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第10話 地獄にあるのは命水か

   あの後、結局俺はこの部屋で朝を迎えた。  柔らかすぎず硬すぎずな最高のベッドの上で眠ったせいか、想像よりは体の負担が少なく感じる。  そして、起きてすぐに見つけた、枕元に置かれたメモには、『夜話そう、そこで』という短い言葉が走り書きされていた。  走り書きすらかなり綺麗な字というのが、両家のαというのを感じさせる。    Subは、あまりにもキャパシティを超えることが起きると、“恐慌状態”に陥ることがある。昨日の俺は、陽彦からの怖い眼差しを受けて、その恐慌状態に陥ってしまったようだ。   (久々に、体力使ったし……)    体中はギシギシと痛むし、体の至る所に軽い火傷のようなものが見られるし、なにより自分股間が未だに熱を持った痛さを感じる。   (低温蝋燭の、存在伝えたほうがいいよね)    部屋にある蝋燭を眺めるが、どれも有名なキャンドルアーティストの作品だとはわかる。しかし、それはプレイ用ではなく、あくまでも観賞用。観賞用はヒトの肌に垂らすには溶けた蝋の熱が熱すぎる。    それに、縄も新品のまま使ったせいか、処理されていないので、体中縄の痕と、擦過傷だらけだ。多分、今まで相手した客の中でも、かなり下手な気がしている。   「素股は普通によかったのに、プレイの知識はちょっと素人っぽいしなあ」    昨日のプレイを頭に思い返してみても、文字で並べれば最高だが、実際は正直もう少し上手くやってほしいというのが感想だ。  このまま彼とパートナーになるとしたら、その点の技術は身につけてほしいと思った。  いや、しかひし、そもそも彼は既婚者で子持ち。それは、不倫の片棒を担ぐ羽目になってしまうと、その考えはすぐに却下した。   (今なら逃げれるけれど……)    先程のメモに書いてあった『待ってろ』という文字が頭に引っかかってしまい、本能がベッドの上から動くことすら拒む。    とりあえず、ベッドサイドのテーブルには電話機と、三つ折りの出前カードのようなものが置かれていることに気づいた。  それに近づくと、そこには美味しそうな洋食のメニューがずらりと並んでいる。   (お腹減った……なにか、食べれるもの……待って、これ、値段書いてない……)    年代物らしきワインや、トリュフ、フォアグラ、キャビアや、全く知らない食材も書かれている料理の内容。  物知らずの自分でもわかるくらいに、どう見ても高そうなメニュー表なのに、一つも値段が書かれていない。   (これ、頼んだら、やばいんじゃ)    ただでさえ、何も準備せず出てきてしまったせいで、手持ちにお金がないし、なによりそもそも限界未成年に余計なお金はない。    とりあえず、安そうなものをメニューから探すが、正直オリーブの実やチョコアイスですら、どんなものが来るのかと想像する。   「やめよう」    メニューを閉じた俺は、今度は部屋を見渡す。すると、冷蔵庫らしきものがあったので、そっと扉を開けた。  中には2リットルの水とたしか高いジンのボトル、シャンパン、日本酒のみしかない。    仕方ない、帰ってくるまで水を飲んで紛らわすしかない。水くらいなら俺も払える。    俺は、ぐうっと鳴ったお腹を擦った後、その2リットルを手に取り、キャップをカチリっと捻った。        ガチャッ    随分夜も更けた頃、やっとこの扉が開いた。   「おい、月代いるか?」    勿論、扉を開けたのは陽彦で、その手にはいくつか紙袋を持っていた。俺はその陽彦の顔を少し見たあと、ぼろぼろと涙を零しながら布団の上で土下座をした。   「陽彦様、ごめんなさいごめんなさい!」 「あん? ……おい、まさか」    すごい勢いで謝る俺に対し、声色的に最初は動揺していたが、多分すぐに状況を察したのだろう。  なにせ、部屋に漂うは独特なアンモニア臭。そして、着ていた服やシーツの生暖かくじっとりと濡れた感触からして、見ればその世界地図は見えているだろう。    そう、空腹を水で紛らわした結果、寝てる最中に見事粗相をしてしまったのだ。   「顔上げろ、月代、お前まさか、トイレ行かなかったのか? すぐ目の前だぞ?」 「、って書いてあって……ごめんなさい……」    男は扉の向かい側を指す。その時初めて自分は扉の目の前にトイレがあること知った。余計に恥ずかしくなった自分の頬が熱くなる。そして、言い訳がましい言葉がつい口から溢れた。   「メモ書きのそれだけで? ちょっとは融通を利かせろよ……待て、お前今日飯は?」 「食べてないです……」    信じられないものを見る目で、問い詰めた陽彦は俺の返答にますます顔を強張らさせる。   「そこの、メニュー表見なかったのか? 置いてあっただろ」 「値段書いてなくて、払えるか分からなくて……」   「ハハッ、俺が、そんなはした金請求するように見えるか?」    乾いた笑いが出てしまうほどに呆れてしまったのだろう彼は、「もういい、部屋片付けるから風呂入れ」とぶっきらぼうに俺を部屋から連れ出す。そして、少し離れた場所にあった風呂部屋に乱暴に俺を入れると、ガチャリと外側から鍵を掛けた。   「え、鍵……?」    俺は、少し呆気に取られたあと、情けないまま汚れた服を脱ぎ、しょんぼりとお風呂の中へと入っていった。        

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