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 シノさんは、いつも私を横たわらせ、上に乗ってくる。「タマさんは何もしなくてもいいですよ」と微笑んで、私の体を愛撫する。キスはしたことがない。シノさんがどういうつもりなのかはわからないけれど、それは本当に好きな人とすることだと聞いた。やはりシノさんは私以外に、もっと愛する人がいるのだろう。  そう考えるとシノさんが、まるで好きでもない男と平気でセックスをする人のようにも思えて、それは何か違うような気もした。しかし、そうでない、と否定することは、シノさんが私に特別な思いを持っていることを認めるのと同じだ。私はひどく混乱してしまい、それ以上考えることができなくなる。  それに、こんな時に考えごとをするのは、ひどく不誠実なことだろう。私は目の前のシノさんにだけ集中する。  常夜灯のみになった薄暗い私の部屋。そこに、シノさんの姿がうっすらと浮かび上がっている。彼は細身だけれど、少し鍛えているのか適度に締まった体で、けれどその肌は私に比べて色が薄い。いつでも長袖だからだろうか?  シノさんの手が私の脇腹を撫で、首元、胸元へとキスをする。ちゅ、という音が恥ずかしくて、私はいつも妙な顔をしてしまう。嫌なわけではないのだけれど、なんというか。自分の身に起こることだとは思っていなかったから、どう受け取っていいかわからないのだ。  シノさんは丁寧に私の体を撫で、キスをして。最後には私の最も恥ずかしい場所にまで辿り着く。その頃には暗闇に目が慣れており、薄暗くてもはっきりとシノさんの姿まで見えてしまうから、ますます羞恥心が高まった。私はいつだって何も言えずされるがままだ。  シノさんのキスが、私の敏感な熱に触れる。私だってシノさんのことが嫌いではないから、すっかり立派になってしまったソレを、優しく唇が包み込む。変な声が出そうになるのを呑み込むのに精いっぱいで、私はシノさんのすることを見つめるばかりだ。  ちゅ、と先端にキスをして、それからゆっくりと口の中に迎え入れてくれる。そこは温かくて、舌が絡みつくとどうにも腰の奥から切ないものがこみ上げてくる。思わず腰が動きそうになるのをぐっと堪えてベッドのシーツを握るしかなかった。  シノさんはゆっくりと、しかし大きく上下に頭を動かす。その間も僅かに吸われたり、舌を絡められたりするのだから、私は気持ち良くてなにもかもがどうでもよくなりそうになった。  私を包み込む悲しみや悩みなどが掠れていく。息遣いと水音、それに熱だけが私の全てになるかのようだ。しかし、そこにはシノさんも共にある。その感覚に、たまらなく胸が締め付けられる。  しばらくするとシノさんが口を離してくれた。私の思考は、何色もの絵の具が混ざり合った雫のように溶けきり、何も考えられないまま、シノさんの動きを見ている。彼は、のんびりとした動きで私の上に跨った。  いつものように。シノさんはもうすっかり服も下着も取り払っていて。どうやって準備をしているのだか、私を受け入れるため、私の熱へと入口を導く。またセックスをするのだ、と今更改めて理解し、その期待と不安に息を呑んだ。  シノさんはゆっくりと、私を受け入れていく。やはり人との関わりとは、受け容れることと拒絶の間に存在するのだろう。その熱と狭さに私は眉を寄せ、呻く。  シノさんのほうだって同じだ。その先に悦びがあるとわかっていても、人を受け入れることは辛いのだろう。苦しげな吐息がなんともかわいそうで、私はなんとか彼を楽にできまいかとシノさんの腰を撫でた。本当は背中を撫でてやりたかったけれど、届かないのだ。  シノさんは、私の意図したところがわかるのか、眉を寄せたままでも微笑んで、私の名を掠れた声で呼んだ。私もシノさんの名を呼び返したけれど、それに何か意味が有ったのだろうか? シノさんはかなりの時間をかけて、私をすっかり根元まで受け入れてしまった。  ふぅふぅと深呼吸を繰り返すシノさんはひどく辛そうで、私はもうやめたほうがいいと思う。けれど、彼の胎内があんまり熱く優しく包み込んでくるものだから、私の獣の部分がそれを望まない。思うさま突き上げ、犯し、精を注ぎたいと訴えるけだものをなだめすかし、シノさんが落ち着くまで彼の腰を撫でているニンゲンのままでいられたのは本当によかった。  シノさんに、ひどいことなどしたくないのだ。  その思考にも私は疑問を感じる。どうしてそういう風に考えるのだろう。これまで他人に心を許さず過ごしてきた。それは他人を憎まず、好まず、労わらず、関わらないということだ。なのに、シノさんとはこんなことまでするし、彼の身体を案じる。私は、一体どうなってしまったのだろう。私の脳は抽象画のように渦巻いて、確たる答えを示さない。感じることが、受け取ることが全て。答えなどは人の数だけ有る――その無責任な真理が、今はとても憎い。  誰か教えてほしい。私はどうして、シノさんとこうなっていて。彼とどうなりたいのか。シノさんという存在は、私という存在は、なんなのか――。  精神世界へと入りかけた私を呼び戻したのは、シノさんだった。彼はゆっくりと身体を動かし、性行為を再開したのだ。私は慌てて、片手ではシーツを掴み、もう片方ではシノさんを支え 衝動に耐えるしかなかった。  シノさんは、近頃私との行為で一種の快感を得ているような気がする。  全てが終わって。疲れたとベッドに沈んだシノさんの為に、キッチンでカレーを温めながら考える。  最初の頃、シノさんは本当に辛そうだった。こんなことをは止めようと、何度言いそうになったか。いや、言ったかもしれない。しかしシノさんは私を受け入れると言って聞かなかった。  最近は少し違う。身体が慣れたのか、受け入れるのもそれほど辛くなさそうだし、それに。  時折、艶やかな声が漏れるのだ。  男にしては甲高いそれが聞こえる度に、私も身体が熱くなる。私との行為で、シノさんが快感を得られているという事実が、少し嬉しい。そしてそれに興奮もしてしまうのだ。まるで私に応えてくれているようで。  あるいは。愛してくれているようで――。  そう考えたところで、私は首を振った。  鍋の中では緑色のサグカレーが、グツグツと泡を出して踊っている。そのドロドロとした液体を混ぜていると、一瞬僅かに渦を描く。それがまた、私の絵のようだ。  私はどうしてこんなにも、シノさんのことを、シノさんとのことを考えるのだろう。こうして何もかもを受け入れて、あてもなく思考を巡らせるのだろう。  これではまるで、私が――。 「考えごとですか? タマさん」  後ろから声をかけられたけれど、私は流石に驚かなくなってきていた。シノさんの気配が無いのは、いつものことだ。彼はいつだって、気付くとそばにいるし、もういない。そうしたものだった。 「……自分の心に、問いかけていました」  素直に返事をすれば、シノさんは背後で笑う。 「タマさんは、詩人でもあるんですね」  僕はタマさんのそういう、表現の世界、好きです。  シノさんはそう言って私の鍋を覗き込む。恐らく食べたことの無い人なら、気持ち悪いと感じそうなほど緑のそれを、「美味しそう!」とシノさんは微笑んで見つめた。  私もつられて微笑む。二人での食事、セックス。好きだと言う仲。それはもしかしたら、恋や愛という言葉で表現されるものに近いのかもしれない。  しかし、私にはわからないのだ。  私には、人を愛したり、人から愛されたりする資格が有るのだろうか。  私は、人を殺したのに――?  答えは、無い。

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