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第5話

「ちょうどいいや、昼飯まだなんだ。食いながら話そうぜ」 「きたことあんの?」 「いんや。初めて」 すっかり常連ヅラで広場を突っ切るスワロー。 無駄に態度がでかい。街にきて一年足らずなら殆どおのぼりさんじゃねえか、田舎者ならもうちょい恥じらいとか可愛げをもってほしい。 それともこれが若手最注目株の自信や余裕ってヤツだろうか……広場を抜けるあいだにも老若男女とりまぜた好奇と好色の視線が刺さる。 できるだけ目立たないでいたい俺と違って、ただ歩くだけで人を振り向かせるオーラがある。 「あ」 噴水広場を囲む食い物屋の一軒、今しもスワローが目指す先の扉にでかでかと貼り紙がしてある。 肩越しに目撃し、踏み出しかけた足がとまる。 『イレギュラーお断り』 この手の貼り紙は珍しくない、繁華街じゃ四割の店で見かける。 いくらアンデッドエンドの懐が広く人種の坩堝と化してるとはいえ、ミュータントへの差別と偏見は根強い。遺伝子をいじくって量産された生物兵器、自然の摂理に抗うキメラと、極右の連中の激しい迫害の対象になってる。ミュータントの出現からもう二・三世代は経てるってのに、愚かな人間サマはてめぇと似て非なる亜種を生理的に受け入れられねえのだ。 乾いた口内を唾で湿し、少しためらってから口を開く。 「……この店はやめね?」 「あ?なんで」 スワローが器用に眉を片方はねあげ振り向く。俺は言葉に代えて顎をしゃくる。目の前まできてようやく貼り紙に気付いたスワローが、馬鹿にしたように唇の片端をねじる。 「俺にゃ関係ねー」 「まあ……理屈じゃそうだけどさ」 間がもたない。煙草が喫いたい。ズボンの尻ポケットから一本とりだし点火、唇にひっかけて吸い込み、紫煙を燻らせて時間稼ぎ。 メンソールで喉を冷やしながらバツ悪げに首筋をなで、「OPEN」の看板がかかったガラス扉越しに店内を覗く。 「……マナー以外で客をふるいにかける店って、なんかやじゃん」 「へえ」 スワローが大股に引き返し、右から左から首を伸ばしては引っ込めて圧をかけてくる。 至近距離からの威圧的な眼光に嫌な汗が滲み、人の目を真っ直ぐ見ない言い訳にかけ始めた眼鏡の奥、濁った色の瞳がきょどる。 「うちのと似たよーなこと言うんだな」 「うちの?」 「|偽善者《カマトト》ぶんなってこと」 左右非対称の嘲弄の表情に、自分でも情けないほど動揺する。 コイツの言うとおりだ。 てめぇかわいさに檻の中のガキどもを見殺しにしたくせに、ミュータントへのボンヤリした同情だか共感だかで敷居を跨げないなんて妙な話だ。 スワローが苛立たしげに足踏みする。 「じゃあ一人で食ってくっから表で待ってろ」 「待て待て、打ち合わせはどうなった?てめえ一人で行っちゃ意味ねーだろ、俺はおんもで立ちんぼか」 「ハンドサインで会話するか」 「中指と親指立てる以外に知ってんの?ピースサインは別で」 スワローがドヤ顔で左手人さし指と親指の輪っかを作り、右手の人さし指をゆっくり通してく。 最低に卑猥なサインに閉口。 「~~~~お前さァ!!」 「お?アンタこの意味知ってんの、だったら教えてくれ。俺ってば物知らずの田舎もんだから街角の娼婦やポン引きがよくやってるこのサインがなんのことだかさっぱりでよ」 「カマトトぶってんじゃねえぞすれっからしが、穴に挿れるもんっていったらアレだろが」 「アレ?アレってどれだよおーい困った全然わかんねえ、じらさねーでちゃんと俺の顔と目ェ見てハッキリ言えよ。マッチ棒?栓抜き?ウッドペッカーのくちばし?」 甲高く声を張ってわざとらしくすっとぼける、にやけヅラをぶっとばしてえ。 悪ノリして卑猥なハンドサインをあれこれ送りまくるガキを、周囲の連中が珍獣さながら遠巻きにする。俺は顔真っ赤で必死に他人のフリをする、スワローはそれをいいことにはしゃぎまくって、両手をあざやかに結んでほどき、開いて絡め、知る限り全ての下品なハンドサインを連発する。 「なーコレは?こっち見ろよオーイ」 俺のド真ん前で穴にずぼずぼ指を出し入れする。無視。 「じゃあコレは?」 「知らね……って、え、何それマジで知らねえ」 「四十八手の燕返し」 「なんで知ってんの!?」 「母さんの馴染みに教わった」 手で四十八手の体位再現するとかめちゃ器用だな……ある種の才能だ。俺はまあ、女性恐怖症の|克服《リハビリ》に仕入れた向こうの|春画《ポルノ》でたまたま知ったんだが……日本人は変態だ。 スワローが穴に指を突っ込んだまま毒突く。 「シカトかよツレねえな。この程度でカオ赤くして童貞かよ」 「そりゃ『いまからテメェの傷口ほじくって砕けた骨かきまぜてやっけど準備OK?』のサインだ」 「へェそうなんだ、さっすが都会人物知りだな、ちょっとだけ見直したわ喜べ童貞」 「童貞ゆうな」 「『いまから俺の45口径でてめぇの脳天に風穴ブチ開けるが、もったいねーから弾丸は回収するぜ』だと思ってた」 半ばキレてでたらめを叫べば、悪ふざけをしめくくったスワローがお手上げのポーズをとる。 「どうしても相席したくねーっていうならしかたねえ、せいぜい窓に貼り付いてお預け喰ってな」 「なんでそうなるんだよ」 「放置プレイが好きなんだろ。わかったよ、付き合ってやっから」 「薄情とか殺生とかそういう問題じゃねえ、クズだなお前」 いけね、本音がでた。キレるかと身構えたが意外にも顔色を変えず、さも大袈裟に天を仰いでため息を吐く。 ケパブ、小籠包、ベトナム風餃子……広場に犇めく無国籍の屋台を見回し、むしろ生き生きと表情を弾ませる。 「折衷案でおごりな」 スワローが親指の背でさす先にはホットドッグの屋台がでている。そばにはテーブルとチェアが何脚かおかれ、青空の下で飲み食いできる仕様だ。 仕方ないと妥協して方向転換、白いバンを改造した屋台へ近付いていく。カウンターに片腕を敷き、もう片方の指を二本立てる。 「あー、ホットドッグ二個」 「かたっぽはぶっといのでレタスしゃきしゃき、マスタードとケチャップはこれでもかってたっぷりかけてくれ。ピクルスはなしで」 しまいまで言わせず俺を押しのけカウンターに腕を付いたスワローが、加えて注文を付ける。 「そこにあんの好きなだけかけな」 客商売には不向きな主人が、カウンターの端に置かれたセルフサービスのケチャップとマスタードを示す。 「よっしゃ」 キツネ色の焼き目の付いたパンにジューシーなソーセージとレタスを挟み、さしだすのを待ちきれずひったくるように受け取って、反対の手に二本ひと掴みにしたケチャップとマスタードを遠慮なくぶっかける。 ソーセージの上に波形を描いて大量の赤と黄が絞り出され、見てるだけで胸焼けする。 スワローが大口開けてホットドッグを頬張り咀嚼。 豪快な食べ方。実にうまそうだ。 不思議と汚いとは感じなかった。肉食獣が獲物を貪り喰らうかのような、野性的な美しさを帯びてるせいか。太陽にきらめくイエローゴールドの髪もたてがみっぽい。 口のまわりをケチャップとマスタードでべたべた汚し、頬にとんだ赤いハネを親指で拭い、あっというまに三分の一をたいらげたガキへおせっかいな苦言を呈す。 「ちゃんと噛まねーと喉詰まらすぞ」 「てめえこそ、いらねーならくれよ」 「俺の胃はナイーブなんだよ……っていうか噛みながらしゃべるな汚え、こっちとばすな」 立ち話もなんだ。新聞紙に包まれたホットドッグを持って、ベンチがわりの噴水の縁石に場所を移す。飲食用のスペースもあるが、人に聞かれたくない話をするにはできるだけ目立たない方が都合がいい。 速攻ホットドッグを食べ終えたスワローは、まだ物足りなさげに屋台を見ちゃあ「一本じゃたりねえよ」とかほざいてやがる。 「ヒトのカネで食うメシはうまいかガキ」 俺はスワローよりかはやや上品に、もそもそホットドッグを食す。 口を開けて喋ると汚いってガキの頃叱られたっけ。スワローにはそういう躾をしてくれる親がいなかったのか?野良ツバメの生い立ちなんざ心底興味ねえしどうでもいいけど…… 視線を感じて振り返りゃ、スワローが嫌そうな顔で俺の食べ方を観察してる。 「……なに。言いたいことあんならどうぞ」 「まっずそうな食い方」 「るっせ、よく噛んで食べてんだよ。コレがきょう最初で最後のメシだ、よ~っく味わって唾液腺にデジャビュさせるんだ。後味反芻すりゃあと48時間はイケる」 「金欠?」 「悪いかよ畜生大人は大変なんだよ、モクで腹膨らませなきゃやってられっか」 自慢じゃねえがポケットはすっからかんだ。今月は特に厳しい。呉哥哥の無茶振りを泣く泣く呑んでパシリを拝命したのは、ちょっとでも生活の足しにしてえからだ。 とっくに食い終わりやることねえスワローは、唇に塗されたケチャップを意地汚くなめとって「悪かねえな」と尊大な感想を述べる。どうやらお気に召したらしい、安い舌に感謝する。ぶっちゃけもっと高いのおごれって言われたら無理だった。 結局入らずじまいだった店を一瞥、さして未練もなくスワローがふんぞり返る。 「ま、|選ばれし人間《イレギュラー》お断りなら俺のケツに合う椅子はねえな」 初対面も同然のガキと、くだらねえことくっちゃべりながら昼下がりの広場で過ごす。妙な成り行きだ。俺とコイツの組み合わせが、他の連中にゃどう映ってるか興味がわく。一目で賞金稼ぎと見抜けるのは少数派にちがいねえ。 スワローはともかく、俺はその手の威圧感だの殺気だのを哀しいかなまったく持ち合わせてねえ。 いちばん妥当な線はおそらく…… 「恐喝の加害者と被害者」 「あン?」 「いや、こっちの話。ツッコミ無用で頼む」 ていうかそれ想像でもなんでもなくただの事実だろ。自分の発想に苦笑する俺の隣、スワローが「で」と、油分で汚れた手をはたいて仕切り直す。 「本題突入。アンタが今回の相棒ってことでOK?」 「OK」 「劉か……劉ね……聞いたことねーな、ほんとに強ェの?ヘタ打って足引っ張られんのはごめんだね」 「そこは組合に言ってくれ、あそこは賞金稼ぎ限定の職安だ。はぐれもんがわんさかいる中でなるべく条件にあった物件を薦めてくれる、プラス顔合わせのお膳立てもな。お前のアシストに派遣されたってこたァ、俺が一番相性いいって諸々のデータ検証した上であちらサンが弾きだしたんだろ」 口からでまかせを饒舌にまくしたてるのは、一抹のうしろめたさを解消するため。スワローは半信半疑のジト目で俺を睨んでいたが、おもむろにスタジャンの懐に手を突っ込む。 「コヨーテ・ダドリー」 顔の前で乱暴に広げてみせたのは、皺くちゃの手配書。そこに載っていたのは舌に髑髏の刺青を入れた二十代後半の男。 頭蓋が狭く顎が尖った陰惨な容貌は、飢え狂って理性が蒸発しかけたコヨーテを思わせる。首には黒革に金属の鋲を打ったゴツい首輪を嵌めている。 スワローから借りた手配書を隅々まで見、盛大に顔を顰める。 「厄介そうだな」 「ジャンクヤードの闘犬場を仕切るチンピラ。ドラッグで仕込んだワン公殺し合わせてヤマを張る、悪趣味な賭け事の親だ。前々から詐欺と暴行の重犯で目ェ付けられちゃいたが、先週正式にヴィクテムが登録されて賞金首リスト入り」 ジャンクヤードとはアンデッドエンドのスラム街にある胡乱な|市場《マーケット》の俗称。呪いの骨董、名画の贋作、人魚のミイラ、ユニコーンの角、妖精の標本……金さえ出せば世界中のどんなモノでも手に入ると言われ、裏社会に出回る盗品すら秤にのっけられる。 今回追うヨーテ・ダドリーという賞金首は、その市場の片隅で自分が調教した犬を使い、闘犬ショーを開催していた。 興行は大盛況だが、もちろんからくりがある。 スワローが手配書の事項と調査の結果とを掻い摘んで報告する。 「コヨーテ・ダドリーは餌にドラッグの混ぜ物をして犬を育てる……早い話がドーピングだ。たんまりヤクを盛られた犬は寿命が極端に縮んで早死にするかわりに、筋肉が異様に増強されて痛みに鈍くなる……言っちまえばより見せ物向きの闘犬に改造されるってワケ。コイツは交配や斡旋も手がけてて、飼われてる犬の中にゃ畸形もたくさんいる」 「親子だろうが兄弟だろうが構わず番わせて無理矢理産ませるんだって?悪徳ブリーダーと一緒だな」 「で、生まれた子犬を法外な値段で売り付ける。レアな犬ほど金持ちがよだれたらして欲しがるかんな、純血種ならなおさらだ」 「もともと個体数の少ねェ犬種を増やすなら生まれた子同士を掛け合わせるのが一番安上がりで手っとり早ェ」 嫌な話だ。入念に調べ上げた事実を述べながら胸が悪くなる。 「コヨーテ・ダドリーは全ての犬の敵だ」 「まともなブリーダーなら同じ犬種に高い種付け代を払うが、コヨーテ・ダドリーは無茶な繁殖をくりかえして『商品』を増やす。けどまァ、濫造すりゃ比例して欠陥品も増える」 「従わねえ犬は殺しちまうか精力剤まで使うってんだから徹底してるぜ」 そんなふうに作り上げた『商品』は畸形や短命が多いのだが、コヨーテ・ダドリーの詐欺にぼられた自称愛犬家どもは大枚はたいて買い取っていく。 「成長したあとに障害がわかっても知らぬ存ぜぬでクーリングオフはきかねえときた」 「好き好んで畸形をオーダーするクズもいるってんだから胸糞わりぃ」 とまあこんな具合に、ぼったくられたアホな金持ちどもの恨みを買ったダドリーにゃ、もう一つおぞましい噂がある。 コヨーテアグリーショーだ。

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