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【おまけのおまけ】ティルダムの場合(俺)
二人が結ばれた事を、ウィムはとても喜んでいた。
嬉しそうに微笑むウィムが、愛しくてたまらない。
俺も、二人が上手くいったことは本当に嬉しい。
二人のことは応援していたし、何より、これでもうウィムが苦しまないですむと思うと、ホッとした。
師範の強い闇にあてられる度、青い顔をして、冷や汗を滲ませて、浅い息を繰り返すウィム。
震える彼の身体を抱えている間、俺は生きた心地がしなかった。
このまま彼が二度と動かなくなってしまったら、もう二度と、俺に笑顔を見せてくれなくなったら……。
そんな恐怖にさらされる毎日が、俺には苦しかった。
相手が目に見える敵なら、俺がいくらでもウィムの痛みを代わってやれるのに。
目に見えないものから彼を守ることは、俺にはとても難しかった。
どうしてこんなに無理をして彼らと旅を続けるのかと尋ねれば『アタシにしか出来ない事だからよ』とウィムは答えた。
でも、国王に呼ばれた時、ウィムは式典に行かなかった。
『ギリルちゃん一人じゃ恰好がつかないでしょ。ティルちゃんも行ってあげて』
そう言われて俺はギリルの後をついて歩いたけど、国王が口にした勇気と功績を称える言葉に相応しかったのは、あの言葉を本当に受け取るべきだったのは、ウィムだったのに。
ウィムが難しい事を沢山知ってるのは、彼がこれまで沢山勉強したからだ。
ウィムが難しい術を沢山使えるのも、彼がこれまで沢山練習したからだろう。
このパーティーに一番貢献してるのは間違いなくウィムなのに。
それなのに、彼はその功績を誰に労われる事もないなんて。
『アタシが顔出すと色々面倒なことになっちゃうのよねぇ、一緒に行けなくてごめんなさいねぇ』
そう言ってウィムは明るく笑う。その笑顔に悲しみが混じっていることに気付けるのは、俺だけだった。
『んもぅ、そんな顔しないの。アタシの事は気にしないでいいのよぅ』
ウィムはいつだって、優しく笑ってくれるのに。
俺がウィムにできる事は、あまりに少ない。
……ねぇ国王様。
あの日剣を受け取った俺たちは、ちゃんと魔王を倒したよ。
誰一人の犠牲なく。
それどころか、魔王まで幸せにして。
ギリルと師範とウィムが、たくさん頑張ったからだよ。
きっとこれで、しばらくは国内の魔物もおとなしくなるだろうし、その事で沢山の人が救われる。
『心配いらないわよぅ。アタシ達が報告に行かなくっても、城にはお抱えの術師がいるし、魔王の気配が消えた事はすぐ王様に伝わるから』とウィムは言っていた。
俺たちが倒したとは言わないのかと尋ねれば、ウィムは苦笑して答えた。
『そうなったらお祝いとか式典に出ないといけなくなるでしょぅ? ギリルちゃんはそういうの向いてないし、師範も出たがらないでしょうからねぇ』
それでは別のパーティーが名乗りを上げた日には、せっかくの功績を取って代わられるかも知れないのに。と俺が心配すると、ウィムは何故か俺のことを心配した。
『そうねぇ。ティルちゃんに魔王討伐の功績が要るなら、ギリルちゃん達に相談するわよぅ?』と。
違うんだ。そうじゃない。
俺はただウィムと一緒にいただけで、そんな大層な目的があったわけでもないし、そんな物もらうに値しないよ。
武功を自慢したい友達も、家族も。凱旋する故郷も、俺にはもう無い。
そんなものもらったって、俺には何の意味もない。
俺が首を振れば、ウィムは『そう? 欲しいものがあったら、遠慮しないで言っていいのよ?』と俺の心を覗き込むようにして、紫がかる青い瞳で俺を見つめた。
俺が欲しいのは、ウィムだけだよ。
ウィムはいつも綺麗で若く見えるけど、本当は俺より一回りも年上だ。
彼にとって、俺はまだまだ子どもに見えているのかも知れない。
夜の事も、俺を慰めるためにしてくれているだけで、そこに特別な感情なんて無いかも知れない。
好きだなんて、怖くて、とても言えない。
そんなつもりなかったなんて言われてしまったら、もう同じパーティーにもいられなくなる。
俺は、ウィムのそばにいられれば、それだけでいい。
でも、ウィムは……?
ギリル達と別れたら、それからウィムはどうするつもりなんだろう。
俺の行きたいところを聞いてくれたのは、俺をそこに置いていくため……?
この町に来てから時折感じる別離の気配に、背筋が凍る。
……ギリルはすごいな。
ずっとずっと年上の相手に、臆せず気持ちを伝えられて。
もちろん、ギリルも悩んだ上での事だろうけど。
ギリルは俺よりもずっと近い人を相手に、ずっと長い間悩んで、その上で決めた。
やっぱりギリルは国王様が言う通り『真の勇なる者』なんだな……。
「ティルちゃん?」
優しげな声に視線を上げる。
紫がかった青い瞳が、俺をじっと見つめていた。
この人と離れたくない。
俺はまだこの人のそばにいたい……。
願いを込めてそっと抱き寄せると、ウィムは俺に身体を預ける。
どうしてそんなに、俺に許してくれるの?
俺を信頼してくれてるのは嬉しい。
でもそれは、どんな意味での信頼……?
ねぇ、ウィム。俺はウィムが好きだよ……。
気持ちを込めて顔を寄せれば、彼は小さく笑って目を閉じた。
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