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三度目の町(私)
私たちは、討伐依頼で路銀を稼ぎつつ町から町へと進みました。
目指すのは王国の東端、国境近くの小さな村です。
歩いて移動したのは最初の町までで、そこから先は町から町へ乗合馬車を乗り継いで移動していました。
時折、ティルダムさんが重過ぎると割増料金を請求されることもありましたが、それでもなんとかここまで来れましたね。
この先はもう乗合馬車が寄る町がないので、ここから村までは、しばらく歩く事になります。
この町に来るのも、もう三度目ですか。
最初の二回は、まだ幼さの残るギリルの手を引いて、あの村への行きと帰りに寄ったんですよね。
思えばあれがギリルにとって初めての旅だったのに、私はあの方のことで頭がいっぱいで、初めて大きな町を見たギリルに露店を覗かせてやることすらできませんでしたね……。
そんな事を思い返しながら馬車の縁に足をかけると、いつものように、先に降りたギリルが私の手を取りました。
そこまでしなくても、そうそう転んだりはしないつもりですが。
あれから……私が廃教会の手前で転びそうになって以来、ずっとギリルは私に寄り添って、まるで私の護衛か騎士かのように振る舞っていました。
そんな行動は国の紋を背負う勇者にそぐわないと私が注意すれば、ギリルはマントも鎧も脱いでしまいましたし……。
『別に強い魔物が出るよーな場所でもねーし、こんなの重いだけだ。それに師範が俺を勇者にしたかった理由はこの剣なんだろ? これだけは、ちゃんと持ってるからさ』
そう言われてしまうと、私もそれ以上言うことはできませんでした。
私とギリルが大通りから繋がる町の広場で並ぶ露店を眺めていると、ウィムさんが手を振りながら帰ってきました。
「今夜の宿、押さえてきたわよぅ〜」
その後ろには前髪で顔を隠して歩くティルダムさんの姿が見えます。
おや、さらに後ろから、口に何かの串を咥えた少年が後ろの友達らしき子とふざけ合いながら、前も見ないで走ってきましたね。露店で棒付きの飴でも買ったのでしょうか。あの状態では転びでもしたら棒が喉に刺さってしまいそうです。
そう思った瞬間、少年の足が絡まりました。
おやおや、ウィムさんも長旅で疲れてるでしょうに、これは高等治癒術を使う事になるでしょうか。
けれど少年は地面に顔を打つ前に、ひょいと抱え上げられました。
少年を片手で軽々持ち上げたのは、ティルダムさんです。
「危ない、よ……」
そっと地面に下ろされた子が、ティルダムさんにお礼を言おうと思ったのか、慌てて顔を見上げました。
途端、笑顔を浮かべかけていた少年の顔が引き攣ります。
ああ、あの身長差でしたら、下から見上げれば髪の内側から顔が見えてしまうでしょうね。
「あ……ぁ……」
少年の小さな悲鳴に、ティルダムさんが申し訳なさそうに顔を手で覆います。
彼もつくづく不器用な方ですね。
こうやって人に親切をしたところで、自分が傷付くだけだというのに。見て見ぬふりのできない性分なのでしょうか。
ジリッと一歩後ずさった少年は、大声で捨て台詞を残すと振り返らずに駆け去ってしまいました。
友達らしき少年も、慌てて逃げていきます。
まあ、今度は二人とも飴の付いた棒は手に握っていたので、転んだところで大事には至らないでしょう。
「あらぁ。ティルちゃん良かったわねぇ」
ウィムさんの言葉に、ティルダムさんが嬉しげに頷きました。
……何が良かったというのでしょうか。
子どもが怪我をせずに済んだから、でしょうか。
「あの子いい子ね。きっと将来いい男になるわぁ」
にこにこ笑うウィムさんの様子に、私はさっきの少年の叫び声をもう一度頭の中で再生します。
『ありがとうございましたぁぁ!!』
なるほど?
態度はああでしたが、あの少年は恐怖の中でも礼を叫んで去ったのですね。
いけませんね。最近は耳まで遠くなってきたのでしょうか。
それとも私自身がそんなことはありえないと初めから思いこんでいるのでしょうか。
どちらにせよ、良くない傾向ですね……。
「師範?」
すぐ隣から聞こえた声に、私は顔を上げました。
私を気遣うように見つめる一対の新緑の瞳。
太陽のようなギリルの温かい気配に包まれると、波立っていた私の心が静かに凪いでゆきます。
「何でもありませんよ」
私が微笑むと、つられたのかギリルも少しだけ目を細めました。
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