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第48話 炎
里人も、この里を囲む力なき者たちも。誰一人として楓の重責に思いを馳せ、心を砕く者なんていない。
これがこいつらの本音で、正体だ。こんな奴らを楓が守る必要がどこにあるだろう。
立ち上がり、陽向は楓の背後に忍び寄る。楓は気づいていない。それをいいことに陽向は楓の首に片腕をぐいと回した。
「うるせえんだよ! てめえら!」
しん、と一気に静まった彼らを睨みつけ、陽向は楓の首を押さえ込む。陽向? と楓が驚いたようにかすかに声を漏らした。
「お前らの長は俺がもらった。動くなよ。動いたら長の首は折れるし、俺に触ったらお前らが弾け飛ぶ。どちらにしてもおしまいだ」
ちょっと、と空気のような声で楓が陽向を諫めようとする。だが、陽向は聞くつもりなどなかった。
「道を開けな。いいか。少しでも動いたら俺は躊躇なくこいつを縊り殺す。そうなったら困るんだろ。地上の毒消しはこいつにしかできないんだから」
脅し文句が効いたのか、そろそろと群衆が動く。細く開いた道を警戒しながら進む。その間、陽向は片腕で楓の首を押さえ、片腕を群集に向かってかざし続けた。一歩でも近づいてきたら、殺すという意思表示のために。
その陽向の視界に赤い色がふいに過った。
何気なくそちらに目をやり、陽向は愕然とした。
里の中心、ちょうど先ほど自分達がいたその建物を囲むようにおびただしい数の松明の明かりが見えた。波打つ火影に照らされ閃いたのは、赤々とした髪。
それは、ここ数か月目にはしていなかった色。けれど陽向には見慣れた色だった、
「悪鬼……!」
取り囲んでいた群衆を覆う温度が、一気に下がるのがわかった。
「悪鬼だ! 鬼が……!」
「逃げろ! 殺される!」
「逃げろ!」
我先に山々へと駆けだしていく人間たち。逃げることもできず、目の前の光景を見つめるしかできない里人。その中でふいに楓が陽向の腕を力の限り振り払った。
「楓!」
叫ぶ陽向の声を振り切るように彼が走り出す。松明が集う里の中へと向かって駆けていく彼を陽向も必死で追った。
里の中は悲鳴が入り乱れていた。長年、天敵としていた悪鬼が突然、大挙して押し寄せてきたのだ。逃げ惑う人々の顔には恐怖が刻まれていた。
その間にも松明の炎は揺らめき、人々の怒鳴り声は絶えずうずまく。均衡を保ちながら、罵り合うその空気を一変させたのは絹を割くような悲鳴だった。
血煙が、かがり火の中、舞った。
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