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第3話 地獄の沙汰も仕事次第

     さて、向かっている仕事場は上野と湯島の間の路地裏。  雑居ビル3階にある「女装メイドカフェ チェリービー」。  業態の文字通り、男がお客様にメイド接客するという、既にコンセプトがイカレテル店。    しかも、実はこのコンセプトは表の顔で、本当の姿はもっとイカれてる。     「こんばんは、ルナです♡先月ぶり会いたかったです♡よろしくお願いいたします〜!」    仕事用のにっこり笑顔を貼り付けた俺は、メイド服に見を包み、通されたVIPルームに入ると、すぐに正座に三つ指立てて挨拶する。  取り繕ったように媚びる自分は、さぞ滑稽だほう。それでも、テレビで見た陽キャぶりっ子アイドルのマネをして、数少ない本指命客に縋るしかない。   「ルナちゃん〜! 相変わらず、上手だねぇ! かわいいねぇ!」 「田中社長♡」    近寄ってきて、俺を抱きしめながらよしよしする田中社長。皮脂が酸化した匂いに思わず顔を顰めかけるが、なんとか耐える。  だって、これが俺のなのだから。      チェリービーの裏の顔、「会員制ダイナミクス専用女装メイド風俗 めいどらぶさーびす」。      大変長い名前なため、通称「めらびす」と従業員たちからは呼ばれている。   「めらびす」に入店したきっかけは、明日食べるご飯にも困っていた俺が、街でやべぇスカウトに引っ掛かったことから始まった。    そのスカウトの甘い言葉に騙されて、大人たちの指示の下年齢を偽りながら、この店に入店したのだ。  そこそこ、世間には珍しいβのSubとして。   「乳首、相変わらずプルプル可愛い♡サワサワしてあげるね♡頑張って耐えてぇねぇ?」 「ひゃぁあっ、ぁ♡ああ♡」 「ルナちゃん、本当にかわいいなぁ♡」 「かわぃいれぇしゅか? うれしぃ、れぇす♡」    田中社長は楽しそうに、持参しただろう筆で俺の乳首を弄り始める。正直、こそばゆさはあるが、気持ちよさ的なものはない。    先輩たちから学んだ演技を披露しつつ、心のなかでは溜息を吐く。    ああ、やっぱ、自分に向けられて、可愛いと言われても正直何も感じない。    βで16歳の俺は、栄養失調で細見だったとはいえ、173センチのある程度のガタイがいい男ではある。  そんな男がメイド服着て可愛いなんて言われるのは、なんとも言えない気色の悪さとむず痒さに最初は悩まされた。    しかし、もうすでに慣れるを通り越して、日常になった客のリップサービス。今は一切何も感じずに、「ルナ」を演じきれるくらいにはなった。    それに、この客は一ヶ月に一回この店に来てくれる比較的良客だし、こうやってオプションなしの甘やかし欲を落ち着けに来るだけなのだから。    そして、俺はその甘やかしに乗ってあげるのだ。   「本当に、ルナちゃんもだけど、この店は持ちにはオアシスだよ〜! ほら、ルナちゃん、ポーズできるよねぇ?」 「はい♡」    まるで犬がするように、がに股でしゃがみこみ、手を折りたたんでチンチンポーズをする。   「だよぉ。そのままでね」    ぺたぺたと体を撫で回す手。その違和感に耐えつつ、俺は満たされない飢えに耐える。   「ほんと、会員制だし、こんな可愛いSubと安く遊べるなんて、この店は最高だねぇ」    そうやって喜ぶ田中社長に、俺は口元が引き攣りそうになりながら、耐えるしかなかった。    安く売らなきゃ、客付かないレベルなんだよ、俺含めて。    ああ、本当にこの:|地獄(せかい)は、俺のことが嫌いなのだなと改めて思う。    身体のタイプ別としての性別である男と女。  そして生殖形態のαとβとΩ。  βのみが異性との交配でしか子を成せず、αならばαの異性同士かΩならば子を成せて、ΩならばΩの異性同士かαならば子を為せる。    殆どの人はβで、世界の富裕層の殆どはαが占めており、Ωはそんな金持ちαによって囲われてるのが世の常だ。   (うちの腐れ両親は女同士のαΩで、姉はα、妹はΩだったし……今頃妹もαに囲われてんのかな)    周囲にいた、たちを思い出し、なんとも嫌な気持ちになってくる。    と、いっても俺もある意味ではある。    最後にこの世で最もイレギュラーな性別・ダイナミクス。    Normal、Dom、Sub、Switchという4種類分けられる性別は、ついこの間まで「異常性癖」とか「病気」とか言われていたものだ。    なにせ、Normalがこの世界の7割を占めてるし、性別検査項目も少し前までは任意だったので、ただでさえ今時の同性愛に厳しい現代日本で理解されていないのは仕方ない。    しかも、このダイナミクスは傍から見たらただの「SMプレイが好きな変態たち」としか見えないのだから、余計に理解されるまでに時間を要した性別だった。    Domは言わばサディスティックな御主人様。  支配欲があり、満たされなければ狂気に苛まれてしまう。幾度となく、暴走したDomによる事件はあったが、Domはαに多く生まれるからか、大抵は金で解決されてしまう。    Subはマゾヒスティックな奴隷。  被支配欲が強く、支配されていなければ体調を崩し、心を病んでしまうことが多い。  だからと言って、理解ない人たちのサンドバッグになってしまうことが多く、サンドバッグになった結果心を壊してしまう人も少なくはない。   (ああ、ほんと早く終わって欲しい……)    くだらないことを考えながら、プレイを続けることどのくらいか。  田中社長にされるがままで、気づけば入る時にタイマーセットしたベルがリンリンリンと鳴った。お時間が終わり、俺は約一時間耐えたチンチンポーズを辞めて、今一度星座で三つ指を立てた。   「田中社長、ありがとうございます♡またのご指名お願いいたします♡」   「ルナちゃん、またねぇ〜」    VIPルームからお見送りした後、俺はお仕事鞄を持って、自分の待機部屋に戻る。部屋の清掃を今頃清掃係がしているだろう。少し前の自分はそうだったからわかる。待機部屋には質素な満喫のような場所。入り口の鍵を締めて、中に籠もって、会社から与えられた型落ちのスマホで次のシフトを確認する。   (この後は表で接客か、ああっ、くそっ)    シフトを確認して、5分ほどある休憩の中で、  ぐるぐると体を巡る飢餓感を強く抱きしめる。  仕方ない、田中社長とは根本的に合わないのだ。DomとSubにも相性というものがある。それは、αとΩの相性よりも性質が悪い。    Domには甘やかしたい欲、支配したい欲、躾したい欲、主にこの3つの軸がある。そして、それに対応するように、Subもまた甘やかされたい欲、支配されたい欲、躾されたい欲と欲があるのだ。    それに田中社長を当てはまると、甘やかしたい欲が特に強い。躾みたいなことはするが、あくまでも甘やかしたいためのものだ。    そして、俺は……。   (クッ、ソッ……! 縄で縛って! 鞭で叩いて! 躾して! してほしいよぉ……)    躾されたい欲が強すぎで、あんな生易しい躾なんて余計に飢餓感を覚えるだけなのだ。  脳ではそれでいいのに、と理解している。けれど、俺の本能はこの店以上にイカれてるのだから、救いようがない。    あと、1分しかない休憩。辛い飢餓感を深呼吸で落ち着けようと試みる。けれど、飢餓感は意識すればするほど増すばかり。到底、間に合うわけがなかった。    ピリリリリッ……    タイムリミットのタイマーが無情に鳴り響く。辛い体、気を紛らわすように太腿を大きく手でバチンと叩き、待機室を出た。ジリジリとした痛みは、ただのごまかしに過ぎない。  階段を降りて、一階にあるメイドカフェに急いで向かう。    疎らな客とすでに入ってるメイドの先輩方に、元気に挨拶していく。    ニコニコを貼り付けて、溜まっていた片付けや、皿洗いを熟していく。多分だが、俺が来るからと、わざと放置していたのが手に取るようにわかる量。それでも文句言わずにやるかないのは、俺がこの喫茶店で最も立場が弱いから。    そのうち、夜になり、店は忙しさを増していく。思えば、今日は金曜日。忙しくなるには当たり前だが。  メイドカフェではあるが、ディナーメニューやお酒もあるため、カクテルや料理等の注文を受けた。      

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