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第12話

人間は残酷なことが大好きだ。それはもう業だから仕方ない。 残酷なことをするのも見るのも大好きな人間だが、唯一例外的に「させられる」のは苦手だ。 そこで彼らは一計を案じた、他の生き物に残酷なことをさせればいいと。 故に人間の中でも残酷な人種は、野蛮な遊戯として供される動物の殺し合いを観るのが大好きだ。 『レディ――――――スエ―――――ンドジェントルマン!お待たせしました、水曜夜のお楽しみコヨーテアグリーショーが始まるよ―――――――――!』 コヨーテアグリーショーのシステムは明解だ。 まず両岸のゲートより犬二匹が登場する。客は勝敗を予想して好きな方に賭ける。以下、延々これをくり返す。 紐付きの箱を首から下げて会場を行き来する男たちはいずれもコヨーテの手下で、集金と配当を担当している。 出場する犬のレートはわかりやすく電光掲示板に表示され、こうしている間も忙しく数値が上下動する。 動物に暴力をふるう、または動物同士を戦わせて楽しむスポーツや余興は、古代よりブラッド・スポーツと称され熱狂的な支持を獲得してきた背景がある。 その名の通り血まみれの娯楽を意味し、動物が死ぬこともよくある。 洒脱な蝶ネクタイを結んだチョビ髭の司会者が、マイクを持って高らかに開会の挨拶を述べれば、高い柵に群がった労働者風の男たちが太い声で咆哮し、それより少々上品な中流階級のお歴々が、おっかなびっくり物珍しげに周囲を見回す。 マイクを構えた司会者は雇われ芸人か―案外コヨーテの舎弟上がりかもしれない―大仰な咳払いで声の調子を整える。 ワックスできっちり髪を撫で付けた四十路がらみの伊達男だが、目が異様にギラギラして瞳孔も開き気味だ。ドラッグをキメてるのかもしれない。 歯切れ良い滑舌と饒舌が、老若男女とりまぜた賑わいをさらに煽りたてる。 『お初の方も常連さんもコングラッチュレイション、いまアンデッドエンドで最も勢いのあるイベントって言ったらコヨーテアグリーショーで決まりだね、話のネタにしっかり見て帰らなきゃ損するよ!で、ヴァージンに説明するとだね、闘犬の歴史は古く古代ローマ時代にはもうコロッセオで大人気。ローマ人たちが余興の一環として、軍用犬だったマスティフ系の犬を戦わせることを初め、これが闘犬のルーツとなってるんだ!闘犬の全盛期は18~19世紀で、この頃はクマや牛、ライオンや狼と瞬発力のあるブル系やテリア系の犬種を戦わせるのが主流だった。ルールはシンプルにデッドオアアアライブ、どちらか死ぬまでとことん殺り合うのさ!ところがどっこい、1900年代に入ると残酷だの非道だのって動物愛護団体がうるさく言い始めて廃止する国が増えちまった。残念だろ?残念だよな?その廃れし闘犬ショーをドカンと再興させた立役者がコヨーテ・ダドリー氏ってわけだ!闘犬ってなぁもともと戦うために何世代もかけて品種改良された特別な犬だ、連中は戦うことこそ至上の歓びなのさ、遺伝子にインプットされた宿命、時代錯誤な言葉を使えば唯一無二のアイデンティティってヤツだ!それを人間サマの勝手な都合で禁じちゃいけねェ、良識と偽善をはき違えるな、ケダモノにゃケダモノの仁義がある、だよなブラザー!?』 マイクが高音域のハウリングを起こし、観衆が総出で同意の声を上げる。空気を|歪《ひず》ませ残響が浸透する中、伊達男の司会者が芝居くさい身振りでマイクを突き出し、期待高まる皆の注意を半地下の闘技場へ誘導する。 柵で囲われた円形のスペースは直径16フィート程度、殺風景なコンクリートで固められている。脇に埋め込まれた排水溝や所々に存在するどす黒い染みが何を隠喩するか、いやでも想像させられる。 『前口上は打ち止めだ。ブラザーのめあてはわかってる、今日はとびっきりタフでクールな戦士を用意した!おっと忘れるところだった、いっこ忠告だ。当然ブラザーも知ってんだろうが、コヨーテ・ダドリーの旦那は現在進行形で執念深ェ賞金稼ぎどもに命を狙われてる。罪状はまあ色々だ、そのへん詳しい奴はお口チャックな、いちおー客商売だから!なんにせよ賞金首が大手を振って出歩くアンデッドエンドじゃよくあることさ。会場で銃撃戦が勃発するかもしれねェが、逃げるなり身を守るなりくれぐれも自己責任で頼むぜ!うっかり流れ弾くらっておっ死んだドジっ子は犬のエサだ、闘犬の顎はゴツくてカタい、骨までガリゴリ噛み砕いてリングがミキサーに早変わり、素敵なミンチでおいしいミンスパイの出来上がりだ!掃除の手間が省けて助かるぜ!リスキーなスリルも楽しめよ!』 ブラックジョークととった観衆がドッと爆笑。釣られて躁的な引き付け笑いをおこす司会者だが、ドーランを塗りたくった目は少しも笑っていない。 もしこの場に客を装った賞金稼ぎが不特定多数潜んでいて、イベントの最中に銃をぶっぱなすかナイフを抜くかして死傷者がでたら、即座に有言実行しそうな危うさが漂っている。 悪趣味ギリギリ、どころか完全にアウトな皮肉を塗した警句は、けっして脅しのみにとどまらない。 テーブルに傲然と片足をのせ、司会者がリングの右側、ペンキで真っ赤に塗りたくられたシャッターを指さす。 『前置きが長くなったが許せよブラザー。お待ちかね第一試合、赤コーナー。ガンギマリに翼を授けよ、不敗の王者レッドブルの出陣だ!!』 「「おおおぉおおおおおぉおおおおおおお!!」 荒くれ男どもが一斉に拳を突き上げ出迎える。リングに直通する壁のシャッターが物々しく上昇、赤茶の毛並みのピットブルが威風堂々歩いてくる。 全身筋肉のかたまりといった風情で、しっぽは途中でちぎれ、右耳が潰れている。体中傷痕だらけだが、彼のそれは痛々しさより歴戦の貫禄を感じさせる。 『ピットブルは最強の闘犬と呼ばれる犬種、ブルドッグの筋肉質な骨格とテリアの気の強さを受け継いで作られた。犯罪者の飼う犬なんてネガティブな陰口叩くヤツもいるがとんでもねえ、コイツは戦うために生み出された生粋の闘犬さ!見ろ、このコワモテ!ぎらぎらガンとばす不敵な面構え!常連は知ってんだろうが、ニックネームは返り血で真っ赤に染まって華麗に復活遂げる様からとったんだ!起死回生ドーピング上等、敵の生血こそ最強のエナジードリンクって訳さヒューッ!!』 司会者の口笛に野次馬が便乗、柵を揺すって騒々しく囃し立てる。お行儀が悪い。続いて対岸のシャッターが開き、黒い体躯に脚の先だけ白いブルテリアが歩みだす。再び司会者の解説が入る。 『青コーナー挑戦者、ホワイトソックス!まだ二歳と若いが実力は折り紙付き、連勝記録を塗り替えて急成長中の期待の新人だ。ブルドッグと同じく、ブルベイディングで最高と言われたブル・アンド・テリアを改良した闘犬で独特な頭部と筋肉質な体格が特徴だ!よーく見てくれ、脚の先っちょだけ白い靴下穿いてるみてえでなんともエクセレントなアクセントだろ?幸運な子どもは銀の匙を咥えて生まれてくるなんていうがコイツは肉球に特別誂えの白靴下を穿いて生まれた紳士だ、そういうヤツほどブチギレると怖えって知ってるかい?さあ張った張った、ホワイトソックスの下剋上なるかレッドブルが王座をタイトするか注目の勝負の行方は!?』 空気が帯電したような錯覚を、びりびりと肌に感じる。 「決めた、俺ぁレッドブルに賭ける!アイツは犬の中の犬、まさしくオンリーワンだ、ぽっと出の新人なんかに負けやしねえよ」 「大穴で新人狙いもアリだな、見ろよあの目付き、完璧イッちまってる。殺し屋に調練されたって言われても納得だ」 「ロートルはとっとと引退しな、これからは若手の時代だ」 「俺にも翼を授けてくれェえ!」 柵を握って押し合い圧し合い小突き合い、少しでもいい場所をとろうと腐心する男たちが、通路を巡回してきた舎弟の箱に、くしゃくしゃの紙幣を鷲掴んで投げ入れる。 胴間声と大枚が飛び交い、小銭を放りこもうとした男が「札しか受け付けてねェ!」と拒否られ、空き缶が床や柵にあたって勢いよく跳ね返る。 熱狂は伝染する。 パーカーの懐から手を抜き、紙幣を数える。 「レッドブルに千ヘル」 すれ違いざま、既に札であふれかえった箱へ投入。誰がどちらにいくら賭けたかは舎弟が逐一チェックしており、ごまかしはきかない。レートは7:3でレッドブル優勢だ。 『レディーファイト!!』 司会者の号令を皮切りに甲高いゴングが鳴り響き、二匹の犬が互いにとびかかる。 飛び出したのはほぼ同時、序盤から激しい攻勢に出たのはホワイトソックス。レッドブルの喉笛、たるんだ皮膚に噛み付いて獰猛に唸る。 レッドブルも負けじとホワイトソックスに齧り付き、屈強な顎の力で引きずり回す。求心力をのっけて放り出されたホワイトソックスが柵にしたたか叩き付けられるも即座に起き上がり、前脚を撓めて跳躍。レッドブルは凶悪なあぎとを開いてこれを迎え撃ち、深々牙を突き立てる。 涎と汗が光って飛び散り、肉を抉り骨に噛ませ、傷口から血を滴らせて凄まじい死闘を見せる。 「こりゃすげえ」 生で見る闘犬の迫力に知らず口笛を吹く。 顔を覆って悲鳴を上げたり、卒倒するご婦人もちらほら見受けられたが、最初は露骨な嫌悪と怯えを顔に浮かべていた人々も、時間が経過するごと場がもたらす異常な高揚に染まってゆく。 子どもが親に抱き付いて竦み、されどだんだんテンションが上がり、「いけっやれっそこだ!」「まけるなーがんばれー!」と声援をとばしはじめる。 賭博と絡めたブラッドスポーツは、裏社会に根を張るギャングの貴重な収入源だ。 違法すれすれだがグレイゾーンの抜け道が用意されており、スラムに縁のない富裕層も怖いもの見たさで足を運ぶ。 コヨーテ一味もご多分にもれず、週一の派手な闘犬イベントで荒稼ぎしている。毎日じゃないのは警備が杜撰になるのを避けたのか、処理能力が追い付かないのか……連日の過酷さを極めれば、大事な商品に負担を強いて損失に繋がるからか。 おそらく、そのどれもが正解だ。 闘犬にも傷を癒し、体力を回復する期間が必要だ。 闘争心むきだしの眼光と凄まじい形相、喉から血をしぶかせて互いに喰らい付く犬を眺め、この場にアイツがいたらさぞかし顔を顰めそうだと苦笑する。 こんなショッキングな出し物、お優しいアイツにゃきっと耐えられねェ。 スワローの視線の先、柵の内側。 返り血で全身を染めたレッドブルがぐったりした挑戦者を組み敷き、一際太い咆哮を上げる。 けだものの凱歌。 『勝者―――――赤コーナーレッドブル――――!!』 歓声が爆発、地震と紛うほどの振動が会場を押し包む。 眩い脚光と喝采を浴び、返り血と自分の血に塗れ、リング中央に踏み構える姿はひどく誇らしげだ。 下剋上を企てる身の程知らずを屠り、見事勝利の栄光を掴んだ王者は、柵にそって緩やかに一巡し褒美をねだる。 ホワイトソックスは瀕死だ。まだ絶命にこそ至ってないが、大怪我をして大量の血を失っている。 力なく横たわる脚の先、血だまりに浸された白い靴下が真っ赤に染まる。 舎弟がホワイトソックを引きずって去り、そばの男の子が「ねえパパ」と父親の裾を引っ張る。 「あの子どうなっちゃうの?死んじゃうの……?」 「きっと大丈夫だよ、手当てすればまた元気に戦えるさ。闘犬はタフにできてるからね、それがお仕事だもの」 それがお仕事だもの。 心の中で厭味ったらしく父親の口まねをし、皮肉っぽく片頬笑む。 「せっかく元気になってもまたリングに追い立てられちゃ甦り損だな」 スワローは敗者の運命をよく知っている。 役立たずの烙印を押された哀れな犬の末路を叩きこまれている。 賭けに勝てば配当がもどってくる。 しばらく賞金稼ぎの本分をド忘れし賭博に熱中、観衆と一緒になって威勢よく野次をとばし拳を突き上げ紙幣をを没収されたり取り戻したり悲喜こもごもをくりひろげる。 スワローの勘はよく当たり、連戦連勝で懐がいい具合に膨れたのを潮にいよいよ仕事に移る。 「便所どこ?」 近くを通りかかった舎弟に訊けば、「外に出てぐるっと回りこんだプレハブ小屋だ」と教えられる。礼がわりに片手を挙げ、こっそり会場を抜ける。 闘犬用のリングが設置されているのは、入場ゲートを抜けてすぐ正面の畜舎だ。言われたとおりに畜舎を回りこめば、プレハブの掘立小屋に行き当たる。あそこが便所らしく、肥溜めに似た悪臭が風に乗って匂ってくる。 安普請の掘立小屋をスルーし、さらにその奥へ足早に進む。 コヨーテ・ダドリーが買い占めた敷地は有刺鉄線付きの金網で包囲されており、奥から強烈な臭気が吹き付けてくる。以前嗅いだことのある、むせ返るように饐えた獣臭。 クインビーに追い回された坑道の記憶が呼び覚まされ、パーカーの袖で鼻面を塞ぐ。 ヒステリックな犬の吠え声がどんどん大きくなる。この先に何かがある……おそらくスワローの目的のものが。 「!チッ、」 舌打ちと共に立ち止まる。有刺鉄線付きの金網が行く手を塞いでいる。暗闇にぼんやり浮かび上がる無数の檻……間違いない、本命はこの奥だ。 「だよな。んなうまくいくわきゃねーって」 偽の茶髪を苛立たしげにかきあげてぼやく。 がっかりしたが、失望はしてない。裏の仕事場と外からの客を招き入れる会場が物理的に区切られているのは予想済みだ。 金網を辿って少し歩くと出入口と思しき戸があるが、ご丁寧に黄色と黒の縞柄ロープが張られ、「|KEEP OUT《関係者以外立入禁止》」の札がぶらさがっている。 夜の静寂を縫い、会場の歓声が潮騒の如く渡ってくる。 一旦引き返すか、力ずくで突破するか。束の間思案するスワローのもとへ、砂利を踏みにじる耳障りな靴音が近付いてくる。 「何してる?」 反射的に上げた顔面に懐中電灯の直射を受け、一瞬目がくらむ。 瞼の毛細血管が透けて赤く点滅する視界が明順応するのを待って瞬きすれば、懐中電灯をさげた鈍重な大男が、不審げにこちらを睨んでいる。 「ここに何の用だガキ。一般人は入れねェって書いてあんだろ」 「用足し次いでにコヨーテアグリショーの舞台裏拝みたくて。有名な犬がゴロゴロいんだろ。あの檻がそうか?」 予め準備していた言い訳をなめらかに舌にのせ、興奮にあてられはしゃぐ演技に、いかにも興味津々な素振りを色付け矢継ぎ早に質問。 相手が侮って下に見てくれるなら好都合と、馬鹿っぽい軽口をたたく。 「噂にゃ聞いてたがすっげぇクールだな、闘犬なんて生で見るの生まれて初めてだ。やっぱ迫力違うわ、うん。特にさ、あのレッドブル?すげーなアレ、返り血ひっかぶってまっかっか。なあ、せっかくだからちょっとだけ見物させてくんない?もちろんただたァ言わねェよ、なんか今日は妙にツイててさ、馬鹿勝ちでがっぽり稼いだんだ。ビギナーズラックっての?通してくれたら礼は弾むぜ、犬ちょー好きなんだよね俺。アイツら馬鹿で従順じゃん、ご主人様には絶対服従。ぶっても蹴ってもてんでこりねェで付いてくるし、ちょっくら気まぐれに褒めてやりゃブンブンしっぽふるし、ベッドにひっぱりこみゃちょうどいい抱き枕になるときた。懐っこくて一途だから癇に障ってイジワルしちまうんだけど、目ェ潤ませてくゥんて見上げてくるトコなんてマジたまんねえ。めちゃくちゃにしてやりたくなる」 「だめだ」 身も蓋もない却下。 「いいじゃんケチ」 不満げに口を尖らすスワローを、鉄面皮で邪険に押し返す。 「司会の話聞いてねェのか、ボスの首にゃ賞金かかってんだ、関係ねェ奴はだれだろうが一切通すなってお達しだ。遠くから拝めただけ幸運に思いなガキ」 「そこをなんとか」 「何もおもしれーもんねえぞ、ただ更地に檻があるだけだ」 「犬がいんだろ?見せてくれ」 「いい加減にしねえと摘まみだすぞ、こちとら暇じゃねえんだ、とっとと帰んな」 「次また来れるかわかんねーし……今日が最後のチャンスなんだ」 スワローは諦め悪く食い下がる。 切迫した口調にじれた熱をこめ、わざと悲愴な顔を作って懇願。 懐から無造作に紙幣を掴みだし、見張りに握らせて買収にかかるも、厚かましさに辟易した男が、剣呑に目を据わらせてスワローと対峙する。 「やけにこだわるな……」 こちらを侮る見張りの顔に、初めて疑念の一片が浮かぶ。 スワローは今しがた突っぱねられた紙幣を握り締め、相手の神経を逆なでするよう計算し尽くした角度と声のトーンで、「は?」と首を傾げる。 見張りが懐中電灯をスワローに向け、しげしげと凝視。その顔が驚愕に打たれ、ひん剥かれた目に動揺のさざなみが広がる。 「お前まさか―……」 今だ。 咄嗟に片手をあげ、頭上高く紙幣をばらまく。 人間の本能的な反応、および眼球の反射運動として、至近距離で投げられたモノに自然と目が行く。ましてやそれがひと掴みの紙幣とあれば、吸引力は絶大だ。 死角がないなら作ればいい。 目を逸らすのは一瞬で十分だ。 死角ではねあがった片足がバネのように撓い、風切る唸りを上げて男の喉仏に吸い込まれる。 男がぐっと呻き、片手で喉をおさえてあとじさる。 「ライトを落とさなかったのは見上げた根性だ、褒めてやる」 スワローの判断。 最初に声を奪い、次に光源を叩き割る。援軍を遮断するのは戦闘の定石だ。体格差を考慮に入れても一対一なら勝機はある。 大男はどうしても膂力での押しきりに頼りがちで、技巧が疎かになる。 腕の振り抜きが甘く大ぶりなパンチは見切るのがたやすく、人体の急所や痛点の基礎知識さえあれば、さほど体力を消耗せず有効打を叩きこめる。 「ヤブ医者の入れ知恵が役に立ったな」 喧嘩の仕方と痛点の配置は、母の馴染みに伝授された。 気道を上から一撃、呼吸困難に陥ってヒューヒュー喘ぎながらも懐中電灯をめちゃくちゃに打ち振り抵抗する男。 喉が潰れて声が出ず、故に助けを呼べないジレンマに怒り狂って、懐中電灯でスワローを殴打せんとする彼の懐へ、小回りをきかせて潜り込み、踵落としで手首を痛打。 地面にはね転がった懐中電灯のスイッチを切ってから、無慈悲に振り抜いて男の顎を強打。 「ぐがっ」 脳震盪を引き起こされ失神、白目を剥いた男の横に乾電池を抜いた懐中電灯を投げ捨てる。 傍らにしゃがんで男の腰をまさぐれば、数本束ねたキーが出てくる。 「っしゃ」 鍵穴にキーを挿しこんで回す。三本目であたりを引き当てた。スワローは男の足を持ってひきずり、物陰へ移動させる。 掌中のキーを軽く投げ上げてからポケットに突っこみ、スニーカーで戸を蹴り開けた刹那、たまさか隣に居合わせた親子連れの会話を何故か回想。 単語を一部すりかえ、堂々とうそぶく。 「賞金稼ぎはタフにできてるかんな。これがお仕事だもの」 劉との待ち合わせの場所は、金網の向こうだ。

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