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第7話
陰鬱な灰色の空から弱酸性の雨が降る。
無秩序に犇めく雑居ビルやアパートの軒先を掠め、降り注ぐ雨に逆らうように上っていく紫煙を見送る。
ここは掃き溜めだ。
ちょっと見回すだけで死にぞこないの浮浪者やみなしごがごろごろしてる。
錆びた配管が這いずり回る裏路地では、痩せさらばえて肋骨が浮いた野良犬が前脚でポリバケツを掻き、鼻面を突っ込んでゴミを漁っている。
周囲の景色になるべく目をやらないよう歩調を早める。無関心は心の鎧だ。不感症は身を扶く。いちいち他人に同情して心を動かしてたらきりがねえ、こんな場所じゃ鈍感になりきって意識的に痛覚を遮断しちまうにかぎる。
呉哥哥はド腐れ外道の人格破綻者だが、言ってることはたまに正しい。
世の中殆どのものには意味がねえ。
耳が痒くなる綺麗ごとがお好きな連中はしたり顔で「すべての生命は平等だよ」とぬかす。
「死んでいい人間なんかこの世にいないよ」と白い歯光らせてぬかしやがる。
じゃあなんで臓器を抜かれる為だけに産声を上げる赤ん坊がいるのか、実の親の勘違いした躾とやらで嬲り殺されるガキが絶えねえのか、俺にはとんとわからねえ。
すべての生命が平等だってのが大前提なら、何も悪くねえのに惨たらしく消える命にどう説明を付ける?
命は等しく無意味だ。生き死にに特別な意味はねえ。大半の人間は絶望的なまでに平凡なその事実を断じて認めたがらねえ。
何故か?
特別な存在でいたいからだ。
自分が唯一無二の特別な何かだって信じていたいからだ。
自分と自分の人生にゃ絶対の値打ちがある、自分はこの物語の主人公に違いないと思ってるヤツらは、ただの願望を事実とすり替えたファンタジーに縋り付く。
でもそうじゃない、この世界がやがて破滅に至る物語だとしても主人公なんていやしない。登場するのは全部脇役と端役、いてもいなくてもどうでもいい一回こっきりのエキストラだ。端役が退場しようがどうなろうが大筋には微塵も影響ない。死んでいい人間はこの世にいないってのは誤りでこの世には死んでいい人間しかいない。底辺に基準を合わせて見直しゃハッキリしてる。
もし人生になにがしかの意味があるんなら、人間には意味なく生まれておっ死ぬ不運なヤツと、意味のある人生とやらをちゃんとまっとうできる幸運なヤツの二種類がいて、そんな不公平到底許せそうにない。
本人の責任ならまだいい、自業自得なら許せるが、ただ生まれてきただけ、あがくチャンスすら与えられなかったガキはどうなるんだ。
人生には意味がある。その言葉は諸刃の剣、二律背反を孕んだ矛盾のかたまりだ。人は愛されるために生まれてくる、人は幸せになるために生きるなんていうのも反吐が出る詭弁だ。だったらいっそ持てる者も持たざる者も、いと高き者も卑しき者も、富める者も貧しき者も等しく無意味でちっぽけな存在であるほうがマシだ。
だれもだれかの肥やしになるためにこのくだらねえ世界に生まれさせられるんじゃねえ。
ましてや嗚呼可哀想にと同情される為だけの人生があってたまっか、だったらみんな等しくクソであるほうがよっぽどマシだ。
もし意味と価値ある素晴らしい人生とやらが、何の意味も価値もねえ人生を引き立て役にして初めて成立するんなら、ンなまがいもの最初から願い下げだ。
生きる意味だの理由だの、暇だからどうでもいいことを考える。ろくでもねえ理屈を捏ね回したがる。
生きる意味なんていちいち欲しがるのは実際暇人だ、日々生き延びるだけで一杯一杯のヤツはンなツマラねえ言葉遊びに呆ける時間ねえ。自分探しは娯楽だ。余暇のある特権階級にだけ許された贅沢だ。
俺がいま息をするのにも意味がない。路地を歩くのにも意味はない。道端で酔い潰れてヒューヒュー呼気を嗄らす浮浪者も、虚ろな目で蹲るみすぼらしいガキにも意味がない。
それともみんな、俺程度が知ってることはとっくにわかってやがんのか。
人生が無意味で無価値なんてとっくに承知の上で、それじゃ虚しすぎっから無理矢理意味をひっ付けようとしてんのか。
だからこれは、ただの気まぐれだ。
水たまりで蜘蛛が溺れている。俺の親指サイズの小さな蜘蛛。無視して行こうとして、ふと魔がさす。ぱちゃん、水たまりを踏んで細波を起こす。ひび割れたアスファルトに打ち上げられた蜘蛛が、のろくさと逃げていく。
俺はただ、その場に突っ立って蜘蛛を見送る。
昔聞いた蜘蛛の糸の逸話が過ぎり、口元が皮肉っぽい笑みを刻む。
「恩返し……なんてあるわきゃねーか」
世の中ギブアンドテイク、ただより高いものはねえ。無償の親切なんて幻想だ。蜘蛛を助けたことに理由なんてない。たまたま進行方向に水たまりがあって、たまたま蜘蛛が溺れていたから、ちょっとばかり出来心が働いたのだ。
はたしてアイツは、俺のことを覚えているだろうか。
地獄のどん底でもがいているとき、救いの糸をたらしてくれるだろうか。
蜘蛛を助けるのは痛くも痒くもない偽善だ。虫けら一匹救っても檻の中のガキは見殺しにする、それが俺の偽善の限界だ。生活に響かない程度の善行ならいくらだって積んでやる。
くだらない感傷に囚われそうになった心を引き締めて足早に路地を抜ける。
荒廃した道沿いにドアとボンネットがへこんだ車が停まってる。
運転席に回り、手の甲で窓ガラスを叩く。
雑誌を被ってうたた寝してたガキが胡乱げに半眼を開ける。口パクで開けろと促す。ドアのロックが解除され、素早く助手席にすべりこむ。
「様子はどうだ」
「変化なし。退屈。ダドリーはさっぱりでてこねえ、買い出しも子分に行かせてる」
「女に会いに行ったり……」
「ねえな」
「ヴィクテムの更新から二週間ちょい、そりゃ用心深くもなるか。下手に出歩いちゃ狙ってくださいって言ってるようなもんだぜ、見張りも身内でしっかり固める、正面突破はむずかしそうだ」
「興行は引き続き週一、水曜日に開催中だ。ヤツにとっちゃ貴重な収入源、自制する気はねェときた」
シートを倒して深く凭れる。少し仮眠をとりたい。抱えてきた紙袋を間に置けば、空腹で待ちかねたスワローが中をあさって吟味。雑貨屋で適当に買い漁ったソーセージを鷲掴み、豪快に生で齧り付く。
ここはダドリーの本拠地に近いジャンクヤードの一角。
俺達は一週間ほど、二人一組で監視を続けている。
無策で正面突入は自殺行為、スワローの元相棒の二の舞にゃなりたくない。その為にまずダドリーの行動を洗い出す。
方針が一致した俺達は、まず基本の基本として、ターゲットの根城の付近に張りこむことにした。車は俺が借りてきた。よそじゃレアものだが、アンデッドエンドは車も多く走ってる。
冷たい雨の中、ひとっ走り食糧調達にでかけてた俺を労いもせず、手ずからソーセージを貪り食いながらスワローがぼやく。
「ちんたらメンドくせェ、あと何日続けんだ?」
「向こうに動きがあるまで……それか隙を見付けるまでだ。身内の顔は叩きこんだか」
「ずーっと見てりゃいやでも覚える。交代の時間もな」
「上出来」
「本人がおでましにならねーんじゃ意味がねェ」
「コヨーテの野郎は奥に引っ込んで高みの見物、顎で子分をこき使ってる」
「臆病者が。びびったのか」
「何十、何百人かの賞金稼ぎに常に命を狙われるご身分となっちゃな」
窓越しに顎をしゃくり、通りを挟んだ壁で煙草をふかす男を示す。
「アレも同業者。兼、ライバル」
今度は反対側、商売女に冗談をとばして笑ってる二人組をさす。
「アレもそう」
「見知りかよ」
「顔と態度でわかる」
半信半疑のスワローに肩を竦め、シャツの胸元を指さす。
「懐が膨らんでる。拳銃呑んでる証拠」
「まんざら節穴じゃねえんだな」
小馬鹿にした口調でまぜっかえすスワローに鼻を鳴らし、余計な豆知識を付け足す。
「序でに言えば駆け出しの素人。そこそこ経験積んでりゃ一発でバレるようなエモノのしまい方はご法度、咄嗟の抜きやすさを優先したんだろうがその前に身バレでジ・エンドだ」
「子分でもねえ連中が銃呑んでうろうろしてりゃタマとりにきたって宣伝して歩ってるようなもんだ」
この稼業を長く続けていると、おなじ賞金稼ぎはなんとなく匂いでわかる。どの程度腕利きかも必然的に。
咀嚼と嚥下をくりかえし、スワローが首を傾げる。
「こんな状況でも闘犬ショーは通常運転。アホなんだかガメツいんだか」
「闘犬ショーは興行の目玉だ、客は飽きっぽいからちょっと凍結すりゃすぐ離れてく。最近じゃ街の外からも評判を聞いた物好きが押し寄せる、闘犬専門のバイヤーやブリーダーどもだ」
「大事なお客がくる日に休むわけにゃ絶対いかねー」
「そーゆーこった」
コヨーテ・ダドリーはしぶとい。ヴィクテムの更新からこちら根城にこもりっきりで手が出せねえ。ヤツに接触するにゃ一計を案じなきゃならねえ。
食事を終えたスワローが行儀悪く指をなめまわしながら提案する。
「閃いた。闘犬ショーの人出に乗じてもぐりこむってなあどうだ」
「客として、ってことか」
俺は渋い顔をする。スワローが鼻白む。
「なんだよ、乗り気じゃねェな」
「博打がすぎる。相手にツラ知られてたらどうすんだ、一発KOだ。俺みてーな地味で存在感がねーモブならともかく、テメエは今注目のルーキーで顔が売れてる。そうじゃなくても悪目立ちするルックスだ」
「あーそこはほら、地味~に変装っすから。髪型とか服変えてよ」
「持ち物チェックはどう切り抜ける?客の出入りは厳しく取り締まってる、中でドンパチされちゃたまんねーかんな。エモノ没収されたら素手で挑むか」
「上手く隠して持ち込む」
「ケツん中か?」
唇の片端を意地悪くねじる。スワローの目が据わる。危険な兆候だ。俺はわざとじらすように懐に手を突っ込んで、新たな一本を摘まむ。
煙草を咥えてライターで穂先を炙る。スワローが不服そうに口を尖らす。
「糸で括ったヤスリを腹ン中に隠した脱獄囚がいたろ」
「先っぽ引っ張って取り出すのか。マネしてイケるか?大体お前のエモノってナイフじゃん、すんなり呑めるサイズかよ。下に咥え込んだ方がまだ現実的だ、その見てくれじゃ遊びまくってガバガバだろ、ちょうどいい栓に……」
鋭利な銀光が視界を一閃、半ばから切断された煙草が足元に転がる。
瞬きする暇もなく、頬に冷たく硬質な刃が擬される。
「…………、」
喉仏が動き、生唾を嚥下する。
運転席から半身ひねったスワローが、動体視力の限界に迫る速さでナイフを抜いて俺の頬に突き付けたのだ。
落ち着け。頭を冷やせ。いま関係に亀裂が入るのは極力避けたい、本来の任務を達成する為にもスワローとは波風立たない無難な関係を築きたい。
スワローは微動だにせず俺の動きを見張っている。ちょっとでも妙なまねすりゃナイフが首をすっぱりいく。
利害の一致で組んだ仮の相棒だろうが、いやだからこそ、コイツは他人の無礼を許さない。悪意ある侮辱に対しては人一倍苛烈に切り返す。
こんな調子で誰彼構わずあてこすられるたびナイフを抜きまくってたら、そりゃブラックリストに名前が載っかるはずだ。
「……わりぃ。口が滑った」
「俺も手が滑ったわ。メンソールは嫌いなんだ」
ささくれた喉を唾で湿し、乾いた声で詫びれば、それに応じたスワローが刃をしまってナイフを引っ込める。
頸動脈を死守できたことに安堵、懐をさぐって新しい一本を口に運ぶも、情けねえ話手が細かく震えてなかなか火が付かない。
見事にしてやられてびびってんのか?
てめえの臆病さを呪いてえ。
努めて無表情を装い、隙を見せないよう振る舞うも、こめかみを伝う冷汗と内心の怯えはどうにもできない。
ひどく苦労して煙草を咥え、冷静さと一緒に紫煙を吸い込む。僅かに開けた窓の上部から、雨が篠突く外へと煙が逃げていく。
窓の向こうへ逃げていく煙の行方を追い、心変わりしてポツリと呟く。
「……案外悪い案じゃねーかもな」
ダドリーが仕切る毎水曜日の闘犬ショーには、街の内外からどうしようもねえ賭け狂いと怖いもの見たさの物好きが殺到する。闘犬専門のバイヤーも合わせりゃ結構な賑わいだ。中は混乱して、一旦人ごみに紛れちまえば本命に近付くのはたやすい。
最初の関門、入口の身体検査さえ切り抜けりゃ「目」はある。
スワローがいくら強いったって、ステゴロで挑むのは無茶だ。コイツには武器が要る、じゃねえと実力は半減だ。
「見張りから取り上げりゃいいじゃん。なんか持ってんだろ銃とかナイフとか」
「簡単にいうけどなお前……騒ぎになんだろ」
「なんねーようにうまくやる。身ぐるみ剥いで物陰に転がしときゃバレねーよ」
スワローがダッシュボードに足を投げ出し、乱暴に言ってのけるのにあきれる。コイツにはまったくもって計画性がない、やることなすこと行き当たりばったりだ。
ダドリーは武器を持った護衛で身を固めてる。そんな所に単身突っこんでいくのだ、普通に考えりゃ徒手空拳は自殺行為だ。
ターゲットにあっさり近付ける保証もない、都合何人倒すはめになるかわからねえのだ。
「……しょうがねえ。むこうで落ち合おうぜ」
「あン?」
「てめぇの思い付きに重てェ腰上げて付き合ってやるって言ってんだ」
懐から引っ張り出した地図を手荒く広げる。
スワローが眉をひそめて覗きこむ。
「ンだよこれ」
「ここも最初からスラムだったわけじゃねえ、都市計画が頓挫したから結果的にそうなった。で、コレは最初期の下水の計画図。かれこれ三十年前か……いろいろ手ェ加わってっから今もこの通りって保証はねェが、概略は描ける」
俺だってただ買い出しに出歩いてたわけじゃない、ちゃんと自分の仕事をしていたのだ。俺にしかできない仕事を。
俺は地図の表面を弾いて告げる。
「お前はドッグショーの客として、俺は下水道から、二手に分かれて攻める」
いろいろ考えたがコレが一番合理的だ。
スワローが怪訝そうに質問を重ねる。
「ちょっとたんま、下水から忍び込むって……都合よく目当ての場所に出れんのかよ」
「心配すんな、事前に調べてある。思い出せよスワロー、あの胸糞悪いスナッフフィルム。床のどでけえ染みは致死量の血痕、あそこじゃ相当数の犬と人間が死んでると見て間違いねェ。さて問題、死体の処理はどうする?離れた場所に運んでって捨てる?毎回じゃ手間がかかるし怪しまれる、できれば内々に済ましてェ」
「犬にやれ」
「もっといい手がある。下水に食べ残しを流すんだ」
ダドリーの出した犬や人の死体は、下水道に廃棄されてる可能性が高い。
「なるほど……下水に死体捨ててんならねぐらに通じてる率が高えか。でもよ、それ妄想じゃねェの」
言うと思った。
俺は首を竦め、ビニールの小袋に密閉した毛玉をスワローに膝に投げる。
「マンホールからおりた下水で拾った。犬の毛」
「……」
「腐りかけの小指もあったがばっちいんでスルーした。ルミノール反応を調べりゃ確実だが、生憎と機材がねーから見合わせだ」
「……関係ねーギャングがドンパチやったとか?」
「なくはねーが、立地的にゃ廃棄場の線が妥当だな」
地図によると下水道はダドリーのシマの真下を通ってる。
「焼却炉を使ってるにしちゃ全然煙が立たねェ。死体を溶かして始末するなら大量の硫酸や塩酸が必要だが、買い込んだ形跡もねえとくりゃ消去法で決まり」
「埋める」
「いちいち穴掘って?余分な土地もねェのに?不衛生なスラムだって大っぴらに腐敗すりゃクレームがくる、匂いの紛れる下水に放棄した方が幾分利口だ」
もう一個、推理に確証を与える根拠がある。
ピッと人さし指を立て、底抜けの阿呆を憐れむ目でスワローを見下す。
「犬の習性は?ここ掘れワンワン、土掘り返してお宝あさりが連中の生き甲斐だ。穴に埋めるなんて地雷原作りと一緒だろ」
ハンドルに腕枕したスワローが少し感心したように、それでいて悔しげに唸る。
どんなもんだ、少しは勉強しろガキ。
下水道がアジトに繋がってるなら話は早い、タイミングが同期する挟み撃ちが最も効率的だ。
俺には「奥の手」がある。
まだスワローにも誰にも見せてない切り札が。
俺に流れかけた主導権を取り返そうと、スワローが強い語調でまとめにかかる。
「方針はきまり。俺は正面から正々堂々闘犬ショーにのりこんで、てめえは薄暗くて臭くてジメジメした下水から侵入する」
「単に博打打ちてーだけだろ」
「入場に年齢制限はねえ、未成年も入れ食いだ。変装の出来栄え次第だが、ピンからキリまでいる上に入れ替わりがめまぐるしい賞金稼ぎ全員のツラを子分どもが覚えてるか怪しーもんだ」
一応説得力はある。
闘犬ショーは大勢の人出でごった返す、どうしても一人一人のチェックは雑になる。
「向こうで会ったときにナイフを返す」
「てめえに預けんの」
「不満か?」
「大事なナイフだかんな」
「質に流しゃしねえよ」
スワローは乗り気じゃないため息を吐く。
ナイフなんて物騒なもん持ってたら間違いなく入場で弾かれる。背に腹は変えられないと不承不承判断、「……わかったよ」と大いにふてくされて頷く。よっぽど思い入れがあるみてえだ。
「段取りもカタ付いたしちょっと寝るわ。見張り交代すっから夕方に起こしてくれ」
ここ数日、俺達は車に泊まりこんでいる。
スワローは俺に返事もせず、ハンドルに広げた雑誌の流し読みに戻る。
俺は助手席に沈み込みながら、気のない素振りで尋ねる。
「なんか面白いもん載ってたか」
「知り合いがいた」
「だれだよ」
「ヴァージンくれてやったヤツ」
「マジでか」
眠気におかされかけた頭が瞬時に覚醒、雑誌をひったくって急いでめくる。スワローはそんな俺を鼻で笑い、いたずらっぽい流し目を送ってくる。くそ、一杯食わされたか。
「……馬鹿にしやがって」
苛立ち紛れに雑誌を放り捨て、頭の後ろで手を組んでシートにダイブ。
背中が軽く弾み、閉じた瞼の裏側に水たまりでもがく蜘蛛の映像がフラッシュバック。
フロントガラスに水滴が弾ける中、運転席で雑誌を読み耽るスワローの存在を意識から消して、あっさりと眠りに落ちた。
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