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「あれ? 今日はリストバンドしてるんだ。昨日はしてなかったよね?」
翌日、電車の中でケンジが笑顔で話しかけて来た。手首の傷を隠す為に包帯を巻くことも考えたが、下手なことをして怪しまれては困ると思い、苦肉の策で両手首に部活で使用しているリストバンドを付けた。
これが冬場だったら誤魔化せたのだろうが、今は蒸し暑い夏だ。不自然な事は百も承知だったが、他に思いつかなかったのだから仕方ない。
「あぁ、大会が近いから願掛けしているんだ」
咄嵯に口から出まかせを言うと、ケンジは納得してくれたようでそれ以上何も聞いては来なかった。
ホッと胸を撫でおろすと同時に、なぜ自分がこんなことを気にしなければいけないのかと苛立ちが募ってくる。
全てはあいつのせいだ。あんな屈辱を受けたのは初めてだった。思い出すと今でも怒りが沸々と湧いてくる。
「……怖い顔してるね。誰か殺しにでも行きそうな雰囲気」
「あ?」
「や、やだなぁ、冗談だってば!」
ドスの効いた声で睨みつけてしまい、ハッとして我に返る。
「……悪い。なんでもねぇ」
「リヒト、君?」
心配そうに覗き込まれて、理人は小さく首を振った。これ以上、こいつに迷惑はかけられない。
あんな酷い目にケンジも遭わされていたのかと思うと、ますます怒りが増してくるのを感じた。アイツだけは絶対に許せない。何としてもギャフンと言わせてやりたい。
悔しくて拳を握り締めていると、不意に携帯がメールの着信を告げた。一体誰だ朝っぱらから。何気なく画面を開き、出て来た名前に思わず息を呑む。
昼休み、資料室。
たったその一文だけが書かれたメール。見られたところで誰も本当の意味は分からないだろう。
だが、理人の目には地獄の招待状にしか見えなかった。
誰が行くものか! 悪態を吐きそうになるのをグッと堪えて画面を閉じようとしたその時、もう一通メールが送られてきた。
今度は本文は無く添付ファイルのみ。一体何なんだとファイルを開いた途端、現れたのは自分が犯されている画像だった。
咄嗟に画面を閉じて乱暴に携帯をカバンの奥底にしまい込む。今度こそ、心臓が止まるかと思った。
――一体いつの間に撮影したのだろう? 写真の中の自分は、蓮に後ろから貫かれながら快感に蕩けた表情を浮かべていた。自分ですら見たことのない痴態が鮮明に映し出されていて、あまりの衝撃に眩気がする。指定された時間に行かなければアレをばら撒くという事だろうか?
卑劣極まりない脅迫に腸が煮えくり返りそうだった。
「……リヒト君? 大丈夫? 顔色が悪いよ」
顔を覗き込まれ、慌てて何でもないと首を振る。
こんな事、誰にも話せるわけがない。 蓮の興味が自分に映ったという事は、ケンジはようやく地獄から解放されたという事だろう。そんな彼をこれ以上巻き込んではいけない。
「平気だ。何でもない」
「でも……」
「……少し、人酔いしただけだ」
尚も心配そうに見つめて来るケンジの頭をポンポンと撫でると、理人は静かに目を閉じた。
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