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狭い心(私)
ギリルが出て行った部屋は、まるで火の消えたランタンのように冷え冷えとしていました。
わずかな光に誘われるように視線をあげれば、窓の外では宿を囲む木々の合間を明るい日差しが踊っています。
そうでしたね……。まだ、お昼前なんでした。
ギリルが優しく撫でてくれた肩が、まだほんの少し彼の熱を残していて、気付けば私は自分の肩に触れていました。
胸に、先程のギリルの言葉が蘇ります。
あれは……本当なのでしょうか。
本当に、死にたい理由に納得できれば、この罪深い命を刈り取ってくれるというのでしょうか。
昨夜はあんなにハッキリと断ったのに?
……ですが、確かに、昨夜もギリルは私に理由を問いましたね。
私が死にたい理由、ですか……。
『世のため人のため、私は滅ぶべき存在です』
そう伝えたところで、ギリルが納得してくれるとは思えませんでした。
私は小さく息をつくと、誰もいなくなった部屋のベッドへ身を預けて、目を閉じました。
眼裏に今までの出来事が蘇ります。
罪のない人達を、大勢殺してきました。
初めは無意識に……。今では、意図的に。
これだけでも、十分私は人間の敵だと思うのですが。
どうしてだか、ギリルは人間全てよりも私を選んでしまうようなので、これだけで納得してもらうのは難しいかもしれませんね……。
では、私が魔王だから。という理由ではどうでしょうか。
私がいるだけで、私が生きているだけで、私の周りには暗がりができてしまいます。
そこから生まれてしまう魔物もまた、たくさんの人達を傷つけてきたのでしょう。
こうやってギリルと共に過ごす間は、彼の持つ光にあてられて多少の闇なら霧散しますし、彼が時折無意識に行なっているであろう広範囲浄化のお陰で、近頃は低級魔族すらめっきり見かけなくなりましたが……。
昨夜の、この部屋で言われたギリルの言葉が、あの時の真っ直ぐな眼差しとともに鮮やかに蘇って、私は慌てて目を開きました。
『俺は師範を守りたい。師範に、ずっと笑っていてほしい。そのためならなんだってやるから』
形ばかりの心臓が、大袈裟に脈を打っています。
……困りましたね……。
私はどうして、こんなにもギリルに翻弄されてしまうのでしょうか。
……こんなはずでは、なかったのに……。
私の目的のため、ギリルに懐いてもらおうとは思っていました。
なので、なるべく優しく接していましたし、私もギリルを可愛い弟子だと思っていました。
けれど、それは、それだけのことで。
決してギリルを自分だけのものにしたいだとか、そんな思い上がりはなかったはずなんです……。
ギリルには、私亡き後も、なるべく悔やまずに……、できれば他の誰かと幸せに……。
けれど、ギリルが見知らぬ女性と仲睦まじく暮らす姿を思うと、私の胸は苦しくなりました。
本当に、どうしたというのでしょう。
私はこんなにも、心が狭かったのでしょうか。
たった一人の弟子の幸せすら、心から願えないなんて……。
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