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俺の理性(俺)

「どうしてですか!」 師範があげた声は、どこか悲痛に響いた。 いつも穏やかな師範が、緊急時以外で声を上げるなんて。 ……俺は、正直驚いていた。 「っ、どうしてあなたは……、そんなに私を優先するのですか……?」 師範の深い闇色の瞳が、俺を見上げる。 「私が……あなたを育てたから、私に恩を感じているからですか?」 膝に乗せた師範が急に重く冷たく感じる。 俺には見えないが、おそらく師範の闇が濃くなっているのだろう。 「どうしてって、それは俺が師範を」 好きだから、と伝えようとした俺の言葉を遮って、師範が続ける。 「その恩義すら、まやかしだと言うのに!? 全て私が……、っ、私が、そうなるように仕組んだことで、あなたが私を慕うのも、あなたに私しかいない環境にしていたからで――」 俺は、強引に師範に唇を重ねた。 師範の口からそんな話は聞きたくなかった。 事実がそうだったとしても、もう俺には師範を嫌うなんて事、出来そうにねーんだよ……。 「……んっ……ギリルっ、や……っ」 なんとか離れようともがく師範から、一度唇を離す。 師範が息を吸ったのを確認して、俺はさらに深く口付ける。 息を吸うために開かれた隙間へ舌をねじ込んでも、師範は噛みつこうとはしなかった。 そうだよな。 現時点で師範の願いを叶えるためには、俺が必要だ。 多分師範は俺ではダメだと確信するまで、俺のそばを離れないつもりだろう。 じゃあ今の言葉も、俺が師範を憎んだり嫌ったりすれば、俺に殺されるだろうと思って……? ……それなら……。 抵抗を諦めたのか、力が抜けてきた師範の口内を、俺は丁寧に愛撫する。 「……ん……っ、……んん……」 師範がいつもの軽さになると、師範の顎を掴んでいた手をそっと離しても、師範は俺を振り解こうとはしなかった。 空いた手で、ゆっくり優しく師範の身体をなぞれば、ひんやりとした師範の身体に少しの熱が宿る。 そろりと目を開けて確認すれば、師範は白い頬をほんのりと染めて悩ましげに眉を寄せていた。 あー、ダメだ。 すっっっげえ可愛い。 このまま抱いてたら襲うな。俺が。間違いなく。 俺はありったけの理性を振り絞って師範から顔を離した。 「なぁ、師範。俺はなんて言われたって、師範を嫌いにはなれねーよ」 師範は、まだとろりと蕩けたような表情で俺をぼんやり見つめている。 やべー可愛さだし、もうこのまま襲ってもいいんじゃねーかな。みたいな気になる。 いやいや、ダメだ。しっかりしろ俺。 師範が魔王だなんていうのも結構な問題だが、ウィム達はあんな反応だったし、結局俺にとって一番の問題は『師範が死にたがってる』ってとこにあるんだよな。 「でも、師範が死にたいと思う理由によっては、俺も師範を殺せるかも知れねーし」 正直、何を言われても俺が師範を殺そうなんて思うはずない。 けど、ここはそうでも言っとかないと師範が落ち着きそうにないからな。 師範は俺の言葉にハッとした顔をして、それから俺の真意を探るように、じっと見つめ返した。 「だから、師範がそれを俺に言えるようになるまで、俺は師範のそばで待ってるから」 師範の細い肩を、温めるように撫でて言う。 「師範は焦らないで、ゆっくり考えをまとめてくれたらいい」 師範は、一瞬ホッとした顔になって、それからシュンと俯くと「そう……ですね。すみません……」と謝った。 いや、腕の中でそんな素直にしょんぼりされるとこのまま抱きしめたくなるんだが? 俺は師範をほんの一瞬だけ抱きしめて、ベッドにそっと師範を座らせると立ち上がった。 こんなに綺麗な人が、瞳を潤ませて頬を染めてる姿は、襲ってくれって言ってるようなもんだ。 俺は、ありったけの理性を掻き集めて、なんとか師範から目を逸らした。 「……俺、なんか昼飯買ってくるから。師範は部屋で休んでたらいーよ」 なるべくいつも通りの態度で、部屋の扉へ向かう。 師範も、いつもとそう変わらない声で「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」と答えた。

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