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1-3 ハロウィンの日、様子をみる

 リビングに戻ってみれば、起き上っていた少年は部屋の中を見渡していた。物珍しいものでもあるのだろうか、凝視するように様々なものを見ている。 「……物色はいいけれど、親御さんに連絡するから連絡先を教えてくれないかな。それか、自分から連絡をしてくれ」  元気そうでなによりと恭隆は胸をなでおろすが、きっと家族は心配しているだろう。そう思い声を掛けるも少年は聞いていないようだ。 (心配して損した、というべきか……だが)  ソファーに座った状態で、身を乗り出しながら部屋を見渡す少年の白い首は実に無防備だ。白いシャツは倒れたときに乱れたのだろうか、ボタンが外れたようで首元まで見えてしまっている。肉付きも薄く、小柄で洋風の人形を思わせるほどだ。  彼の細い身体が、自分のベッドに寝そべり肌を露出させている――恭隆の脳裏に、その光景が浮かび上がる。 (……素体は悪くない)  イメージ映像を取りあはらおうと首を振る。胸が躍り、生唾を飲み込んだとて相手は未成年だ。しかも、男。 (いや、性別は問わない……ただ、俺の趣味を受け入れてくれれば)  払いきれない煩悩に気づくことなく、少年は何を思ったか恭隆の方を見る。視線に気づき我に返った恭隆は咳払いをして、本題を繰り返す。 「親御さんに連絡してくれないか」 「家出中」 「その恰好でか」思わず口にした言葉は本心だ。全力でハロウィンを楽しむ格好をして家出をしてきたとは大した度胸がある。少年はうつむきながらも答える。 「家出とは、ちょっと違、い、ますけど。家出中」 「違うんだったら連絡をしてくれ」 「……連絡できない。ちゃんと、終わらないとだめです」  要領を得ない返答に恭隆は頭を抱える。少年の顔をまじまじと見れば、これだけ顔の整った子供なら地域でも話題になるだろうし、恭隆だって知っているはずだ。しかし、いくら髪の色が変わっているとはいえ見たことがない。 「ここら辺の子じゃないだろう。どこから来たんだい」 「えっと……」  少年は明らかに目線を泳がせ、はぐらかすきっかけを探そうとしている。その助け舟かと言うのだろうか、恭隆の腹と、少年の腹から空腹の音が響く。 「…………」  恭隆が黙っていると、少年が切り出す。 「親は、ちゃんと、知ってます。えっと……」 「わかった、先に飯だ。それからちゃんと聞かせてもらおうか」  大きくため息を吐き、恭隆は少年に背を向け、脱ぎ損ねていたジャケットをハンガーにかける。玄関の鍵を閉め、リビングに少年を残し台所へ歩を進める。    恭隆の背を見つめる少年の口元には、怪しく弧を描いた笑みが浮かんでいた。  訝しく思いながらも、二人分の夕飯を用意する辺りお人よしだ、と恭隆は自問自答していた。名も住所も知らない少年を家に置き、夕飯をごちそうするところなのだ。 (確か保護者の許可なく置いておくと犯罪になるんじゃなかったか)  記憶の中にあった以前見たニュースを思い出し、冷蔵庫を開ける手が止まった。当然未成年は守られるべき存在だが、そんな彼らが金欲しさに年齢を隠し大人を騙す事例もなくはないと聞く。 (……腹を空かせ倒れていたくらいだ。そんな野心があるわけではないだろう)  むしろこの暗がりの中、彼を追い出し放置をする方が無責任だ。最近のニュースでは誘拐事件も起きていると見た。 (あわよくば、を考えていないことは無いが、それをやったら正明兄さんに顔向けができない)  先ほど思いついてしまった不埒な考え――一泊一食の恩義にと思いついた行為は、長く警察の職に就いている次兄に知られれば勘当されることもありうるだろう。 (流石にそれはできない……未成年だぞ)  考えを振り払うように、目の前の料理に集中することにした。明日から休日に入り、ゆっくり晩酌をしようと思ったらこれだ。ハロウィンの仕事も、残るは売上集計などの後始末で、報告を待つ身としては余裕がある。週末は何をしようかと、部下のデート事情を頭の片隅に置きながら考えていたのだ。 (適当につまみと……スープとサラダでいいだろ。彼の分にお茶漬けでも出せば……)  作り置きの燻製もののチーズとベーコンを温めながら、コンソメスープを作っていく。サラダは出来合いのものにクルトンを入れドレッシングをかければ終わりだ。  冷凍していた白米をレンジに入れ、お茶漬けの素を棚から出す。 その間にもリビングの方を気に掛けるが、少年が動いている様子はない。ソファーで行儀よく待っているようだ。空腹で動けないと言った方が正しいだろうか。

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