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第8話

服が皺になるから大人しくしてなさいと言われ、大人しく言うことを聞く。 私はいい子だ。だから言う通りにする。あの人の機嫌を損ねないことを一番に考えて行動する。 自分を殺すのは得意だ。殺し続けていればそのうち自分なんていなくなる。 埃っぽく息苦しいクローゼットの中、棺を縦にしたような薄暗闇で、膝を抱えてべそをかく。膝を抱える時も行儀悪く裾をはだけたりしないよう気を付ける。 私はいい子だ。 あの人の理想通りの娘だ。 たとえあの人が見ていなくてもそう振る舞い、そうあり続ける。そうすればいつか本当にそうなるかもしれない。 足元を見下ろす。フリルとレースをうるさいくらい盛られた純白のネグリジェはあの人のお気に入り。上質なシルクはしっとりなめらかで肌触りがいい。 初めて袖を通したときはちょっとだけ心が弾んだ。あの頃は自分がおかれた状況の異常さをよく理解してなかったから、素直にプレゼントを喜んだ。 そろそろ丈がキツい。ここ一年で急激に背が伸びた。昔は踝まですっぽり隠れたけど、今では痩せた足首がすっかり覗いている。色素が沈殿した青黒い痣。ここだけじゃない、痣は体中に散らばっている。あの人は世間体を気にするから服で隠れるところしか痛め付けない。 胸元に揺れる清楚で可憐なリボンタイが酷く目障りだ。膝頭に深く顔を埋めれば、肩まで伸ばしたダークブラウンの髪が流れ落ちる。 あの人は私が髪を切るのを許さない。前に一度、勝手に散髪しようとしたのを見とがめられ、ハサミを取り上げられた上激しい折檻を受けた。 『こんなモノがあるから、そんな勘違いをするのね?』 当時のトラウマがぶり返し、ぎゅっと膝を握る。 お願いやめて××さん。 憎悪と憤怒に歪む悪鬼の形相で、私からむしりとったハサミを振り上げる。見せ付けるようにいやにゆっくりと。 もし次があれば……想像したくもない。 あの人ならやる。絶対やる。今度こそ本当に切り落とされる。 今度こそ、本当に×××にされる。 あの人はおかしい。 そんなことしたって×××になれるわけがないのに、それがわからないのだ。いいや、わかった上で絶対認めようとしない。 背が伸びて肩幅が広がり、喉仏が膨らんで声が掠れ始めた私の変化を断じて受け入れようとせず、相変わらず着せ替え人形として扱い続ける。 でも、それも長くはもたない。じきに自分を欺き通せる限界がくる。そうしたら……どうなる?ペニスの根元にあてがわれるハサミの冷たさなんて、二度と体験したくない。 扉の向こうでひそやかな衣擦れの音。 スカートが皺にならないよう注意深く這いずって隙間を覗く。 観音開きの扉の中心に走るほんの僅かな隙間から、ごく淡い光が漏れる。 あの人が、いた。 「アレ」が始まると直感、生唾を呑む。 あの人がアルバムを開く。じっと写真を見る。放心したようなあぶなっかしい横顔。 私と同じダークブラウンの瞳が熱っぽく潤み、劣情と恋情で次第に息遣いが上がり始める。 アルバムを押さえるのとは反対の手がスカートの下、パンティーの奥へともぐりこむ。 そこはもうすっかり潤って、花芯が芽吹いている。 あッ、あッ、あァ……切ない声が上がる。下半身が疼く。前が窮屈だ。あの人が仰け反り、喘ぎ、指を呑んだパンティーの膨らみが淫らに蠢く。 ドア一枚隔て目の当たりにする痴態に体が悩ましく火照りだす。あの人は覗き見に気付いてない、一部始終を盗み見されてるなんて夢にも思わない。 クチャクチャと愛液を捏ねる音と共に、指が粘っこい白濁の糸を引き、激しく抜き差しされる。 あの人は夢中で自慰に耽る。思い出の写真を見返し、自分を孕ませて捨てた男を恋い慕って、狂おしさに啜り泣く。男の名前を時折口走って。 一方的な窃視に背徳的な興奮を覚える。 片手を扉の裏に添え、もう片方の手でためらいがちにスカートをはだけ、女物の下着へ忍ばせる。 パンティーはすーすーする。でも、コレしか穿かせてもらえない。男の下着を穿いたことないせいで、どんな感覚なのかいまいち想像しにくいけど、繊細なレースの透かしから外気が当たるのが妙にくすぐったい。 あの人をまねをし、不器用に手を使い、自分を慰める。 しっとり湿り始めたパンティーの芯をくりかえししごき、竿の根元を掴み、皮に包まれた先端をやさしく剥き、透明なカウパーの滲んだ鈴口をくちゃくちゃ捏ね回す。 すくいとり、塗り込み、なめし広げる。 「あ……ぅ……」 たまりかねて項垂れ、扉の裏に額を凭せる。声が漏れちゃいけないと咄嗟にスカートを噛めば、乾いた布の味が広がる。 こんなとこ見られたら、きっと酷くお仕置きされる。わかってても止まらない。タブーを犯す背徳感、言い付けを破る罪悪感がいやがおうにも興奮を煽り立てる。 あの人に倣い、覚えたてのオナニーで後ろめたい快楽を貪る。 一番敏感な部分が熱を持ちだす。 芯が固くなって、だんだん勃ち上がっていく。 熱く蒸れた吐息をてのひらに逃がし、もう一方の手で股をしごきたて、カウパーに塗れて糊のようににちゃにちゃする指で未熟なペニスを可愛がる。 私のここはまだ子どもだ。ずんぐりと不格好に皮を被っている。 うっすらと涙ぐみ、淫乱に頬を染めて、ふやけきった口からよだれをたらし、パンティーへ突っ込んだ手をめちゃくちゃに動かす。 「んんっ、ふぅッ、ふうゥ」 溢れて、滴り、ぬかるんで。 もう裾までぐっしょりだ。 たくしあげたスカートを噛んで喘ぎをこらえる。 あの人の声がまた一段高まり、三本束ねた指がパンティーの奥を掻き回す。すごく気持ちよさそうで少し羨ましい。私がいま感じてる快楽とあの人がいま溺れてる快楽、一体どっちが上? あの人にないものが私にある、股間から生えた余計なモノ。それがあの人を怒らせる。私はいけない子だ。私の股間にこんなへんなのがくっ付いてるから、あの人はお仕置きせずにいられない。全部私がちゃんと生まれてこなかったからだ。 ごめんなさい××さん。 視線の先であの人の声が高くなる。あの人が仰け反って、濃厚な蜜が絡んだ指で内側をかきまぜる。豊満な乳房が弾み、髪が縺れ絡んでのたうち、半開きの唇がぱくぱくする。あの人は私じゃない人を想って泣いてる。欲望の虜。 「ぅあ、ぅく」 射精欲が急激に高まる。もう少しでイケそうだ。パンティーの前がはちきれそうに盛り上がり、切なさと気持ちよさで涙がこみ上げる。甘酸っぱい疼きが恥骨の奥を蕩かし、はしたなく腰を浮かせ、ともすれば片膝がずりおち、前屈みに擦り立てる。 即席の猿轡が大量の唾液を吸っていく。 こんなことしちゃだめだ、本当はいけないことだ、わかってるけど一旦味をしめたらとめどなくあふれてくる。狭いクローゼットの中に独特の匂いが立ち込める。ふわり広がったスカートの裾がさざなみだち、ずれたパンティーを盛り上げるペニスがびくん、びくんと痙攣してまた角度をもたげていく。 「ふァ、あァあッあ」 スカートとパンティーが皺になる。ばれたらきっとすごく怒られる。今度こそ去勢される。ぐちゃぐちゃになった頭とどろどろになったカラダでどうでもいいことを考える。あの人好みに肩まで伸ばした髪が震え、あの人好みのワンピースがめくれ、あの人好みに仕立てられたすべてが赤裸々にはだけていく。 甲高く澄んだ声で囀れば、きっとあの人も怒らなかった。みっともなく掠れた声で許しを乞うても火に油を注ぐだけ。 暗闇の中、私は泣く。声を押し殺して啜り泣く。左手で支え、右手に包む熱量がまた一段膨らんで存在感を増す。 とても気持ちよくて、気持ちいいのが申し訳なくて、くちゃくちゃと竿をやすりたてる。パンティーの中は洪水だ。しとどに湿って内腿を伝っている。前に一回、クローゼットの中で漏らした時は、裸に剥かれて真っ赤になるまでお尻を叩かれた。プラスチックの靴べらは痛かった。 「はッ……はァあ……」 ずくずく中心が脈打って内股でうずくまる。クローゼットの中の水たまりを見られたらどう言い訳しようと、そればかり考える。茹った頭はまともな思考が働かない。全身が火照り、疼きを持て余す。腰砕けに座り込み、今や完全にそそりたったペニスを両手でギュッと掴んで―…… 扉が軋んで開き、中心の線が大きくなる。突然大量の明かりがさしこんで目が眩む。光の奔流に瞬きして順応するのを待たず、断罪の声が響く。 「いけない子ね」 あの人がいた。 逆光に黒く塗り潰されて、目の前に立っている。私はパンティーに手を突っ込んだまま、抜くのも忘れて弱々しく首を振る。 爆ぜる寸前まで上り詰めた射精欲はあっというまに萎み、手の中のペニスは己の存在に恥じ入るようにうなだれる。私そっくりに委縮して…… あの人の右手が光を反射する。大振りのハサミだ。私は息を呑み、床を蹴ってあとじさる。 ドン、背中に鈍い衝撃。 行き止まりだ。クローゼットの壁に追い詰められて、ハサミをひっさげた影に対し、半狂乱で首を振り続ける。 スカートが皺になるじゃない。現実か幻聴か、あの人の声が撓んで響く。皺くちゃのパンティーは片方の膝に絡んで丸まり、裾は大胆にはだけて、剥き出しのペニスが丸見えだ。 「あなたが××××××××××になれば、あの人はもどってくる」 私が××××××××××になれば。 私が××××××××××だったら。 生まれてから何度もくりかえされてきた呪縛。合理的に考えればそんなことありえないのに、頭がどうかしてしまったこの人は、執念深くその妄想に縋り続ける。私が××××××××××になるには、どうしても股間のコレが邪魔だ。 コレがあるせいで私は××××××××××になれない、この人の大事なひとは永遠に帰ってこない。 可哀想なひと。 もうすっかり壊れきって、捨てられた現実を認められない。 全身の毛穴が開いて脂汗が浮かぶ。私は壊れたオモチャみたいにひたすら首を振り続ける。唇を噛み、こみ上げる嗚咽を殺し、泣く寸前で歪んだ悲痛な顔で、ハサミをもって佇むあの人を仰ぐ。 どうしようもない恐怖と絶望、それでも消し去れない愛情に似た何かに駆り立てられて。ひょっとしたら、同情。 「あなたが××××××××××になれば……」 風切る唸りと共にハサミが振り上げられる。 弾かれたように瞼を開く。 唐突に夢が途切れ、現実に叩き戻される。全身汗びっしょりで酷く不快だ。濡れそぼったシャツが素肌に張り付いて息苦しい。 「っは、はァ、はッ……」 またあの夢か、くそったれ。執拗に追いかけてくるな悪夢から辛うじて息を吹き返すも、後遺症は深刻だ。鼻梁にまでずりおちた眼鏡を押し上げようとして舌打ち、左手で右手を掴み、厄介な震えをおさえこむ。気付けば全身が細かく震えている。呼吸は浅く乱れ、大量の寝汗を吸った前髪が額に被さっている。薄い胸板の下で鼓動が暴れ回る。動悸が規則正しく均されるのを待ち、悪夢の余韻を完全に駆逐しようともう一度キツく目を瞑る。 周囲は暗い。窓の外は夜だ。曖昧な記憶を遡り、助手席のシートを倒して仮眠をとっていたのを思い出す。何時間寝てた?交代で休憩をとる約束だった。相方はどうしてる? 前髪をかき上げて状況をおさらいする俺に、嘲弄の笑みをまぶしたからかいが届く。 「やらしー夢でも見てた?」 隣に向き直る。運転席のシートを倒し、頭の後ろで手を組んだスワローが、面白そうにこっちを眺めてやがる。 全部見られてた? 「寝言うるせえ」 「……なんて言ってた」 「早口の中国語でわかんねーよ」 「そうか」 心底安堵する。スワローが中国語を知らないのは幸運だった。寝てる間に口走るのなんてどうせろくでもないことだ……俺の場合は特に。 一瞬気を緩めた内心を見透かすように、冷や水をあびせてくる。 「妈妈ってお袋のこったろ」 心臓がはねる。 「お袋の夢見てたのかよ」 「……関係ねェだろ」 憮然と突っぱねる。スワローが喉の奥でくぐもった笑いをたてる。 「マザコン」 「うるせえ」 気分は最低だ。最近ご無沙汰で油断してた。でも、今日のはまだマシな方だ。 神経がささくれだってちょっとしたことに過敏になってるのがわかる。スワローの挑発に皮肉で返す余裕がない。バツの悪さを取り繕うように話題を変える。 「何時間寝てた」 「4時間てとこ」 「……夕方に起こせって言ったろ」 「疲れてたみてーだから寝かせてやったんだよ。自分で気付いてる?青かびみてーな顔色」 「頼んでもねェ恩を着せんな。あと、かびは余計だ」 とはいえ、コイツなりに気遣ってくれたんだろうか。実際徹夜続きで疲労が嵩んでいた。車は寝る前の位置から移動してない。ゴミだらけの道端に停まったまま、窓ガラスには『COYOTE UGLY SOHW』の赤いネオンが映えている。 生きてるか死んでるかもわからねェ、ボロを纏った浮浪者の他は路上に人影もない静かな夜だ。どこか遠くでギャングが抗争をくりひろげてるのか、ドンパチの音がする。乾いた銃声と怒号と悲鳴が交錯、夜空の底をかすかに震わせる。 下半身に違和感、体の変化に舌打ち。股間が膨らんでいる。痛いほど前が突っ張ってズボンを押し上げてやがる。 どうする?黙ってやり過ごすか。外の空気を吸ってくるって言えば怪しまれないですむ。本当なら5分かそこら、コイツが席を外してくれんのが一番有り難い。その間にとっとと始めて終わらせりゃスッキリとでむかえられる、匂いは換気でごまかす。 それとなく姿勢を変えて股間を隠し、忌々しげにスワローを見やれば、異様に勘の鋭い当の本人が口を開く。 「ヌイてやろっか」 「は?」 「辛くね?前」 バレてた。 サッと顔色が豹変する。虚空で視線が衝突、スワローがふしだらに微笑む。境をこえて乗り出し、咄嗟に身を引く俺へと積極的にのしかかり、まだ何も言わないうちからズボンのベルトに手をかける。 「悪ふざけも度がすぎんぞ」 「親切だよ。どんな夢見てたか知んねーけど勃ちっぱなしじゃん、そのザマじゃ仕事に障んだろ、一発ヌイてスッキリしたほうがいいんじゃねーの」 似たことを考えていたのは絶対に秘密にし、両手を突っ張ってスワローを押し返そうとするも、俺の膝を跨ぐ形で席を移ってくる。 「俺も暇してたんだ。なかなか眠れなくてさ」 「遊び足りねーのか」 スワローが淫らに含み笑い、俺の片頬に手をかけて上げさせる。 「寝顔に興奮した、って言えば満足かよ」 変な雰囲気だ。妙な成り行きだ。流されるな、踏ん張れ。コレはただの悪ふざけ、何の意味もないお遊びだ。俺はただからかわれてるだけ、少しでもノッたらあっさり引くにきまってる。 目の前におそろしく綺麗な顔がある。もちろん男だ、それはわかってる。でも、こんだけ綺麗だと性別なんてどうでもよくなる。 ネオンの照り返しを受けて斑に赤く染まるゴールドの髪、野性的に切れ上がったまなじりに嵌まった赤錆の瞳、あでやかな弧を描く唇…… 引き締まった首に巻かれた鎖の先は、タンクトップの内側に消えている。 「おりろよ」 「強がるなよ」 「あのな……」 「俺から誘ってやってんだ、断るのはもったいねえ」 「仮でも相方とどうこうなる気はねえよ、ましてやテメェのようなガキとはな。野郎に媚売られてもちっとも嬉しかねえ」 「嘘吐け」 スワローの手がやらしくくねり、五本の指がシャツの胸を這い上る。性悪な上目遣い。 「オンナは苦手だろ」 「っ……」 「おっかねえの?」 「……なんでそう思うんだ」 「コヨーテアグリーショーだよ、あの悪趣味なスナッフフィルム。オンナの時のが気分悪そうだった。ウィルだかビルだかが主役の後半は悪態吐ける程度に回復してたけど、前半は俯いたっきり言葉もねえ。フツー逆じゃねェ?レイプまがいのポルノは好きでも、レイプまがいのゲイビデオに……しかも獣姦に耐性あるのは少数派だ」 コイツ、よく見てやがる。俺は唸るしかねえ。 「あとはまあ、童貞だの女がどうだのからかうたびいちいち過剰反応してたかんな。あてずっぽだ」 「……だからどうだってんだ」 仕方なく開き直る。 スワローが値踏みするように目を細める。 「女性恐怖症ってヤツ?」 「まあ、似たようなもん」 「さっきの夢と関係あんの?」 「話す義理はねェし関係ねえ。確かにオンナは苦手だが、野郎で代用するケもねえよ。こんなのただの生理現象、朝勃ちと一緒だ。さっさとヌイておしまいだ。なんでこうなっちまうかなんて俺にもわかんねー……おいっ!」 スワローの手がシャツの裾をはだけて素肌にもぐり、下腹部をまさぐりだす。 「童貞と処女、どっちもらってほしい?」 「どっちも売ってねえ」 「やっぱまだなんだ」 くそ、自爆だ。 「どっちも……でもいいぜ」 シートに押さえこまれて身動きできない。蹴り飛ばすか?一瞬危険な誘惑が掠める。スワローは舌なめずりし、勝手にごそごそやってる。 なんでこんなことになってんだ? 信用できねえ相手に隙をさらしたアホさ加減を呪うも後の祭りだ。一緒にホットドッグ食って、一緒にビデオ見て、馬鹿話で油断を誘われたのだ。 「!ぅッ、」 膝が重たい。スワローの尻が食い込む。片手がするりと脚の間にのびて、ズボンの膨らみをやわやわと揉みほぐす。熱い吐息が耳朶に絡み、首筋の皮膚を啄まれる。 「てめ、欲求不満、なのかよっ!」 「そっちこそ」 「ガキとヤる趣味ねーよ……自分の立場わかってんのかよ、ちゃんと仕事しろよ、張り込みの真っ最中だろうが。車がガタガタ言い出したら怪しまれるぜ」 「誰もいねーよ」 「よく俺なんか相手にさかれんな」 「てっとりばやくヌケりゃだれでもいい。たまたまアンタが隣でアホ面かいて、たまたまおっ勃ててたからのっかったんだ」 「貞操観念ぶっ壊れてる」 「気持ち良けりゃなんでもいいじゃん」 「外行ってオンナひっかけてこい、お前なら余裕だろ」 「めんどくせェ、ぐちゃぐちゃ萎えることゆーな。いちど突っこんじまえば男も女も一緒だ、やり方もそんな変わんねェ。なあいいか劉余計なこと考えんな、この俺様が最高に気持ちよくしてやるって言ってんだ。お前だってまんざらじゃねーだろ、その証拠に全然萎えねーじゃん。さっきから俺のケツ押し上げてんのはなんだ?カラダもだんだん熱くなってきたぜ」 「いい加減にしねェとぶっとばすぞ」 「いじめられて興奮してんのかよドМのマザコン野郎、救いようねえ変態だな」 「離れろ」 「また固くなった」 「ッ、手ェどけろ……」 八歳も下のガキにおちょくられてはらわたが煮えくり返る。 調子にのりくさったスワローが俺の耳朶に意地悪く吐息を吹きかける。 「ドア開けて逃げる?大声で助けを呼ぶ?いいぜ試してみろよ、俺のナイフがかっ切るほうが早いけどな。ひと回り近く離れたガキにレイプされそうになったって宣伝してまわれ、そうなったら賞金稼ぎも店じまいだな、面目丸潰れだ」 昼間ナイフを突き付けられたことを思い出し、冷汗が流れる。実物を見せられなくても体が覚えている。 「やめ、うッぅ」 性急な愛撫に翻弄され、胸中に動揺の波紋が広がる。スワローの腰がリズミカルに上擦り、硬度を増す一方の俺自身を尻たぶに挟みこんでわざと刺激する。 「顔赤ェ。恥ずかしい?」 目と鼻の先に迫る微笑みから必死で顔を背けるが、手挟んで正面に固定される。 「アンタかわいいな。いじめたくなる」 「……趣味わりぃ」 コイツは本当にただ、俺で遊んでるだけだ。俺を捌け口にしてるだけだ。引き締まった尻が股間を圧迫、シートに押さえこまれて身動きできないまま唇を噛んで耐え抜く。 「スワロー、ちょ、やめ」 限界だ。余裕がない。甘噛みされた耳朶まで熱が散り、意味もなく両手を上げ下げ突っ張って、スワローを押しのけようと無駄な抵抗を重ねる。 コイツ、ガッツキすぎだ。 ただでさえ一人掛けで狭いシートが、二人分の体重を受け止めて壊れそうに軋む。 目が潤んで視界が滲み、下っ腹に渦巻く熱に飲み込まれる。 「ふざけ、んなッ、ッあ、借りた車汚したら、ぅあッ、誰が弁償するって思ってやがる!」 「お前」 「わかってやって……混蛋该死!!」 「中国語わかんねーよ」 「たんま、自分でやる、自分でやっから」 どうにかこの場から逃れたくて無我夢中で口走れば、スワローがあっけなく離れていく。俺はぽかんとする。 「どうぞ」 「……は?」 「見ててやっからやれよ」 スワローは俺の上からどかない。相変わらず膝を跨いだまま、ニヤニヤ笑ってる。俺は……俺は?頭の両横に手を突かれる。スワローが尊大に顎をしゃくる。眼光鋭く続けろと命じる。逃げたくならなかった、と言えば嘘になる。本音を言えば、全力で逃げ出したい。もう何もかも放り出し、借りた車も捨てて逃げ出したい。 もともと呉哥哥の無茶振りに巻き込まれただけ、もうこれ以上悪ふざけに付き合う義理はねえ、あとはなるようになれってんだ。 お願いだからほっといてくれ、お願いだからそっとしてくれ、頭を引っ込めて地べたに這い蹲ってっから…… 自暴自棄に流されかけた心が、頬にひたりと這う冷気に凍り付く。 スワローがナイフを抜き、寝かせた刃を俺の顔に当てたのだ。 「目の前でオナれ」 拒否したらどうなる? 俺はなんでここにいる? 呉哥哥の命令だから、スワローの調査が任務だから……相方のフリして実力をさぐる、それが本来の役割だ。 途中放棄して逃げ帰ったら、呉哥哥はきっとキレる。俺はもう、組織にいられない。あそこが居場所だなんて思ったことは一回もねえ。でも、あそこしか行くあてがねえ。 ほんの数分ガマンすりゃ、コイツの気も済んでことはまるくおさまる。 保身と打算の駆け引き。 人前でオナるなんてどうってことねえと、凄まじい自己欺瞞を働かせる。 過去にはもっと恥ずかしいことだってしたし、させられた。 けれども八歳も下のガキにオナニーを無理強いされ、初めから終わりまでじろじろ観察されんのは最高に屈辱的だ。 スワローはなんだってこんなことをする?こんなことして何が楽しい? 俺に興味を持ってる素振りなんてこれっぽっちもなかったくせに、本当にただの暇潰しか? うざったく伸びたダークブラウンの前髪の奥、まなじりに力を込め、毅然と睨み返す。 「……すりゃあ満足?」 「ああ」 萎えそうになる気分と股間を懸命に引き立て、意を決してズボンをおろす。ジッパーを下げる音がやけに大きく響き、さっきまで固くなっていたペニスを掴むが、すっかり柔くなってる。 頬に擬されたナイフの圧力を意識、慎重に手を使いだす。 眉を顰め、キツく目を閉じ、機械的な手の動きにだけ集中する。 「ッ……、ふ」 「声ガマンすんな」 「る、せ……」 心の目を閉じる。心の耳を塞ぐ。しいて不感症になろうとする。何も感じない、何も痛くない。萎えたペニスを左手で支え、右手でくりかえししごきたてる。ちっとも固くならずにあせる。スワローの視線を顔と股間に感じる。コイツ、どんな表情してんだ?気にはなるが、目を開けて確かめる勇気がねえ。羞恥心で死ねる。 衣擦れの音。何かをクチャクチャ捏ね回す音。俺自身の荒い吐息と呻き声。 ナイフで脅されて、無理矢理オナニーを強制される。スワローは膝立ちの姿勢で正面に陣取り、俺はただひたすらペニスを擦る。 「なあ」 「な、んだよ」 「オンナがダメなヤツってなに考えてオナってんの?」 「なんも考えねえようにしてる」 「ズリネタは?」 「こんなの手ェうごかしてりゃ……ふッ、ぅく、勝手に気持ちよくなる……ッ」 「都合よくできてんだな」 純粋に感心した声音に笑いたくなる。まさかそれを確かめる為に自慰させたのか?どうでもいいが、最中にしゃべると噛みそうだ。 窓の外は真っ暗だ。まさか誰も通らないたあ思うが、そのまさかを警戒して手元が疎かになる。オナニーに身が入らず、いたずらに時間だけが長引く。その間ずっとスワローはニヤツいて、くたりとしなだれた俺のペニスを観察している。 恥ずかしさで全身が燃える。 今この瞬間に蒸発したい。 「見ん、なよ。あっち向いてろ」 「アンタのさァ……萎えたまんまじゃん。さっきまで元気だったのに、俺が手ェ引っ込めた途端にこれかよ。いじってやったほうがよかった?」 「早く終わらせてェから集中させろ」 「皮は剥けてんだ。デカさは並。カタチはまあまあ。毛は薄いんだな。ああ、ちょっとだけ滲んできたじゃん……俺の言葉にコーフンした?鈴口からトプトプってしずくが滴ってんぜ」 頭が煮える。息が上がる。 キツくキツく目を閉じ、深く深くうなだれ、両手が塞がって耳を閉ざせない代わりに心を閉じようとする。手の中の硬度と角度が増し、むず痒い快感が芽生えはじめる。 「なに考えてんの?」 『あなたが××××××××××になれば』 俺が××××××××××になれば。 貧相に痩せた腹筋が波打ち、ペニスがひくんと頭をもたげる。スワローは一切手を出さず、至近距離でただ見ているだけ。吐息の湿り気と衣擦れが距離感を教えてくる。 「アンタさあ、変態だな」 頬に当たるナイフが、なぶるように顎先へ移動する。 「こんなガキに脅されて、車の助手席でオナって……だれか通ったらどうすんの、露出羞恥プレイの真っ最中だって開き直る?切なげに眉しかめてさァ……気持ちいい?そんなやらしーカオで毎日シコってんの?それとも何、俺に見られてんのがいいんだ?イくとこ見られてアガッてんだ」 「ちが……」 「ド変態マゾ野郎。手ェ止めなきゃ説得力ねえぞ」 言葉と視線で辱められてぞくぞくする。被虐の官能が背筋を駆け上り、カウパーでしとどに濡れそぼった手がペニスを揉みくちゃにしだす。 こんな倒錯した状況で、強制されたプレイで、何故かたまらなく感じている事実に狼狽する。 子供の頃、クローゼットの中で窃視にはまったのと同じ背徳感。訪れたデジャビュに奥歯を噛み締める。 「お前、は、楽しいのかよ」 切れ切れの息の合間から、なんとかそれだけ言い返す。 「無理矢理オナらせて、ただ見てるだけ……で、意味わかんねー……ッあ、脅して、言うこと聞かせて、ぅあ、てめえのが上だって、証明してェのか」 「蕩けきったカオでいきがんな。股もドロドロじゃねえか、グチャグチャすげえ音」 「うッ……」 「イきてえんだろ?イっちまえ」 「見ん、な」 「命令?」 「頼む……見んな……」 「腰突き出してせがむなよ」 「|拜托《頼むから》……!」 無邪気な高笑い。俺の手の動きなんかてんで無視してスワローが膝を揺すり、ギシギシとシートが弾む。 「あっ、やっ待っ、揺らすな、あァッぐ!?」 不規則な振動に手元が狂い、倍する刺激に仰け反る。 「楽しいかって?ああすげェ楽しいね、アンタいじめんのたまんねーよ。自分がナニやってんのかわかるか。シートの上でズボンおろして膝おっ立てて、股おっぴろげて夢中でシコって……見ろよ窓ガラスに映る顔、口開けて気持ちよさそうだ。言葉責めに興奮すんだろマゾ体質が、内腿がひくひく言ってら」 スワローが前髪を掴み、俺の首をねじって窓ガラスに押し付ける。 「ちゃんと見ろ」 「邪魔すんな」 「見ろって、すんげーエロいから」 冷たく硬質なガラスが額を削り、うっすら開けた目に自分の痴態がボンヤリ映る。 ズボンとトランクスを下ろし、シコリまくって前屈みの情けない男の姿が、クローゼットに置き去りにしてきた在りし日の少女とだぶる。 吐息でガラスが曇り、グチャグチャに蕩けた顔が仄白く染まる。かき曇るそばから広げた手で無造作に拭い去り、俺の痴態を容赦なく暴き立てたスワローが嘲笑する。 「膝がガクガクしてる。寸止めはキツいだろ?わざとじらして塞き止めてんの」 「いっ……見たくねェ、イきたくね……んんッ、ぅぐぅ!」 感電したように仰け反る。 その姿もまたスワローが拭ったガラスに鮮明に暴きだされるのを、生理的な涙と脂汗とで眇めた片目にとらえる。 トランクスが吸いきれなかった分がシートにぽたぽた染みを作る。 体重を受け止める背凭れが軋み、絶頂へと追い上げられる切なさに喉が仰け反る。コイツの前でイきたくない、ちっぽけなプライドにしがみ付く。 丸く膨らんだカリ首に指をひっかけ、ぱんぱんに張った陰嚢を揉みほぐし、カウパーでべたべたになった竿を一際強く激しく擦り上げる。 「――――――――――――ッああッ!!」 瞼の裏で光が爆ぜ、背骨ごと引き抜かれたように脱力。 ビュクビュクとペニスがはね、大量の白濁をまきちらす。凝縮された精子が下着のみならずシートを汚し、前に傾いだはずみにスワローの胸へ倒れ込む。 「あはは、すげえでた!やっぱ元気だな、こっちまでとびやがった」 耳元で刃がしまわれる音。俺の顔を持って自分の肩口へ移動させ、射精の余韻でヒク付く白濁塗れのペニスを見下ろす。 俺はといえば、ようやく射精に至った虚脱感に浸って声もない。時間をかけた分消耗も激しい。皺くちゃのトランクスにへばり付く白いかたまりの不潔さに目を逸らせば、イきたてで感度が何倍も過敏になったペニスが、ナイフの柄で突付かれる。 「ひッぎ……」 恐怖で身が竦み、それ以上の鋭い性感に、思わずスワローのスタジャンに縋り付く。視姦と露出の恥辱に耐え、震える手で自らのスタジャンを掴む男を、スワローは悪びれもせず褒める。 「ちゃんと一人でイケてえらいじゃん」 ま、暇潰しにゃなったな。

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