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終・推しを観察する上での特等席はどこだろうか

   ここは悪の組織エタニティ。外観はごく普通のオフィスだが、この中では世界を征服するために様々な訓練が行われている。  その社長室で甲斐とブリザード――氷川透は素顔のままで対面していた。  氷川の眉間には通常通り、深い皺が刻まれている。 「自分勝手で申し訳ありません。ですが、俺は――ブラックナイトを続けたいと思っています」  果たしてこの上司はそんなことを許してくれるだろうか。  公私混同はしない。世界征服のために働く。フレイムに手は抜かない。ただ、黒川甲斐としての時間は黒川甲斐として過ごしたい。別に今まで黒川甲斐の時間を奪われていたわけではないが。 「……裏切るわけではないのか」 「たしかに、裏切ったと思われても仕方がありません。ですがスパイの真似事をするつもりもありませんし、仕事とプライベートはきちんとわけます」  そうは言ったものの、本当に仕事に支障はないだろうか。いや、今までだってフレイムファンを隠して仕事していたのだし、実はあまり変わらないのではないだろうか。 「甲斐、恋愛は自由だ」 「へ」  上司の口から、物凄く似合わない言葉が聞こえてきた気がするが気のせいだろうか。 「こちらとしてはブラックナイトが続けてくれるのなら何も問題ない。世界征服にはブラックナイトの力が必要だからな」 「……はあ」  ありがたくはあったのだが、これでエタニティは大丈夫なのだろうか。  もしかして、うちの上司って、世界征服する気ないんじゃないだろうか。 「俺が裏切ったりするとか、思わないんですか?」 「お前はそういうやつじゃないだろ」  そう言って、氷川は微笑んだ。 「上司の笑顔なんて生まれて初めて見たから、ビビった。殺されるのかと思った」 「うーん、やっぱり鶴見博士とブリザード様の方も気になる! その後も報告お願いね」 「……? わかった」  ブラックナイトをクビになることもなく、昼休みや放課後などに星野光と話すことを許された。  そうして不思議なほど平和な日常が帰ってきた。 「黒川くんが正岡くんのこと惚気てくれるなんて、第三者の私がいないと引き出せない状況でしょ? って言ったら、正岡くん、私のこと嫉妬で殺しそうな目で見ながら悩んでたけどこうして許可してくれたよ!」 「……星野は勇気あるな」  いったいどんな顔だったんだろうか。 「で、結局黒川くんは正岡くんのことラブなの?」  キラキラと期待に満ちた目が甲斐を見てくる。  ラブ、って。  焔のことを好きなのかどうかは未だにわからずにいた。それでも焔は何かを納得したらしく、余裕の表情で甲斐の返事を待ち続けている。  好きか嫌いかで聞かれたら、好きだ。フレイムのことも大好きだ。フレイムではない正岡焔という人間のことも。だがそれが恋愛となるとわからない。 「普通あんなことやこんなことされておいて、好きって言える時点でラブだと思うんだけど」  焔も似たようなことを言ってきたが、甲斐のことを好きな焔と、どういうわけか甲斐と焔のことをくっつけたがっている星野の言葉だ。鵜呑みにするわけにもいかない。 「付き合ったら教えてね」 「今日もお疲れ様、甲斐」 「お前また手を抜いただろ」  最近のフレイムはこちらが全力で戦っても互角か、それ以上な気がする。  だって好きな子より弱いなんて嫌だろ、と涼しい顔で言ってのける焔に、もっと訓練しようと反省した。  恋愛がどうとか、そういうことはよくわからないが、この生活は充実している。  甲斐のことを好きだと告げる焔も、週末に戦えるフレイムも、特等席で見られる。  結局この物語は「炎の戦士フレイム」とはだいぶ変わってしまった。フレイムにブラックナイトを倒す気があるのかもよくわからない。  でもこの物語に視聴者はきっといない。  主人公も、悪役も、ヒロインもいない。 (あ、)  ならばきっとこの世界の甲斐はフレイムのために死なない。  ずっと、焔といられる。 (……俺、正岡のこと、好きなのかも) 「炎の戦士フレイム」と今の世界を切り離して考えれば、驚くほどあっけなく甲斐の中にその感情が残った。 「甲斐、どうした?」  焔が甲斐の顔を覗き込んでくる。 「……俺も、お前のこと好きだ」  思わず口からこぼれ落ちた言葉。焔が強く抱き締めてくる。 「甲斐、愛してる」  深い口づけの後は、放送できないところだ。  推しを観察する上での特等席はどこだろうか。  大きな、画質最高のテレビの前?  舞台の最前列で目が合った時?  出待ちしてようやくめぐり逢った瞬間?  誰よりも、今、この瞬間の自分こそが最高に幸せだ。そう、彼は胸を張って言えるだろう。  大好きだった番組とはだいぶ違うけれど、幸せだからいいかな。  おわり

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