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1-2 ハロウィンの日、庭に美少年
最寄り駅に降り立ち、迎えが来ている中高生やサラリーマンたちを眺めつつ、バスに乗る。
郊外にある自宅まではバスで15分程度。天気がいい日は自転車で通勤しているが、ちょうど朝方雨が降っていたのだ。
途中、車窓から様々な仮装をした小学生たちの姿が見えた。
シーツを被った白いお化けに、紫とオレンジ色をしたワンピースを着た魔法少女、海賊や吸血鬼といった仮装はまさにハロウィンの情景そのものでほほえましくなる。彼らが乗っている自転車のカゴや背負うカバンにはお菓子が大量に詰められていた。
(時間的にも、そろそろお開きか。うちにも置いてきているが、持っていってもらえているかな)
軒下にお菓子が入った箱を置いておき、子供たちが取っていく祭りが、今日恭隆の住んでいる地域で行われている。地域によっては中秋の名月の頃行われているという、ハロウィンに似た行事だ。タダでお菓子を貰えるとあって子供たちは浮足立つ。
バスを降り、家までたどりつくや否やお菓子を入れていた箱を覗く。どうやら皆置いてあることを熟知していたようで、その箱の中身は空っぽだ。
(大体子どものいる家しか参加しないからな……。気づいてもらえたならよかった)
中小ながらもせっかく菓子メーカーの社長をやっているのだ。自社の商品を知ってもらえる機会を逃す手はない。親から譲り受け、数年前から住み始めたこの地域でも恭隆のことは知れ渡っているようで、時折挨拶ついでに「お菓子をくれるおじさん」と子供たちから言われることもある。
(多分親父たちもあげていたんだろうな……)
もう少し自然のある場所で暮らしたいと引っ越した両親は、恭隆が経営している菓子会社を含めたグループの大締めであり、祖父もまたグループの相談役である。なかなかプライベートで会えることは少ない。
父の会社で働く長兄は直属ではないが秘書課に所属しており、次兄は警察官だ。こちらもまた忙しいようでこまめな連絡こそするが、盆や正月くらいでしかまともに会えていない。
これからの季節は冬、恋人まで行かなくとも、人恋しくなることもある。
「せめて出会いの一つでもあれば、とは思うが……趣味が趣味って言われるのがオチか」
空になった箱を引き下げ、玄関の鍵を開けようとした時だった。
庭先から、どさりと何かが落ちる音が聞こえた。庭には確かに物干し竿など置いてあったが強風が吹かない限りは倒れてこないはずだ。他におちて音がするようなものはない。
「なんだ……?」
先に鍵を開けておき、スマートフォンを握りしめる。ゆっくりと音のした庭に近づけば、その輪郭が少しずつ見えてきた。
誰かが、うつ伏せになり倒れている。黒く長いコート……マントを羽織っており、ショートブーツが裾の端から覗いている。その背丈は中学生か少し小柄な高校生、といったところだろう。
「……寝ているのか?」
恭隆が音を立てぬよう近づき、そっと体を起こす。毛先になるにつれ黒が混じった白い髪はさらりと落ちていき、異様とも思える白い肌は薄い筋肉から骨を浮き彫りにしている。その骨格や体付きから男であることはわかった。顔立ちはまだ幼く、寝息は少し荒い。恭隆は息があることに安心したが、頬を叩きながら、声を掛ける。
「おい、大丈夫かっ……」
自身の身体に誰かが触れていること、声を掛けられたことに気づいたのか、少年はゆっくりとその瞳を開ける。深い、赤い瞳だった。
(カラコンでもつけているのか……そう言われてみれば、服装といい……)
「……あれ、ねちゃった……? おなか、すいた……」
少年は起き上ろうとしたが、体に力が入らないのか上半身はふらつき、視線は焦点が定まっていない。
「ああ、一度家に入ろう。その後、親御さんに連絡するから」
恭隆が抱きかかえてみればその身は軽く、難なく家の中まで運ぶことができた。少年も抵抗する力がなかったのか暴れることもない。
家に入れば、玄関から廊下を駆け、リビングにあるソファーに少年を寝かせる。そして改めてその姿を見れば、先ほどの感想が再び呼び起こされる。
(まるで吸血鬼だな)
本格的な仮装をしたのだろう、髪を染め、カラーコンタクトをつけ、黒いマントに白いシャツを見にまとった少年の姿はまさに吸血鬼だ。
しかし、それだけ気合が入っているにもかかわらず、彼の近くにはお菓子の類は落ちていなかったしそもそもカバンがなかった。
近所の人に聞いてみようにも夕暮れから夜に変わり、子供たちの声も家の中へと消えていく頃合い。道には誰も通りかからない。庭を改めてみてもカバンらしいものは落ちていなかった。
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