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出会いは突然に
その日、鬼塚理人は急いでいた。3年が部活を引退し代替わりをした為、新キャプテンとして練習メニューの作成や練習試合の調整等で遅くなり、親が勝手に決めた門限をオーバーしてしまいそうになっていからだ。
(クソ、高校生にもなって門限が9時とかふざけんな!)
内心で悪態をつきながら初夏の生温い風を一身に受け、全速力で街並みを駆け抜けていく。梅雨明けしたばかりの街は、むせ返るような草木の匂いと夏の訪れを感じさせる蒸し暑さに包まれていた。
いつもなら大通りを真っすぐ突っ切るところだが、近道をしようと路地裏に一歩足を踏みいれたのがいけなかった。
「いやっ……!」
都会の喧騒に紛れて何処からともなくくぐもった悲鳴が聞こえてきたのはその時である。理人は反射的に足を止めた。
「やっ……、やめてくださいっ!」
小さな神社の境内から聞こえる声に顔を顰めつつ覗き込むと、同じ高校の制服を着たガラの悪い男子生徒が2人、見るからにひ弱そうな男の子を追い詰めている様子が目に飛び込んでくる。カツアゲでもされているのだろうか? ガタガタと震えている少年もまた、自分と同じ制服を着ている。しかもその子には見覚えが……。
どちらにせよ、あまり関わり合いになりたくないなと思った理人は踵を返した。面倒ごとに首を突っ込む趣味はないし、何よりそんな時間はない。
彼には悪いが、男なら自分で何とかするべきだろう――。立ち去ろうとしたほんの一瞬、怯えた少年と目が合った気がした。
助けて欲しいと訴えかけるような視線に走り出そうとしていた理人の足が止まる。
「……チッ」
舌打ちをして、もう一度少年たちの方へ向き直った。
「――おい。そいつ、嫌がってるだろうが。離してやれよ」
理人が声を掛けると、二人の不良が振り返った。
「あァ?」
「なんだてめぇ……」
「別に、誰でもいいだろ。つか、時間がねぇんだ。悪く思うな、よっと!」
言うが早いか、理人は手前にいた方の男のみぞおちに蹴りを入れた。
油断していたところに強烈な一撃を食らい、男の身体が二つ折りになって床に崩れる。
「……っの野郎っ!」
仲間をやられて頭に血が上った男が理人に襲い掛かって来る。相手は自分より理人が小さいからと油断していたのかもしれない。だが、あっさりと腕を捻りあげられて地面に崩れ落ちた。
蹲る男の頭を踏みつけて顔を地面に思いっきり叩きつける。
男はびくりと大きく身体を震わせると、そのままぐったりと弛緩した。
どうやら気を失ったらしい。
「チッ、んだよ、大したことねぇな……」
つまらなさげに吐き捨てて、理人は足元の男を軽く蹴飛ばした。
「ぁ……凄い……」
「大丈夫か?」
呆然としている少年に声をかけるが、返事がない。仕方なくしゃがみこんで視線を合わせると、彼は目を丸くしてこちらを見つめていた。どうやら、まだ状況がよくわかっていないようだ。
理人は苦笑して立ち上がると、パンパンとズボンについた埃を払う。
そして、改めて目の前にいる小柄な生徒を見下ろした。
ふわふわとした栗色の髪に華奢で中性的な顔立ち。ぱっちりした二重の目と長いまつ毛。どこか小動物を思わせる雰囲気を持った少年だ。
こんな子が何故、あんな連中に絡まれていたのだろう。
不思議に思ってまじまじと見つめると、彼の方も理人の事をじっと見返して来た。
その大きな瞳に吸い込まれそうになる。まるで宝石みたいだ。
「あ、あの……ありがとうございました」
先に沈黙を破ったのは彼の方だった。勢いよく頭を下げられ、理人は戸惑った。
目付きがすこぶる悪いせいで、ヤンキーどもに因縁を付けられたり絡まれたりした経験はあるけれど、お礼を言われたのは生まれて初めてでどういう風に対応していいのかがわからない。
「……礼を言われるようなことはしてねぇよ。それより、怪我はなさそうだな」
照れ隠しにぶっきらぼうに答えると、理人は再び時計を見た。時刻は8時半を回っている。
これ以上遅れるとまた母親からの説教が待っている。
理人は苛立ったように舌打ちをすると、さっさとその場を後にしようとしたのだが――。
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