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「タマさん、一緒にシャワーを浴びましょう。片方ずつだと時間がかかりますから」  慣れた、としか言いようのない手際でチェックインを済ませ、空いている部屋に連れ込まれ。その内装が意外に普通のホテルであること、しかしこの場がそういうところなのだと認識して動揺しっぱなしの私に、シノさんはさらりと提案してみせた。しかも私の返事はあまり重要でないらしい。彼は私に腕を掴まれたまま、スルリと服を脱ぎ始めたのだ。  私はそこでようやっと、シノさんから手を離した。ここでは私たち二人きり、なにも怖いことなどない。ようやっと落ち着いた私は、しかしボンヤリとシノさんが服を脱ぐ光景を見つめていた。  湿った服を脱ぐのは少々面倒なようだ。彼にしては珍しく、脱衣に手間取っていた。私より白い肌が、脱ぎ掛けた服の下にチラついている。私はシノさんに従い自分も服を脱ぐと、生まれたままの姿になったシノさんの腕を再び掴んだ。それをどう感じたのだろう。シノさんは小さく息を呑んで、それから私の顔を覗き込む。  私はどんな表情をしていたのやら。シノさんは、空いているほうの手のひらを私の頬に寄せると、優しく囁いた。 「タマさん、大丈夫。僕は何処にも行きませんよ」  その言葉に、私の胸はどうにも熱くなって、たまらず彼を抱きしめてしまった。あるいは、抱き着いたのかもしれない。愛しさが身体を支配し、私は彼を抱きしめたままバスルームへとなだれ込む。私の横暴など気にも留めない様子で、シノさんは背に腕を回してきた。  ああ、認めることは容易くないが、これが好意でなくて他のなんだというのか。私の肉体を駆け巡る感情は、複雑にドロドロと混ざり合った熱だ。シノさんを前にすれば、不安と恐怖と熱と愛しさとがないまぜになっておかしくなってしまう。  私からシノさんに向けるものは、こんなにも重く濁って溶けている。では、シノさんから私に向けるものは? 見たいのに、見えるはずもない。ただシノさんを抱きしめたまま、尋ねた。 「シノさんの顔、見てもいいですか」 「いつも見ているじゃないですか。それとも、これまで見ていなかったんです?」 「じっと見つめられるのは嫌かと思って」 「タマさんに見つめてもらえるなら、僕は嬉しいですよ」  優しい声に、私は腕を離す。シノさんをじっと見つめても、そこにあるのは実体としての愛しい彼だけだ。濡れた髪が額や頬に張り付いている。やわらかな眼差しはこのホテルの独特なライトのせいで、藍の色にも似ていると感じられた。シノさんの視線が私の網膜を通り越して脳内まで貫いているようなのに、それでもどこか優しい。まるでシノさんは私の全てを知っているようだ。私は彼のことなど、殆ど何も知らないのに。  シノさんは、こんな顔をしていたのだと。今、ようやっとわかったほどだというのに。  私は、静かにシノさんの唇に吸い付いた。彼は一瞬驚いたようだけれど、私を拒むことはついになかった。  キスをするのは、特別な関係だからだ。  シノさんにとって私がなんなのかはわからない。あくまで私たちはお付き合いをしていない、と断言したのは彼のほうだ。だから、これは私からの提示だ。  私は、シノさんを特別に思っているという、意思表示。  気付くと、私はすっかり眠りに落ちていた。  ベッドにふたり、裸のままで過ごしているうちには疲れ果て眠っていたらしい。重たい瞼を上げて、薄暗いベッドサイドに置いたスマホを手に取ろうとした。先に私の手に触れたのは、細いシノさんの腕時計だった。  時間が確認できれば、なんでもいい。私はその腕時計を見て、驚いた。時刻は18時23分である。私たちがこのホテルに入ったのは昼前だったはずだから、本格的に眠っていたようだ。  休憩でこのようなホテルに入ったのなら、時間のこともあるだろう。シノさんを起こさなければ。隣を見ると、シノさんはぐっすり眠っているようで、起こすのが躊躇われた。疲れさせたのは私である。受け入れるほうが負担は大きいに違いない。  どうしたものか。シノさんの時計をひとまずベッドサイドに置いて、スマホを手に取る。延長料金のことを調べようと思ったのだが、私はまた驚いてしまった。画面に表示された時間は14時35分だったのだから。  私はシノさんの腕時計とスマホとを交互に見た。よくよく見れば、その腕時計は秒針が動いていない。つまり、止まっているのだ。私は時間がまだあることに安心し、それから首を傾げた。  シノさんはどうして、止まったままの腕時計をしているのだろう。たまたま電池が切れていたのに気付かなかったのか。 「ん……」  私が動いていたせいか、シノさんが小さくうめき声を上げて目を覚ます。私は慌てて腕時計を元の位置に戻し、シノさんへ近寄った。大丈夫ですか、と声をかけているうちに、私の頭からすっかり時計のことなど消えてしまっていた。  なんにせよ。このデートをきっかけに、また私たちの関係は変化してしまったのだ。  

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