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 驚いたように見開かれた瞳は、少しすると嬉しげに細められコツンと自分の肩に寄りかかってくる。  どうしたものかと戸惑ったものの、理人は何も言わずただ優しく髪をすくようにして手を滑らせ続けた。  そうすることが自然だと思ったし、そうしたいと思ったからだ。  肩にかかる重みも不思議と嫌悪感は無く、むしろ心地良いとさえ感じてしまう。 「……ねぇ、お兄さんは? どうしてこんな所に居るの?」  不意に、顔を上げた少年がそう訊ねて来て、理人はわかりやすく動揺した。  真っすぐな瞳に見つめられ、言葉に詰まる。 本当の事なんてとてもじゃないが言えるわけがない。 「学校の帰りなんだ。雨が強くなってきたから……雨宿りしようと思って」 「すぐそこにコンビニがあるのに? 変なの」  鋭い言葉にぎくりと身体が強張った。確かにおかしいと思うのも無理はない。わざわざこんな所で雨を凌ぐ必要など無いのだから。けれど、そんなことは言われなくても分かっている。それでも、この場所を選んだのは――……。 「財布、忘れたんだ」 「ふぅん、お兄さんって案外おっちょこちょいなんだね」  クスっと笑われて、ムッとしたが言い返せなかった。 「……うるせぇな。ほっとけよ」 「あははっ、ごめんなさい」  無邪気に笑う姿になんだか毒気を抜かれてしまう。先程までの憂鬱な気分はいつの間にか消え去っていた。  ――ザァー……  再び降り出した雨音が耳を打つ。  まるで、世界から切り離されてしまったような錯覚を覚えるほど静寂に満ちた空間の中で、二人は肩を寄せ合いながらただぼんやりと目の前に広がる景色を眺めていた。  だが不思議と嫌な感じはしなかった。一人になりたかった筈なのに、むしろ隣に誰か居てくれることが心地良いとさえ思えた。  どれ位そうしていたのだろう。雨も小降りになった頃、外灯の下にふらりと人影が現れた。 「――秀一! こんな所にいた!」 「あ、姉さん。あーぁ、見付かっちゃった……。迎えが来たみたいだから、僕もう行かなくっちゃ」  秀一と呼ばれた少年は立ち上がると、理人に向き直る。 「側にいてくれてありがとう。あと、嘘はもう少し上手に吐いた方がいいよ。その手、縛られた跡、だよね?」 「……っ!」  一瞬で全てを看破されて息を飲む理人に対し、秀一と呼ばれた少年は意味ありげににっこりと微笑んで見せた。 「また会えるといいね」 「え……?」  どういう意味だと聞き返す前に、彼は理人の元を離れて姉の元へと駆け寄っていく。 「ほら行くよ。まったく、世話が焼けるんだから……」 「うん、ごめんね心配かけて」  二人の会話は雨音に掻き消され、理人の耳に届くことは無かった。 (なんだ、迎えに来てくれる奴が居るんじゃねぇか……)  ほんの少しだけ、あの少年が羨ましいと思ってしまった自分が情けない。 「――帰るか」  深い溜息が洩れそうになるのを懸命に堪え立ち上がると、緩慢な動きで歩き出す。  いつの間にか雨は上がり、一筋の月明かりが夜道を照らしていた。

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