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風呂から上がると、既に山田の姿は無かった。 「……随分と遅かったな。もしかして物足りなくて、一人でシてた?」 キッチンで水を飲んでいた蓮にそう声を掛けられ、ピクッと身体が反応する。 「……っ、して無いっ! するかっバカ」 「ふぅん……。まぁいい。今日はもう、帰っていいぞ」 蓮は2,3度口を開きかけたが、それ以上は追求してこなかった。逆にあっさりと開放されこっちが戸惑ってしまう。 「ふはっ、なんだよその顔。もしかして、まだヤリ足りないのか?」 「ちがっ……!」 「はいはい。わかったから。じゃあな」 どことなく余所余所しいのは気の所為じゃないはずだ。だが、それを追求る前に蓮は背を向けて行ってしまった。 「……なんなんだ」 一人取り残された部屋の中でポツリと呟く。いつもなら理人が嫌だと泣いて叫んでも許してくれずなんだかんだでギリギリまで離してくれないのに。なんだか調子が狂う。 いやいや、何を言っているんだ。素直に開放してくれるというのだから良かったじゃないか。  もやもやした思いを抱えながら玄関へと向かう。 靴を履き、蓮の家を出る。まとわりつくような湿気と暑さにうんざりした。早く冷房のある自宅へ帰りたいと足早に駅へと向かった。 ◆ 正直言って、親戚の集まりは少々苦手だった。本家とか分家とかよくわからないし、大して興味もない。跡を継ぐような立派な肩書があるわけでもないのに、男だからという理由で色々と言われるのも納得がいかない。 普段、自分のことなんて微塵も興味のない両親が、当然のように鼻高々に息子自慢をしていることも気に入らない。 「今日も朝から出かけてて、理人に聞いたら友達のところに勉强を教えに行ってたっていうのよ」 「へぇ、すごい! 入学以来ずっと学年1位をキープしているんでしょう? 羨ましいなぁ……頑張ってるんだね理人くん」 「……はぁ、まぁ……」 叔母さんの言葉に理人は戸惑いながら曖昧な返事で返した。流石に本当のことなんて言えるわけがない。勉強会なんてただの口実だ。それに、1位を取ったと言っても進学校でもなんでもないし、実力を一つ落とした学校なんだから、取れて当たり前。  それでも、何も知らない両親は嬉しそうに笑っていた。その姿に複雑な思いが込み上げてくる。自分の気持ちなんて微塵も知らないくせに何笑ってるんだ。 「理人は昔から勉強熱心で努力家な子でしたけど、最近特に熱心にやってるみたいで」 「そうなの、なにかなりたいものでもあるの?」 そう話を振られ、ドキリとした。受験まではまだ少しあるがそろそろ行き先を漠然と決めなければいけない時期に差し掛かっている。 「……特にはないです。けど、犯罪心理学を学んでみたいとは思ってます」 「犯罪心理? すごいじゃない! 刑事さんにでもなるつもりなの?」 「ハハッ、いや……少し、興味があるだけです」 変わった子供だと思われただろうか? ココ最近ずっと考えていた事だ。レイプや強姦などの凶行に及ぶ側の心理がわからない。 自分は被害者だ。受けた傷も相当なものの筈なのに、最近は嫌悪感すら薄れてしまっている。 そんな自分の心の変化も怖いしこれからどうなってしまうのか不安で堪らない。 だから、少しでも理解したいと思った。彼らがどんな想いで人を襲っているのか。 被害を受けないための自衛策や、対応の仕方を学んでみたい。 勿論それだけじゃなく、純粋に犯罪者について知りたいという欲求もある。 「……」 だけど両親には言えなかった。自分が今、どれだけ異常な状況に置かれているのか。服の下には無数のキスマークや噛み痕があり、身体の奥では未だにあの男に暴かれた部分がずくずくと疼いているだなんて。誰にも知られたくない。 もっとも、鈍感で自分の肩書にしか興味のない両親は気づきもしないのだろうが――。 現に今だって、自分の話を聞いてよほど嬉しかったのか鼻高々に話を続けている。 ――何も知らないくせに……。言っていないのだから知らなくて当たり前だ。 だが、親なら自分の変化に言わなくても気付いてほしい。  いや、やっぱり気づかなくてもいい。でも、せめて……何かあったのか? という一言だけでも欲しかった。 相反する気持ちが胸の中で交錯し、色々な感情が綯い交ぜになって渦を巻く。 叫びたくなる衝動を唇を噛んで堪え、理人はそっとその場を離れた。

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