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第11話 地獄について考える

   風呂の奥には、少し広めの湯船があるが、蓋はなく、お湯も溜まっていない。    とりあえず、シャワーで身体を洗おうと思い、蛇口を開いていく。シャワーから降り注ぐ水は、すぐに温まりお湯へと変っていった。   (水のがよかったかも、でも風邪引きそう)    降り注ぐお湯が、火傷には熱をぶり返すようにジクジクと、擦過傷には沁みるように痛い。自分の性器もやはり火傷をしているのか、酷い痛みだ。  風呂場の鏡の前に置かれた、重いガラスの容器に入った高そうなボディーソープからワンプッシュ。  泡立てて、立ったまま体の隅から隅まで洗う。高そうな匂い、少し森っぽいアンバーの香りが風呂場に広がり、なんとも勿体ないことをしているような気分だ。   (いつもは、安い固形石鹸だから不思議な気分だ)    風呂場にあったに腰を掛け、今度は足の裏側を洗う。毛のないツルツルの脚は、思えば店のツケとして支払ってる医療脱毛のお金を思い出させた。    体を洗った後、頭を洗う。同じく高そうなシャンプーからは、今度は重厚なホワイトムスクの香りが漂う。   (風呂場の匂いが混ざって、すごい重い香り)    ホワイトムスクに、アンバー、かなり甘く重めの香りだ。少しクラクラするが、なんとか堪えて髪の毛を洗い進める。救いといえば、トリートメントもシャンプーも、同じホワイトムスクの香りだったことだ。複合的な匂いになったら、正直香りにノック・アウトされていただろう。    体や髪の毛をシャワーですっかり濯いだ後、シャワーの蛇口を締めて、この後をどするか考えてみた。   (不倫はやばいし、多分Domとしての知識はかなりハリボテだよね。でも、プレイ傾向が俺と求めていることは一致しそう)    デメリット、メリット。どう考えても、デメリットのが多いし、重大な問題だ。けれど、あの荒々しいものを受けてから、自分の本能(Sub)が彼のを欲しがっている。   (でも、こんなにもDomの知識が表面的なものばかりなの、変だよね? あんなに、ダイナミクスの無料有料講習会とか、国でやってるのに)    元々、ダイナミクスは酷い時は精神的な病気だと思われ、迫害の対象になったこともある。  実際に向き合い方を間違えた人が、殺人鬼になってしまたり、逆にプレイ中の事故が起きてしまったりと事件化したものもある。  そういう諸々を含めて、長い歴史の中でダイナミクス持ちは男女、αβΩ問わず肩身の狭い思いをしてきた。    しかし、最近はもう一つの個性であることが世界でも認められ、完全ではないけれど偏見も随分減ってきている。    寧ろ、しっかりと自分を理解し、その個性と付き合っていく必要があるというのが、世界の認識なのにだ。   (まるで、知ったかぶりの素人なんだよな。下手したら中学生のDomのがプレイ上手いかも)    陽彦は、多分Domとしての教養が足りない。つまり、それはいつか陽彦さんの精神を蝕むことになるのは、同じ強いダイナミクス持ちとしては目に見えている。   (逃げちゃうのはワンチャンありだけど、何かあってトラブルとかやだよな……身体売らずとも、恩でも売れれば一番か)      少しばかり色々考えた後、一つの結論が頭に浮かんだ。かなり、説得は難しいだろうが、彼にとってはとても必要なことだろう。    俺は、覚悟を決めると扉の外に出ようと、扉に手をかけた。    がちゃんっ、がちゃっ、がちゃ   「あ、鍵閉められたままだった。に、陽彦さーん! 開けてください!」         「とりあえず、これでも着てろ」    どうにか少しして帰ってきた陽彦により風呂から出ることができた。少しばかり湯冷めしそうなくらいに身体が冷えてきていた俺に、陽彦は呆れたようにバスタオルと大きな紙袋を渡される。その紙袋は黒い紙袋でよく見ると高級ブランドである「クリストバル」の名前がエンボス加工されている。   「え? あの! 俺、金ないです……」 「そんな端金請求するように見えるかって、何回言わせるんだよ。さっさと着ろ」    陽彦はそう言うため、俺は渡されたふわふわなバスタオルで身体を拭き、その紙袋から中身を取り出す。ボクサーパンツに、タンクトップ、短パン、パーカー。どれもセンスが良いもので、身に着けると鏡に映る自分がいつもより数段かっこよく見える気がした。   「あんなクソダセェメイド服よりこういう方が俺の好みだわ。俺の隣りにいる限りは、マシな格好してもらうから」    そう腕を組む彼は言葉の割にはかなり満足そうで、その彼にこれからとんでもないことを告げる俺は、相当やばいと思う。   「あの、そのことですが……」    意を決して、言葉を出すと、陽彦はぐっと眉を顰めた。   「なんだ?」 「あのですね、大変言いにくいのですが……」 「回りくどいな、要件を早く言え」    少し苛立った声と、だんだん鋭くなる瞳。ひゅっと喉が少し窄まってしまう。しかし、ここで言わないとお互いのためにならないし、俺は窄まった喉を無理やり広げて、突っかかっていた言葉を押し出した。   「西尾さん、まずDomとして、うちの店に基本の研修しに来てください」    

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