……」 ティルダムが静かに首を振る。よくみれはティルダムのもう片方の手はまだウィムの腰に添えられていた。 「あら、ティルちゃんヤキモチぃ? ちょっとからかっただけよぉ」 笑顔を見せるウィムに、ティルダムは心配そうに言った。 「休もう」 「アタシを誘ってくれてるの?」 「……無理は、よくない……」 ティルダムがひょいとウィムを抱き上げる。 荷物程度の気やすさで、師範よりもガタイのいいウィムはティルダムの片腕に収まった。 「じゃあ、甘えちゃおうかしらね。話は、また後でね……」 どこか苦々しく呟いたウィムが目を閉じると、ティルダムは俺たちに頭を下げて、部屋を出て行った。 途端、部屋の気温が下がったような気がして、俺は思わず師範を振り返る。 師範は話の途中で立ち上がったままの姿で、じっと立ち尽くしていた。 片手が顔を覆っていて表情まではわからないが、どうやら動揺しているようだ。 「……師範……」 そっと肩に触れると、ビリッと手の平が痺れて弾かれる。 この感覚も、なんだか久しぶりだな。 今更ながらに気付く自分が、本当にバカで、情けない。 師範が不安定な時に触ると弾かれたりするのは、師範が魔族だったから、だ……。 今まで俺は師範の事を、魔力の多い人だから、心が乱れるとそういったものが漏れているんだろうな。なんて勝手に思い込んでいた。 「あ……。ご、ごめんなさい……」 謝る師範に、俺はもう一度触れる。 「こんなの大したことない」 そっと胸に抱き寄せると、師範は大人しく俺の腕の中に収まった。 ……抵抗しないんだな。 もっと押し返されたりするんじゃないかと思っていた俺は、なんだかもう、それだけで嬉しくなってしまって、問題なんて何もないような気がしてしまう。 マズイな。一度問題を整理しよう。 俺を育ててくれたこの人は、魔族……いや、ウィムは魔王だと言ってたな。 北の魔王については俺も噂を聞いたことがある。 雪に溶け込む真っ白な姿に、闇色の瞳を持つ、永遠の時を生きる魔王だと。 なんでも千年以上は生き続けている魔王で、その魔力には限りがないとかなんとか……。 ……いや、待ってくれ。 ――千年……?? 確かに師範は俺が子どもの頃から少しも変わらず美しいと思う。 この白い頬も、輝く白銀の髪も、吸い込まれそうな深い闇色の瞳も、確かに伝承の北の魔王の特徴と同じだが……。 師範は……千年以上前からずっとこの姿なのか……? 年上なのは百も承知だが、それにしたって、千年以上も離れてるだなんて思いもしなかった。 こうやって師範の背を追い越して、俺も少しは大人になったつもりでいたのに。 もしかして、師範から見たら今の俺ですら、ほんの小さなガキなんじゃないのか? 「……ギリル?」 不安げな声がして、俺は腕の中の師範を覗き込んだ。 「どうかしましたか?」 「ああ、いや。ちょっと……」 アホな事を考えていた自分が恥ずかしすぎて、思わず視線を泳がせる。 そんな俺を見て、師範が小さく苦笑した。 「なんですか?」 それがたまらなく嬉しくて、俺はつい口を開いた。 「その、さ。師範から見たら、俺はまだまだガキに見えてんのかな……って」 「そんな事を考えていたんですか?」 師範は驚きを通り越したのか、呆れたような声で言った。 「いや、だって。北の魔王って、千年も生きてるんだろ?」 「……ギリルは、彼の言葉を信じたのですか?」 「違うのか?」 俺が尋ね返せば、師範はシュンと俯いて、どこか悔しそうに答えた。 「……違いません、が……」 なんだこれ。 師範もしかして拗ねてんのか? 俺がウィムの言葉をホイホイ信じるからか? いや、可愛すぎんだろ。 俺は思わず腕の中の師範を抱きしめて、その額に口付けた。 「や、やめてください」 慌てたその口ぶりも、俺には可愛く思えてしまう。 「なぁ、師範……。俺のこと、どう思ってる?」 耳元で囁けば、師範の細い肩が揺れる。 「ギ、ギリルはギリルですっ」 「それはズルイだろ」 「……っ、ギリルは……、私の弟子で、聖剣に認められた勇者で、私の願いを叶えてくれる唯一の人です」 「それはもっとズルくないか?」 俺の言葉に師範は息を詰める。 「……私は、狡くて身勝手で、汚いんです」 「そこまで言ってねーだろ」 俺に全てを話したからか、師範はどうも昨日から時折子どもっぽい部分を覗かせている。 俺の保護者という立場を、この人はもう捨てたのだろうか。 それは寂しい事ではあったが、それで師範が俺のことを一人の男として見てくれるのなら……。 「なぁ、師範……。俺のこと、好き?」

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