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第2話

『僕の話……ですか。ええいいですよ暇ですし、ご覧のとおり時間は売るほど余ってる身の上です。ご存知でしょう、四年前に捕まってからこちらずっと刑務所暮らしです。この目はその時に……ね。僕の|対価《ヴィクテム》ですよ。絵描きが目をやられちゃ致命的だ、廃業です。当時の話を聞きたい?物好きですね。捕まったのは西の方、カクタスタウンという鄙びた町。サボテンのステーキが名物だとか……結局食べれずじまいで残念です。レイヴン・ノーネーム……それが僕の通り名です』 『絵描きを名乗り、行く先々で少年を拾っては犯行を重ねる殺人鬼。絵描きを自称した理由?単純に絵が好きで得意だったからですよ、エモノを誘い込むのにも好都合だった。モデル代を弾むと言えば皆簡単に付いてきた、実際体を売るよりずっと実入りがいい。自分でいうのもなんですが、僕は腰が低く人あたりがいい。話し口調は穏やかで紳士的とあれば、大半の子供はいちいち警戒なんてしません。彼らの多くは十代の若い身空で家計を支える貴重な働き手、法外な報酬を提示したら喜んで付いてくる。少年に狙いを絞った理由?友達が欲しかったからですよ。大の大人がおかしいですか?僕の心の時はね、きっとずっと昔で止まってるんです。精神年齢が遅滞してるわけじゃない、責任能力はちゃんとあります、いまさら冤罪だとか無実だとか往生際悪くとぼけたりしません』 『友達がほしかった。だから殺した。この理屈間違ってますか?おかげでたくさん増えましたよ、スティーブ、レオナルド、アンドリュー……』 『敗因は……相手を侮ったこと、かな。いや……年々手口が杜撰になっていた。次第に犯行の間隔が狭まって、衝動がエスカレートして……一人友達を増やすともうひとり欲しくなる、どんどん欲深くなっていく……彼らの目から光が消える瞬間が忘れられなくて……消えた光はどこへいくんだろうか。僕の目に移るんですよ。僕が手に入れた光は、僕の中で生き続ける……なんてね。どのみち殺人鬼としてはおしまいだったんです。新たな被害者として選んだ子に見事してやられちゃいました。連携プレイには勝てませんね……はは。さすがは血の繋がった兄弟といったところでしょうか。どちらにしようか迷って弟クンにターゲットを絞ったんですが、さあ準備を整え友達になろうとしたところに、お兄さんが殴りこんで……自警団に囲まれちゃ降参するしかない。いやはや、完敗です』 『この目はその時にやられました。レオナルド……ナイフでざっくりとね。完全に失明です、何も見えません。いや……古い記憶や友達の顔は見えます。暗闇の奥底から時々浮かび上がってくるんです、泡みたいに。四年かけてやっと日常生活に差し障りがでない程度に慣れましたけど、やっぱり不便ですね。そして退屈だ。点字を学べば本は読めますが二度と絵筆は握れない……』 『刑務所での生活が知りたい?大体想像通りですよ。子どもをレイプした変態がここでどう扱われるかご存知でしょう、おまけに目が不自由ときたら……だいぶ昔なんで忘れてました、後ろが張り裂ける痛みなんて。こうやって座っててもちょっと痛いです、はは。そのうち痔になるんじゃないか心配で……モップの柄を突っ込まれた時なんて、腹が破けて医務室送りになりました。友達の気持ちがわかりましたよ、ええ……ああ、これで本当に仲間入りをはたしたのかな……僕も彼らとおんなじなんだ』 『僕の絵……へえ、そんなに人気なんですか、知らなかった。オークションで高額取引されてるとは聞いてましたが……物好きはどこにでもいるんですね。シリアルキラーの所持品にはプレミアが付く。僕の場合は大量に残された絵に……ただ廃棄処分するより、そっちのほうがずっと合理的で儲かりますものね。収益は遺族に平等に配当される。アンドリューたちの家族にも相応の額が還元される。彼は弟妹思いだったから、それは嬉しいかな。特にあの絵……処女作の……僕が生まれ育った、孤児院の裏庭を描いた。我ながら陰気くさい不気味な絵だと思うんですが、一体だれが購入したのか……壁に飾ったら気が滅入りません?まあ、どこにでも偏執的なコレクターはいますからね……ほかならぬ僕自身がそうでしたし。もし僕がなんでもない普通の人間だったら、きっと二束三文で叩き売られてたろうな。どころか、誰ひとり見向きもしなかった。皮肉だな……ヒトはモノじゃなく、モノに付属するエピソードやバックボーンにお金を払うんですね』 『僕は画家としては凡庸です。才能なんてなかった。ただ人よりちょっとだけ器用に見たモノを再現できただけだ。自分の限界は自分自身が一番よく知ってる……タイトル?いえ……そういえば付けてないな。名付ける発想がなかった。なんていうんですか』 『|無垢なる者の墓地《キンダーセメタリ―》……へえ、いいセンスだ。本質をちゃんと理解してる。見る目のある人に買い取ってもらってよかった。絵は僕の子供みたいなもの、そりゃいいヒトに引き取ってもらうのが一番だ。これでも画家の端くれですからね』 『自分のしたことを後悔してるかって?面白い質問ですね。僕は友達がほしかった、それだけです。生きてる人間とは友達になれない、なら死んだ子になってもらうしかない。何故って、生きてる人間は僕という存在の歪みに耐えられない。僕は異常だ。ええきっとそうなんでしょう、世間がそういうのなら。でもこれが僕だ、僕はこういうふうにしか生きられない、そういう生き物なんです。開き直り?……率直に話してるんですけどね。いまさら理解してほしいとも思いません。きっかけはあった。でも言い訳にはならない。後悔なんてしてません、自己の欲望と衝動に正直にあるがまま生きたんです。後悔は自分自身への最大の裏切りだ。その結果、重すぎる対価を払うことになっても……甘んじて受けます。みんなと友達になれたこと、未来永劫後悔なんてしませんよ』 『いま一番怖いのは皆を忘れてしまうことです。物理的な光は失いましたが、心の光は消えてません。スティーブ、アンドリュー、レオナルド……僕には友達がたくさんいる。いまもまだ心の中に生き続けている。イマジナリーフレンドだって刑務官には嗤われましたが……彼らには見えないから仕方ない。けれども年々目鼻立ちや声の記憶が薄れていって……いずれ彼らがいなくなる日がとても怖い、瞼の裏から去っていく時がおそろしい。僕の中から完全に光が消え、孤独な暗闇に置き去られる……そしてまた、ひとりぽっちになる』 『前述のとおり後悔はしてません。ただ一つ心残りを挙げるなら……あの子たちと友達になりそびれたことですかね……いい子たちだったのに』 (月刊バウンティハンター7月号/特集「あの賞金首は今~『ワタリガラス』レイヴン・ノーネーム編~」) 「相変わらずだなアイツ」 今月号のバウチを流し読みし、おもいっきり顔を顰める。 この独占インタビューを組む為にわざわざムショに面会に行った記者もイカレてる。 暇をもてあましキャスター付きの椅子を回す呉哥哥が、首を伸ばして俺の手元をのぞきこむ。 「レイヴン・ノーネーム?聞いたことあんな、何年か前に挙げられた賞金首だっけ。絵描きの」 「当時は結構話題になったっスよ、たまたま滞在してた名もねーガキが活躍したとかで」 「あー……あー、思い出した!ターゲットとして誘い込んだガキにまんまとしてやられたマヌケだ!自警団手引きされたのに気付きもしねーでやんのケケッ!やっぱダメだな、下半身に血が行って仕事がヤッツケになると」 呉哥哥が軽快に指を弾き、サングラスに覆われた顔を輝かせる。 快楽天のメインストリートにあるチャイニーズレストランの二階が呉哥哥の事務所だ。 一階は昼の稼ぎ時とあって、店内の喧騒がやかましく階段を伝ってくる。 窓の外には鈴生りに提灯を連ねた表通りが伸び、赤を基調にした亜細亜風の店舗が軒を連ねる。 呉哥哥も一応「蟲中天」の幹部だ。金があんならよそに引っ越しゃいいのに何故か知らんが此処をいたく気に入ってる。もっとマシな物件はいくらでもあんのに、変人の考えることはわからねえ。 組織のカネをかっぱらって駆け落ちした男女を始末してから数日後、俺と呉哥哥は、事務所で他愛もない世間話をしてる。 俺の名前は|劉《ラウ》。本名は言いたくねえ。で、俺の目の前で偉そうに椅子にふんぞりかえってる偉いヤツは|呉《ウー》。俺は下っ端だが、呉はそこそこの幹部なんで敬称が付く。中国語で「|哥哥《グーグー》」は兄貴、親分をさす。 俺もきまりにならって呉哥哥と呼んじゃいるが、ぶっちゃけ敬いの心はこれっぽっちもない。とっととくたばれと内心思っている。だがなかなかくらばらねェ、憎まれっ子世に憚る事例を引くまでもなく悪人ほどしたたかでしぶといのだ。 「どれ、面白ェの載ってたか」 他のヤツは出払ってる。みかじめ料の徴収やら見回りやらで忙しいのだ。だもんで、俺が呉哥哥のお相手をするっきゃねえ。 なんて素敵な貧乏くじだ、呪われろ。 気のない素振りで雑誌をめくり、棒読みで報告する。 「賞金首よりタチが悪い、敵に回したくない賞金首ランキングですって」 よく見えるよう真ん中を押さえて机上にさしだす。 月刊バウンティハンター略してバウチ(またはバンチ)は、賞金稼ぎおよび賞金首の必携の書だ。 この界隈に限って言えば購読率は90%以上、残り10%は文盲だ。扱う内容は主に賞金首と賞金稼ぎに関わる最新ニュースで、それ以外の読み物やグラビアも充実している。 流行に乗り遅れたくねェならもちろんだが、長年行方をくらましてた賞金首の消息や、最近めきめき頭角を現してきた若手賞金稼ぎへのインタビューなど美味しいネタが転がってるもんで、情報収集が目的の読者も多い。 巻頭のピンクパンサー・スタンの巨乳が目に入らないよう顔を背けがちに献上した雑誌をひったくり、呉哥哥が「おっ」と快哉を上げる。 「見ろよ劉、俺様ちゃんてば堂々4位だ!」 「へー。よかったっスね」 うっすい反応を返す。個人的には、コイツ以上のド腐れ外道が存在している事実のほうに衝撃だ。 言い忘れたが呉哥哥も賞金稼ぎだ。今の時代ギャングと賞金稼ぎの二股は珍しかねえ、これが結構いい副収入になるのだ。 うまうまと味をしめてギャングから足を洗い専念するヤツ、賞金稼ぎに見切りを付けギャングとして一本立ちするヤツも多い。 俺の感慨を無視して呉哥哥がしみじみと噛み締める。 「やったね、圏外の13位からランクアップ。外道働きに精出した甲斐があるってもんだ」 まさかそれが目的で外道働きに精出したわけじゃあるまいな? 投票コメントを読む。 『なんていうか、とにかくヤバい。マジパない』『命が惜しけりゃ半径1フィート内に近付くな』『主人が呉哥哥に殺されて1年が過ぎました』『ショッキングピンクの悪魔!』 ……さんざんな言われようだ。 「……一体ナニやりゃここまで非難轟々になるんですか」 「いろんなこと」 片目を瞑ってちろっと舌をだす。三十路男のてへぺろなんざうざいだけだ。 ちなみに四位から上は俺でも名前だけ聞いたことある連中だ。人生で絶対関わりたくねえ外道オブ外道ども、胎教に悪党の断末魔聞いてたレベルの厄種だ。 「4位ってのがちょい微妙だが、まあ来年に期待だ。その頃にゃ俺様ちゃんもお手柄あげまくって大出世、出版社ごと買い占めて票の不正操作でぶっちぎり1位ゲットしてやっかんな」 「そうなるといっスねうんマジ」 教訓、有頂天の上司には逆らうな。俺は心のこもらないお追従で呪……祝ってやる。はたして票の水増しで底上げした順位に意味があるのかは別として、だ。 机上に開かれた雑誌にさりげなく目を落とす。当然、俺の名前はどこにもない。念を入れて隅々までさがしたが、どこにもない。 こっそり安堵する俺をよそに、行儀悪く机に脚を投げ出した呉哥哥がぱらぱらとページをめくる。 サングラスの奥の目が見開かれ、ガキっぽい好奇心が露わになる。 「なあ劉~コイツ知ってる?」 呉哥哥が人さし指をおいた先には、『ヤング(ストレイ)スワロー・バード』とあった。 見出しを確認。 「抱かれたい&抱きたい賞金稼ぎルーキー部門、初のW1位ゲット……」 ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎる。 おもわず雑誌をひったくり極端な近さでガン見。何度見直しても両方で一位とってるぞ、コイツ。 「どういうことっスか……」 「投票規定に性別の縛りねェから」 「いやでも、フツー抱きたいって言ったらオンナなんじゃ……」 「そこらのオンナよかイイってこったろ」 まあ、これまでもちょいちょい番狂わせはあった。抱きたい部門に男がまぎれこんだりとか、抱かれたい部門に女がランクインしたりとか、イレギュラーは起こり得た。 そうなると当然本人への興味がわく。 抱きたい部門と抱かれたい部門で前代未聞の同時トップに輝いた、ヤング(ストレイ)スワロー・バードってのは何者だ? 「……どうでもいいけど通り名長いっスね。かっこは何」 「正式な登録名はヤングスワローだが、巷じゃ|野良ツバメ《ストレイスワロー》のが通りいいんだと」 「|若いツバメ《ヤングスワロー》が正式名……頭大丈夫ですか。あ、呉哥哥じゃなくってコイツですコイツ」 記事には隠し撮りと思しきピンボケの写真が添えられていた。 年の頃は十代半ばか、無造作にハネまくった金髪のガキが下品に中指を立てている。ツバメの刺繍が入ったスタジャンに黒いタンクトップ、下は色落ちしたダメージジーンズ。胸元にさげてるのはちゃちなドッグタグか。一癖も二癖もありそうな面構えだ。 「なるほど……美形っスね。男娼っていわれたほうが納得だ」 「今年デビューした新人ちゃんだとさ。まだ15」 「ちゃんて」 どうりで若いとおもった。写真の少年は険のある目付きでこっちを睨んでる。被写体がブレてるのは盗撮のせいじゃなく、無礼なカメラを阻もうと片手で押しのけたからだ。 とんでもねえはねっかえりだ。できれば関わりあいたくない。 「ブチ犯してえ」 …………は? 冗談であってくれよと念じて正面を向く。 「こーゆークソ生意気なガキはねじ伏せたくなる。見ろよこの目、不敵なツラ。仕込み甲斐がありそうじゃねえか。あーなんか想像したらめっちゃ滾ってきた、ムラムラするー。よし決めた劉お前ひとっ走り拉致ってこい、性奴隷にする」 あんた馬鹿か? オツムが沸いてんのか? 素で口に出しかけ寸手でセーブ、敵に回したくない賞金稼ぎ今年度4位の顔をまじまじ見直す。 聞くべきことはやまほどあったが、思考停止に陥ってなかなか言葉がでてこない。 「えーと……一目惚れっスか」 「おうよ」 「写真見ただけで?実際どんなヤツかもわかんねーのに?」 「詳しく書いてあるぜ。『ヤング(ストレイ)スワロー・バード(15)今年デビューした期待のルーキー、凄腕のナイフ使い。免許取得からわずか三か月足らずで500万ヘル以上の賞金首を5人挙げた注目株で、現在も快進撃を続け記録更新中。特に近接戦闘に優れ、ナイフと組み合わせた独自のスタイルで実力を発揮する。最大の難は性格。唯我独尊、傍若無人、傲岸不遜……極め付けに協調性が欠落した生粋のトラブルメーカーで組合が派遣したパートナーと殺し合い未遂を演じること3度、そのうち1度は女性を手籠めにしたとして』」 「オンナをレイプ?」 「『……このさきも素行が改善されなければ、ブラックリストへの掲載も検討するとは組合関係者の談』」 「……想像以上にやんちゃですね」 このヤング(ストレイ)スワロー・バードってのは、相当な問題児らしい。ブラックリスト入りはフリーで活動する連中にとっちゃ痛手だ、パートナーを派遣してもらえなくなる以外にも色々と不便不利益を被る。 「いいね。ぞくぞくしてきた」 色眼鏡の奥の目が邪悪に細まり、蛇の舌が唇をたどる。 「……呉哥哥はガキも……いや、男もイケるんすか」 「食いごたえあんならどっちでも」 あっけらかんと宣し、五指を組んだ尖塔の上に顎をのっける。 「ますます手に入れたくなったぜツバメちゃん。想像してみろよ劉、このキレイな顔が崩れる瞬間をさァ……」 呉哥哥は、変態だ。 一度こうと言い出したら絶対聞かず、欲しいモノはなにがなんでも手に入れる。 地位も、女も、なにもかも。 何がそんなに楽しいのか、酔っ払ったように躁的な饒舌でまくしたてる。 「組合にゃ裏から手ェ回しとく、あそこにゃコネがあるんだ。なあ劉よ、お前は俺の何だ。可愛い部下だ、そうだろ。だったら喜んでパシってくれるよな?お説ごもっとも、いきなり拉致ってなあスマートじゃねェ。じわじわ尾っぽで締めるように生殺しにするのが俺様ちゃんのスタイルだってうっかり忘れかけてたぜ。組合のブラックリスト入りが噂されるってこたァもう後がねえ、いくら期待の新人だってンな泥かぶったらケチが付く、次こそドカンとキメて見返してェはずだ。そこに餌をくくった糸をたらしてやりゃあ……」 確実に釣れる。 灰緑の鱗に覆われた右頬を歪め、サディスティックな三日月の笑みを刻む。 |ラトルスネイク《ガラガラ蛇》呉は、ミュータントとの混血という被差別的立場からそうやってのしあがってきたのだ。

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