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もう一つの方法(俺)

ざっと村の広場を見たが、祭りの時期でもない農村には、飲み物の屋台が一つあったきりで、食い物をおいてそうな店は無かった。 しゃーない、宿の食堂でなんか包んでもらうか。 ただ、もうここ数日連泊になってるせいで、あそこのメニューも一通り食い尽くしちまったんだよな。 行きと同じく、運動がてらに軽く走って戻る。 宿に近付くにつれて、空気が冷たく重くなってゆく。 あー……。もしかして、これって師範のせいか……? 少しは落ち着いてそうに見えたが、一人で残してきたのはマズかったか……。 宿の前では、ティルダムが何故かウィムを片腕に抱いたままブンブンと手を振っていた。 「ちょっとギリル、あんたのせんせーなんとかしなさいよ。こんなんじゃアタシ寝てられないんだけど」 ティルダムに抱えられたままのウィムが、ぐったりした様子で苦情を言う。 なるほど、ウィムはこう見えてもれっきとした光属性の聖職者だからな、闇の気配が濃いと辛いんだろう。 「すぐ行く」 俺が答えれば、ウィムリドが申し訳なさそうに頭を下げた。 「あ、師範が落ち着いたら、そっちの部屋に相談に行っていいか?」 「いいわよ」 ウィムの返事を合図に、俺は宿へ、ティルダムは俺とは逆方向へ駆け出した。 少しでも闇の薄い場所へウィムを連れて行きたいんだろう。 俺は息を整えながら階段を上ると、何食わぬ顔で部屋に戻った。 慌てて取り繕おうとする師範に、村には新しい食べ物はなさそうだと報告して、食堂に一緒に昼食を頼みに行こうと誘う。 師範が俺の差し出した手をおずおずと取る頃には、師範を包む空気も随分と和らいでいた。 今までも旅の途中で度々ウィムが「ちょっとぉ、ギリルちゃん。師範が一人ぼっちで寂しそうよぅ? そばにいてあげたらぁ?」なんて声をかけてくることがあったが、多分こういうことだったんだな。 俺が今まで気づかなかっただけで、あの二人は俺と師範をずっと見守ってくれてたんだろうか。 その晩、師範は「今日はなんだか疲れましたね……」なんて言って早めに寝てしまった。 俺が子供だった頃に比べると、最近の師範は寝る時間が早くなってきている。 かといって早く起きるわけでもなく、討伐の関係で早朝からの移動になれば、起きるのも少し辛そうな時があった。 昔は俺が夜中に目を覚ましても、まだ隣で本を読んだりしていたものだが……。 いや、これは俺が小さかった頃の記憶だからな。 そんなに遅くはなかったのかも知れない。 そんなことを思いながら、俺はウィム達の部屋の戸を叩いた。 「今いいか?」 「いらっしゃぁい、待ってたわよぅ」 ああ、ウィムもかなり回復したようだな。と声の様子から思いはしたものの、部屋に入るとウィムはまだティルダムの膝に抱えられていた。 「お前ら、今日ずっとその状態だったのか?」 俺の冷たい視線にウィムが困った顔をしてみせる。 「そうなのよぅ。ティルちゃんったら過保護なんだから、もぅ」 ウィムにえいえいと頬をつつかれて、ティルダムは少し申し訳なさそうにしつつも「……まだ、ふらついてた……」と答えた。 「まあいいんだけどな。二人がそれでいいなら」 俺は「どうでも」という部分を飲み込む。 「で? 相談っていうのはなぁに?」 ウィムの声はいつもと変わらなかったが、その青い瞳は真剣に俺を見ていた。 「師範のことで……」 俺は、二人に今の俺たちの状況を全部話した。 元は朝のうちに全て伝えるつもりだったんだが、ウィムが消耗して、師範も動揺してたからな。 今度はウィムが大変な術を使わずに済むように、魔族関係の直接的な単語はすべて避けることにした。 「そんなことがねぇ……。ギリルちゃんも、それは辛かったわねぇ」 ため息をつくように言って、床に視線を落としていたウィムが俺を見上げた。 「昨夜はあんまり闇の気配が濃くなったから、アンタたちの部屋に行こうかずいぶん悩んだのよぅ。でも行かなくて正解だったわねぇ」 ウィムを抱いたまま、ティルダムもこくりと頷いている。 「俺は、師範を殺したくない。でも、俺が師範を殺さないと知ったら、師範は……」 「そうねぇ。他の人を探しに行くって可能性も十分あるわよねぇ……」 ウィムが頷いて答えた。 ……自分でも気付いちゃいたが、人から言われると結構きついな。 「あの人にとったら、私たちの一生なんてほんの一日程度の感覚でしょうからねぇ」 「ウィム」 ティルダムがウィムの名を静かに呼ぶと、ウィムは紫の髪を揺らして「あらぁ、ごめんなさいねぇ。ちょっとハッキリ言い過ぎちゃったかしらねぇ」と謝った。 俺はなんとも言えず、苦笑で返す。 「とりあえずぅ、対策を練るのは、せんせーがどうして自死なんて望んじゃってるのか知ってから、かしらねぇ?」 ウィムのまとめに、俺とティルダムは黙って頷いた。 「じゃあ今日のところはここまでねぇ。んー……。せんせーが望んでるのが、存在の消滅じゃなくて、闇の者としての死ならいいんだけどねぇ」 ウィムは、話は済んだとばかりにティルダムに背を預けながら呟いた。 「どういう事だ?」 「あらぁ? ギリルちゃんは知らないのかしら? 『人を憎み世を憎むとき、人は人ならざるものと化す』の続きよぉ」 続き……? そういや、教会に彫られてるのは確かにもうちょい長かったよな。 なんか全体的に仲良く暮らしましょう的な内容だった事しか思い出せねーな……。 「なぁんでこっちはほとんど省略されちゃってるのかしらねえ」 ウィムの言う通り、長いやつはほとんど見かけないんだよな。 ティルダムが、記憶を辿るようにしてぽつりぽつりと唱える。 「……人ならざるもの、人に触れ愛に触れ、人に帰さん……」 そして、ティルダムは震える手で顔を覆った。 「そうよぉ、流石ティルちゃん、お利口さんねぇ」 ウィムは揶揄うような言葉で、けれど慰めるように、顔を覆うティルダムの手をゆっくり撫でた。 「……ほんとう、に……?」 「そう言われているけど……、アタシもまだ実際にそんな話を聞いた事がないから、正直なとこ半信半疑ってとこかしらねぇ」 つまり、どういうことだ? 師範は愛の力で人に戻れる……って事なのか?? 「けど、人に触れ愛に触れって……結局何をどうすりゃいいんだ?」 「んもう、やぁねぇ。そんなの決まってるじゃないの」 ウィムは、やたらと妖艶に微笑むと、肩越しにティルダムを見つめた。 いや、質問したのは俺だよな? ティルダムは指の間からほんの少しウィムと見つめ合ってから「まさか……」とだけ呟いた。 「あのさ、俺にも分かるように頼む」 俺の言葉にウィムは苦笑する。 「ギリルちゃんのそういう、何も分かってないのに成し遂げちゃいそうなとこ、天性の資質って言うのかしらねぇ? さすがあの師範に目を付けられるだけの事はあるわよねぇ」 ウィムの前置きが長い。つまりは急ぐ話じゃないんだろうが……。 「どうすれば、師範を人に戻せる?」 「そんなの、そのままでしょ。勇者であるギリルちゃんが、心と身体で師範を愛してあげればいいのよぅ」 そうか、心と……からだ、で……。 「……は!? へっ、……なっっっ!?」 「やぁだ真っ赤になっちゃって、かーわいー。でもギリルちゃんがこの反応って事は、師範も案外知らないのかも知れないわねぇ」 ウィムの言葉にティルダムが頷く。 確かに、未遂とはいえ師範は確かに昨夜、俺にそれを許した。 あの時の師範に、人に戻るかもなんて様子はまるでなかった。 無理をしてまで俺に許してくれたのは、せめて死ぬ前に俺の望みを叶えてやろうと思ってくれたんだろう。 「……師範……」 「師範に言うかはギリルちゃんに任せるけど、どちらにせよフォローはしっかりしてあげてねぇ?」 そうだな。こんな村の中では、うっかり師範が暴走したらマズいよな……。 「……場所を、変えよう」 ティルダムの意見に「そうだな」「それがいいわねぇ」と俺たちは同意した。

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