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第18話 確執

 引き潮。  彼の口から先ほども出たその言葉を心の内で繰り返す陽向の唇に杓子が押し付けられる。押されるようにして口を開けると、杓子が口の中へとやや手荒に入れられた。 「もうこんな物騒な話、今は考えなくていい。寝ないと骨はくっつかない。僕にもさすがに骨折は治せない」 「骨折じゃなければ、治せる、ってこと?」  口の中の粥を飲み下して尋ねると、彼は眉を寄せてからぶっきらぼうに、まあ、と答えた。 「いわゆる毒消しができるのが僕たちの一族だから。全部身の内に入れて打ち消す。君に触れられても壊れないのもそういうことなんだろう。君たちの力は外へ出す力。僕たちの力は中へ取り入れる力だから」 「それで、満ち引き、か」  だから彼と触れても彼は壊れなかったのか。  しかし納得する気持ちがある一方で、腑に落ちないこともあった。  もしもそうならば、やはり自分達は彼らと共にあるべきなのではないか。確かに彼らによって自分たちは地下へと追いやられた。けれどそれは過去の話。今の彼らは、いや、すべての闇人がそうかはわからないが少なくとも目の前にいる彼は親切で、なんというか優しさを備えた人間に見える。 「仲良く、できればいいのにな。俺たち」 「は?」  眉を寄せながら彼が杓子で再び粥を掬う。そのあまりにも嫌そうな顔に陽向は瞬間むっとした。 「そんな顔をしなくてもいいだろう」 「いや、それはすると思うけれど」  無機質に杓子を突き出しつつ彼は唇をゆがめた。 「そもそも憎んでいるのはそちらだろう。恨みを晴らそうと、君たち一族が僕らの里を虎視眈々と探し続けていること、僕らが知らないとでも思ってるの」 「ちょっと待った。あんたたちを、俺たちが? 探してる?」  初耳だ。驚いたとたん、収まっていたあばら骨の痛みが蘇る。前のめりに倒れそうになった肩を受け止めたのは彼の細い手だった。  服越しにも感じる冷たい手の感触になぜか胸がさざめいた。 「翡翠の谷で、俺、崖から落ちたんだ。命綱を、切られて」  心の内を過ったそのさざめきから目をそらすように、陽向は口を動かす。陽向の肩を支えながら彼が無言でこちらを見るのがわかった。 「あのとき、崖の上に誰かがいた。あれは…………あんたの仲間? でもだったら俺をあんたが助けるのもおかしいよな。あんたはどうして」  言いながら無事な片手を伸ばし、自分を支えている彼の腕に触れる。服越しに感じるほのかな体温になぜかやはりほっとした。 「どうして、あんたは俺を助けたの」  天敵、なんて名乗りながら、どうして。  ゆるゆると見張った陽向の目と、こちらをまっすぐに見据えた彼の漆黒の瞳が合った。  真っ黒く沈んだその色に吸い込まれそうになり、思わず唾を飲み込んだときだった。

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