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第17話 大災厄

「大災厄ってなんで起こったのか、あんたは知ってる?」 「大災厄…………ああ」    怪訝そうな顔をしてから彼は寝台の横に腰を落ち着けて呟いた。 「三百年前の戦争か」 「戦争?」  さらりと言われ、陽向は目を剥く。  大災厄とは、三百年前に起こった天変地異だ。宇宙上から飛来した隕石が日本の国土に落下し、大規模な地震により甚大な被害が出た。建物は根こそぎ粉砕され、人口の半分の命が失われた。が、悲劇はそれだけでは終わらなかった。  落下した隕石に有毒ガスが内包されていたために。  地震から生き残った人間も、このガスの前には無力だった。大気を汚染し、地面の性質さえも書き換えてしまう恐るべき毒を持つこのガスはあっという間に日本全土を包み、地表のすべてを毒の海へと変えた。それは触れるだけで皮膚が溶け崩れるほどに強力なものであり、除染することも叶わぬまま、生き残った日本人は地下へと逃げ込むしかなかった…………と聞いている。  だが彼はそれを戦争、と言った。唖然として見返す陽向に彼は相変わらずの感情のない声で告げた。 「まあ、戦争というよりも大日本帝国、いいや、日本という名前になったのか。その日本への戒めのつもりだったんだろう。日本が極秘に開発していた化学兵器に恐れをなした他国が、開発施設を攻撃した。結果」  ため息を落としながら、彼はおきっぱなしにしていた粥の器を手に取りながら続ける。 「逆にその最低最悪の化学兵器をばらまいてしまうことに繋がり、日本の国土のすべての土、草、木、水、空気、なにもかもが汚染され、触れるものすべてを溶解させる死の国を作ってしまった。以来、他国もどうすることもできぬまま、封鎖され三百年。現在に至る」 「それ、本当に…………? だって俺が聞いてきた話だとそんなのじゃなかった。地上人からの話を俺たちだって伝え聞いていたはずなのに」  衝撃を隠し切れぬまま呟くと、楓は肩をすくめてみせた。 「まあ、只人(ただびと)、君たち流に言うと地上人か、彼らは君たちには言わないだろう。三百年前のあのことがあってこの地下空洞へと移り住んだ人間たちからすれば、君たちは先住民、しかも自分達よりも力を持つ恐ろしい存在だ。そんな人間たちに、自分たちの過ちで地上を死の土地に変えてしまったなどと打ち明けたらなにをされるかわからないだろうから」 「じゃあ、なんであんたは知ってる? あんただって彼らからしたら力を持った恐ろしい存在に変わりはないだろう。むしろ俺たちを倒して地下へと追いやるくらいだ。俺たちより恐れられていたって」 「僕たちは地上の人間と古くから交流があるから。君たちよりもずっと密接にね。事実、今も地上人たちの里と連絡は取りあっている」 「そう、なのか?」  そんな話は初耳だ。驚いている陽向の前で、彼は再び杓子で粥をすくい、冷めちゃってるよ、とぼやきながら陽向の前に杓子を差し出しつつ言った。 「そう。僕たちはずっと協力してきた。地上人に。僕たちの力が引き潮、そのものだから」

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