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プロローグ
バレンタイン商戦が済めば巷では一気に、卒業シーズンを迎える。
まだまだ寒い日が続いてはいるものの、周囲も退職や異動の話題で持ちきりだ。
「今度、桐島君営業部に行くらしいですね。噂になってました」
「あぁ、そうらしいな。もっとも、本人は嫌だとゴネているらしいが」
ベッドでまったりとしながら他愛もない会話をする。
ここ最近、瀬名とは忙しくてなかなか二人で過ごす時間がなかった。だから、こうして二人だけの時間を過ごせるだけで嬉しい。
だが、いくら久しぶりだからと言って、会話とやっている行為がちぐはぐなのは如何なものかと思う。
「つか、何時まで人の胸触ってんだボケッ!」
理人は思いっきり瀬名の顔面に枕を叩きつけた。ぼふっと音を立てて顔を埋めた瀬名は、そのままの姿勢で恨めしげに見上げてくる。
「いいじゃないですか。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃねぇんだよ! このエロガキっ! さっき一回ヤったばっかだろうがっ!」
「そんなこと言われても……一回で足りるわけないじゃないですか」
「知るか! 自分で抜け! 明日も仕事があるのわすれたのか!?」
「覚えてますけど……酷いなぁ……ちょっと触るくらい別にいいでしょう? それに――」
不満げに言いながら瀬名が顔を近づけてきた。そして耳元に唇を寄せたかと思ったら、低い声で囁かれる。
「誘ってきたのはそっちですよ?」
「う、うるさいっ」
カッと頬を赤らめて睨みつけると、瀬名はくすくすと笑いながら上体を起こした。布団の中では互いに何も身に着けておらず、素肌が直接触れ合う感触がくすぐったい。
瀬名はサイドテーブルに置いてあったミネラルウォーターを手に取ると、喉を鳴らしてごくごく飲み始めた。上下する白い喉仏を見つめているうちになんだかいけないものを見たような気がして、慌てて視線を外す。
「どうかしました?」
「べ、べつに……」
「あー、なるほど……もしかして、僕の裸を見てドキドキしちゃいました?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる瀬名に、思わず眉間にシワが寄る。
悔しくて、腹立たしいはずなのに、やっぱりどうしようもなく好きだと思ってしまう自分がいて。それがまた悔しくて、理人は再び瀬名を睨む。すると今度はその視線の意味を正確に読み取ったらしく、瀬名は口の端を上げて笑うとペットボトルを差し出してきた。
「水、要りませんか?」
「……飲む」
ぶっきらぼうに手を伸ばすと、瀬名はもう一度そのペットボトルに口を付けてから、ゆっくり理人に覆い被さってくる。
「――っ!」
顎をそっと持ち上げられ、瀬名の顔が迫ってきて―――唇を奪われた。突然の出来事に驚いて固まっていると、舌先で強引に歯列を押し開かれ、ぬるりとしたものが入り込んでくる。同時に冷たい水が注ぎ込まれ、理人は驚きながらもそれをこくこくと飲み込んだ。
「んっ、ぷはっ! てめっ、水くらい自分で飲めるってのクソがっ!! しかも、わざわざキャップ迄外しといて……っ」
口の端から溢れた水を手の甲で拭いながら怒鳴ると、瀬名は悪びれずに肩をすくめた。
「だって……キスしたそうな顔してたから」
「してねぇだろうがっ! つか、いっぺん眼科行ってこい!!」
「はいはい。今度行ってきますね……でも、今は――」
そう言って再び瀬名は理人の身体の上に倒れ込んできた。重いと文句を言う前に、首筋や鎖骨に次々と口づけられる。
ちゅっというリップ音が響くたびにビクリと震えてしまうのが恥ずかしくて堪らない。
「ん、お、おいコラ……っ」
「理人さんってホント敏感ですよね……可愛い」
耳の裏を舐められ、甘噛みされる。ぞくぞくとした快感が背筋を走り抜けていく感覚に身を震わせていると、瀬名の手が胸元に触れた。既に固く尖っている突起の周りを指先がなぞっていくたび、甘い疼きが広がっていく。
「あっ……んぅっ」
「乳首もうこんなにして……理人さんをこんな風に開発した奴に嫉妬しそう……」
「はぁ!? 何言って……」
「ねぇ、理人さんのハジメテを奪った奴ってどんな人だったんですか? 」
クニクニと胸の尖りを刺激しながら、瀬名が尋ねてくる。
「っ……そんなこと聞いてどうすんだ」
「知りたいんです。貴方の事が好きだから……僕の知らない理人さんがいる事が嫌だ」
「ん、なんだよそれ……馬鹿じゃねえのか……」
「だって……仕方ないじゃないですか。好きなんですよ。どうしようもないくらい、僕は理人さんが好きで好きでたまらない。だから、知りたい理人さんって全然自分の事話してくれないじゃないですか。家族の事とか、初めてできた恋人の事とか……」
「……」
「ねぇ、教えてくださいよ……理人さんの過去も未来も全部……僕だけにください」
熱っぽく見つめられ、心臓が大きく跳ねる。
そんなことを言われても、困る。
瀬名には過去の自分など知って欲しくないのだ。
何時までも救いのない真っ黒に染まった暗黒時代。忘れたくても、忘れられない辛い記憶――。
今まで誰にも話せなかった心の闇を、話したら少しは楽になるだろうか?
「……俺の過去なんか聞いたら、お前はきっと幻滅するぞ」
「しませんよ。するわけないじゃないですか」
即答だった。瀬名の瞳に迷いはない。ただ真っ直ぐに理人を見ている。
その真剣な表情を見ているうちに、なんだか本当に大丈夫な気がしてきた。
――この男ならば、受け入れてくれるかもしれない。
根拠なんて何処にもないけれど、不思議とそう思えた。
理人はゆっくりと息を吐き出すと、静かに口を開き重い鉛のような言葉を紡ぎ出した――。
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