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1-1 ハロウィンの日、ひとり
ビルの窓から覗く空は、すでにオレンジ色に陰りを見せ、季節の移り変わりを感じる。
暦は10月も最終日――風景はハロウィン一色となっていた。
歩道を見ていけば、商店街の装飾もオレンジ色、それに紫色や緑といった怪しさを感じさせる色合いに染まっていた。
外に気を取られていたら、かさりと手に掴んでいた中間報告書が音を立てる。先ほどまで確認をしていたこの報告書には、自社のハロウィンシーズンの商品について書かれている。
予想された売り上げよりも評価は高く、男の口元にも安堵の笑みが浮かんでいた。
机越しに見えた書類棚には、整頓されたファイルが並べられており、どれも会社経営についての資料であることがタイトルから見て取れる。机の前には黒革のソファーが二つ向かい合わせに置かれていて、客をもてなすこともあるのだろう机も間に挟まれている。
応接間と社長室を合わせたその部屋の主は、手元にあった報告書を机に置き、ゆっくりと立ち上がる。すでに定時の時間は過ぎている。
今日が終われば、街の雰囲気も年末に向けて慌ただしく変わっていくのだろう。クリスマスへと向けられていた意識をハロウィンへ戻していく。自前で買っていた自社商品のお菓子が入ったカバンを持ち、廊下へと歩き出す。
営業部の部屋を覗けば、同年代である30代くらいの男性社員が、帰宅準備をしている姿が見える。ドアから顔を出し、労いの言葉をかける。
「田崎くん、お疲れ様」
「社長、お疲れ様です!」
社長と呼ばれた男の持つカバンを見つめ、田崎は口元をにやつかせた。毎年恒例となっている膨れ上がったカバンを見れば、次に放つ言葉は決まっている。
「トリックオアトリートです、本条社長!」
社長――本条恭隆 が満足そうにうなずき、カバンの中からお菓子の詰め合わせ袋を社員に渡す。
「いつも自腹で買うことないと思いますけどね」
「対価はしっかり払わないと。横領になるだろう?」
「ははは、社長はまじめですよね。いや、まぁ犯罪者になられたら大ごとですけど」
「親父たちにも顔向けできないし、許された行為じゃない。在庫が余ってもよくないから」
世間話に花を咲かせながらも、田崎は頭を下げ電車の時間が迫っていたのだろう走り出していった。せっかくのハロウィンだ、恋人とデートの約束があるようだ。
「社長もいい人見つけて、のろけ話聞かせてくださいよー! せっかくのハイスペックイケメンが台無しですよー!」
去り際に田崎に掛けられた言葉を反芻しながら、恭隆は肩を落とす。
「……デート、ね」
今年で30歳になった恭隆には過去に二度恋人がいたことがある。茶色の地毛は短く整い、清潔感を与えるよう気を配り、無駄のないしまった体付きをして、自身を高め続ける恭隆は確かに引く手あまただ。その人柄の良さから、たくさんの女性が言い寄ってくることもある。
茶髪と言う点と、その人の好さが反転し、少し軽い印象を与えることはあるが、生来の真面目さから毛嫌いする者はあまりいなかった。
しかし、恭隆に関わるあることがきっかけで、今だ独身のままであった。同級生の結婚式の案内が届くたびに、喜ばしさ半分悲しさ半分の感情を抱くのが正直なところだった。
「仕方ないか。……ネットで探すのも、気乗りしないし」
恋人ができないのは、自分でも納得がいっている。
会社の廊下ですれ違う社員やパート、清掃員に声を掛けお菓子を配り進めていく。最後の一人に渡し終わり、セキュリティロックを掛け会社を後にした。ハロウィンで浮かれる街を横目に、一人で過ごす日々を思い、ため息をつきながらも駅へと足を速める。
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