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第22話
「ッ……」
目覚めれば再びの檻の中。
今日だけで何回気絶してるんだ俺は。
耳の孔から流し込まれた水銀が固まったように頭が重い。
あれから……どうなったんだ?
濁った思考を整理して記憶を辿る。尻に異物を挿入され、檻に監禁された。スワローとドギーが助けにきた。
正確にゃ俺の救出が目的じゃねえ、ナイフを取り戻しにきただけだ。
『てめえに男を上げるチャンスをやる』
『本当に犬死にだな』
作戦は上手くいった。
ドギーが見事電球を狙い撃ちした隙にナイフをもぎとってスワローにパスした、アイツは暗闇の中でも獣の如く俊敏に動いた、床を蹴って猛然と疾駆しナイフを一閃、鋭利な軌跡を描いてコヨーテ・ダドリーの喉首かっきろうとして……
バカ犬が邪魔しなけりゃ全部上手くいった。
スワローがダドリーの頸動脈をかっさばく寸前、ずたぼろの犬がジャンプで割りこんだ。身を挺して主人を庇ったのだ。
ダドリーは自分の身代わりになった犬を躊躇なくぶん投げて、ほんの一瞬反応が遅れたスワローはその下敷きになった。
『ストレイ・スワロー・バードは悪魔よ。地獄に落ちたくなければアンタも気を付けなさい』
本当にそうか?
アイツは極悪非道、下劣外道の悪魔なのか?
間違えて犬を刺しちまった時、ひん剥かれた目に一瞬よぎった感情は後悔じゃなかったか。
俺にはわからない。
プッシーキャットの言い分が正しいのかどうか、本当にスワローがそれだけのヤツなのか、判断する材料をもたない。
だんだん思い出してきた。頭痛に耐えて目を開ける。
『ストレイ・スワロー・バードがいなけりゃ楽勝だ、ボコってふんじばれ!』
スワローが後頭部に懐中電灯の一撃をくらって失神したあと、俺とドギーは案の定袋叩きにされた。
一発逆転の打開策なんて都合いいモノはない。チカラを使えば多少の足止めにゃなるが、いかんせん数が多すぎる。
皮膚繊維の糸を紡ぐ異能は、けっして無敵じゃねえ。コイツは索敵や偵察にこそ本領を発揮する力だ。
ドギ―は弾を撃ち尽くして舌打ち、「畜生、犬殺しの最低野郎!ソイツはてめえを庇ったんだ、亡骸に敬意を払え!」と、憤怒の形相に滂沱の涙を流す。
『テメエに殴る蹴るズタボロにされても咄嗟にカラダが動いた、無我夢中で主人を助けたんだ!主人よりよっぽど高潔な魂の持ち主だ、いいかコヨーテ・ダドリーてめえは犬にも劣るコヨーテ畜生だ、このマッドドッグ・ドギ―がテメエの王国をぶっ壊してやるよ!!』
傲然と足を踏み構え、むなしく空砲を撃ち続けるその表情は、たった一匹の犬の犠牲に本気で心を痛めてた。
俺は、なにもできなかった。
犬が死んだ時も、スワローがぶっ倒れた時も、ただドギーと並んであんぐり口開けて突っ立ってただけだ。
そしてドギーは怒り狂って引き金を引き続け、俺は糸を出すタイミングに迷って、舎弟に殴る蹴るの暴行を受ける。
さあ、ご自慢の糸で今まさに俺をぶん殴ろうと拳を振り上げたヤツの手首を搦めとれ。足首に巻き付けて転ばせろ。
生存本能が出す命令を、人であることに執着する理性が拒絶する。
このチカラでだれかを切り刻むこと、だれかを傷付けることは極力避けたい。
さもなくば『あの夜』の二の舞だ。
『年増だが締まりは悪くねェな』
クローゼットに放りこまれた夜、扉の隙間から目に焼き付けた光景。スキーマスクを被った強盗があの人にのしかかって、激しく揺さぶっている。
あの人は声を出さない。
さっきまでもれていた呻き声も途絶え、瞬きを忘れた目が天井を見上げている。生きてるの?死んでるの?お願い返事をして……
「?!ふーッ゛」
声が出せずパニックになる。何かが口に突っ込まれてる。
SMプレイで使う棒状のギグだ。大量の唾液に塗れた棒が唇を上下に割り、固定してるせいで息苦しい。
「ふッ……うゥ?」
口からあふれた唾液が顎をぬらし、ぼたぼたと床に滴る。
突如として視界が白熱、強烈な光の奔流に反射的に顔を背ける。
規則正しく嵌め込まれた鉄格子の向こうに設置された照明機材が、悪趣味極まる拷問器具の数々を暴き出す。
凶悪に尖って秘所を責める三角木馬、床に固定された巨大な男根。
コンクリむき出しの壁に吊られているのは様々な種類の鞭と鎖と首輪。不吉に軋んで回る滑車の下には分娩台のようなモノがあるが、用途は不明だ。ていうか絶対知りたくねえ。
薄暗い闇の中、使い込まれた痕跡のある不気味な拷問器具の存在にも増して恐怖をあおるのは、周囲に並ぶ無個性な檻の群れ。
「たす、けて」
檻の中には、裸に剥かれた人間が入っていた。
「…………!」
俺から見て斜め右の檻に、薄汚れた下着姿の女が蹲っている。
その隣にゃ赤い首輪を嵌められた素っ裸の女がいて、プラスチックの平皿からドライのドッグフードを食べている。
「うぅ、うう……わん、わふ」
泣きながらドッグフードを咀嚼する女の横の檻では、今まさに背徳の狂乱が演じられている。
「もうわかった、わかったから……アンタのことはすっぱり諦めるよダドリー、素直に失敗したって伝える、だからコイツをどけてくれ!」
トライバルタトゥーで逞しい肉体を飾り立てた若い男が、鉄格子を掴んで絶叫する。
ドーベルマンが劣情に息を荒げてその背中にとびのり、勃起しきったペニスでケツを掘る。
「あ゛ッ、あァッ、あ゛ーーーッ!!」
鉄格子を揺すり立てる轟音に太い喘ぎ声が続く。白濁に塗れた股間にはペニスがそそりたち、鈴口から間欠的に潮をふく。
鉄格子ごしにバッチリ目があった。
恐怖と絶望、それを上回る快感に塗り潰された虚ろな目に理性の光が灯り、涙に薄れてまた消えていく。
「もっやだ、ィきたくね、許して……鞭、たくさん、こんな、犬相手に嘘だ、ドッグフードに混ぜもんが……クスリ、盛られて……」
耳を塞ぎたい。だができない、手錠が嵌まってる。なにもかもが狂ってる。
男は犬に犯されよがり狂い、女はドッグフードに顔を突っ込んで犬のまねをする。
周囲の檻はどれも似たりよったりの惨状を呈している。
首輪を嵌められたのもいれば嵌められてないのもいる、調教済みとそうじゃないのとの違いだろうか。
右を向いても左を向いても、おっ勃てた犬が男や女とヤりまくってる。
「あふッ、あァん」
後ろ脚で立ち上がって男や女のケツに突っ込んでるかと思えば、髪を振り乱し自分から犬のペニスにしゃぶり付く女もいる。
思い出した。
正面で犬に凌辱されてる男は、賞金稼ぎだ。ちょっと前の月刊バウンティハンターで、賞金首を上げるごと増やしているのだと刺青の自慢をしていた。
か細い嗚咽に視線を流す。
奥まった檻で、子どもが一人膝を抱え泣きじゃくってる。
「痛いのやだ……わんわん怖い、帰りたい……」
年の頃5・6歳。
伸び放題のボサ髪と、骨が浮くほど痩せこけた体躯のせいで性別すら判然としない。
頼りない細首にはオレンジに白い水玉のシャレた首輪が巻かれ、鉄格子の一本と鎖で繋がっている。
「コレ苦しい、やだあ」
弱々しくしゃくりあげ、自らの首輪をかきむしる。
鎖を引きちぎり逃げようとしたのか、手のひらの柔肉は擦り剥け、鉄格子には擦れた跡ができている。
マーダーズからデリバリーされたガキ。
俺の予感は正しかった。
コイツはまだ、生きることを捨ててねえ。どんな最悪な地獄の真っ只中でも、生き延びることを諦めてねえ。
人身売買用に集められ倉庫に閉じ込められたガキどもと違い、コイツの目はまだ生き汚い光を失っちゃいない。
「だれか助けて……」
パッと見擦り傷だけで深刻な怪我はない。
服も破けてねえし、強姦の痕跡はない。
ギリギリ間に合った安堵で背骨がふやけて崩れ落ちそうになる。
「むーッ゛!!」
ガシャン、乱暴な音に目を向ける。
隣の檻に転がされたドギーが鉄格子を蹴り付けたのだ。俺と同じく手錠をかけられ、無骨な棒ギグを噛まされている。
「むぐッむぐぐッ」
「んっぐ、うぅーんぐ?」
畜生、会話にならねえ。
檻は仲良くお隣同士だが、これじゃ手も足も出やしねえ。
「目が覚めたか。ちょうどよかった、ギャラリーがいないとツマらないからな」
もう二度と聞きたくねえ声が響き、照明機材が包囲する空間に手下を引き連れた男が現れる。
コヨーテ・ダドリー。
「…………!」
ヤツの向こうに、信じられない光景を目撃する。
「ストレイ・スワロー・バードの凌辱ショーがはじまるぞ。新作は高く売れるな」
スワローが、いた。
もう出血は止まったらしいが、目の焦点は定まらず朦朧としている。男二人が引っ立ててきたスワローを無造作に投げ捨てる。
手錠をかけられてるせいでろくに受け身もとれず、勢いよく転がったスワローが「ッだ!?」と喚く。
「んんん゛―――!!」
名前を呼んだ。スワローが目だけ動かしてこっちを見る。
俺とドギーがぶちこまれた檻を確認後ゆっくり視線を一巡、阿鼻と叫喚が渦巻くこの世の地獄の全容を把握する。
この期に及んで感心と侮りを混ぜこぜた不敵な表情が、スワローのおもてを掠める。
「……地下室で撮ってやがったのか」
「防音設備は完璧だ。助けはこない」
「期待してねー。人望のなさにゃ自信がある」
「いばることか」
「いい年して秘密基地ごっこか」
「もともとはウチの納屋にあったシェルターを改装したんだ。じいさんの代、商売がでっかくなる前の話だ……」
「拡張工事にいくら注ぎこんだ?かわいい下僕どもにせっせと土運ばせたのか、ご苦労さんなこって」
「生憎だが、カネさえ払えばなんでもやる闇業者がゴロゴロいてな」
どうして落ち着いてんだ、ぜってえやべえ展開だろコレ。
鉄格子に齧り付いて見守るしかない俺とドギーの視線の先、ダドリーが背筋も凍る薄笑いで掲げたのは華奢な注射器。
透明な円筒には粉末を溶いた水がたまってる。
ポンプを押し込んで先端から液を射出、静かに歩み寄る。
「ウチの犬どもに使ってるクスリ……強力な催淫剤だ」
やめろ。
気も狂いそうに切迫して念じるもダドリーが歩みを止める気配はない、そうこうしてるあいだにスワローの傍らに跪いて片腕をとる。
「お前は大層なはねっかえりだ、大人しくさせるにはコレがてっとりばやい。下手にキズ付けたら商品価値がおちる、ウチの客はそのへんうるさいんだ」
スワローの目に主導権をとられた焦慮が浮かび、すぐ消える。
腕を裏返して何度かこすり、手下にキツく縛らせる。チューブで括られた腕に青褪めた血管が盛り上がる。ダドリーが静脈に針を擬す。
「さわんな腐れコヨーテ」
「手錠をかけられて何ができる?いきがるのがせいぜいだ」
「クスリなんざきかねーよ、使うだけ無駄」
「どうかな」
挑発するな、大人しくしろ。
俺の願いを裏切るかの如くスワローが馬鹿笑い。
「獣姦マニアでヤク中のSM狂……何連コンボだよオイ?てめえので気持ちよくする自信がねーからオクスリに頼むのか、コヨーテ・ダドリーも大したことねえな!いいか、調教ってなァ攻める側のテクが問われるんだ。初っ端からクスリでトバすなんざてんでなっちゃねえ、ドラッグにどっぷり浸かってぐだぐだになってンの嬲ってナニが楽しい、じわじわプライドと羞恥を剥ぎとってくのが醍醐味だろーが!」
凶暴な笑みを剥きだして威嚇するスワローを、屈強な腕が何本も組み伏せる。
頭を肩を腕を足を掴み、大の大人の力ずくで這い蹲らせてダドリーに媚びる。
「早くヤッちゃってくださいボス」
「コイツ馬鹿力で……」
「ストレイ・スワロー・バードを喰ったとなりゃ話のネタが増える」
「店で自慢できるな」
「女どもがこぞって聞きたがるぜ」
「前から気に入らなかったんだ、田舎出のガキのくせにちやほやされやがって」
「ちょっとナイフが使える位でいい気になりやがって……腱切ってやろうか」
「暴れると肩抜くぞ」
ダドリーを求心力とする異常な空気にあてられたのか、欲望の虜と化した野郎どもがよってたかってスワローに群がり、上着をはだけて腋や胸をいじりだす。
「あぅっ、ぐ、やめろ」
ダドリーが嗜虐的な笑みを滲ませ、針を静脈に埋めていく。
変化は激烈だ。
「!!!!ッが、あ」
「即効性だ」
血流に乗じて全身を巡る媚薬が、異常な発熱と発汗を促す。
スワローが極限まで目を向き、細い体がでたらめに跳ねる。
スワローは男たちに押さえこまれたまま、床に突っ伏して体内で沸き起こる衝動に耐えていたが、汗でぬれそぼった茶髪がばらけ、恍惚と潤んだ瞳が覗き、興奮で粘った唾液がいやらしい糸引く痴態は既に発情しきってる。
「っはぁ……」
「口ほどにもないな」
ダドリーが愉快げに嘲る。俺とドギーは、仲間の豹変に絶句するほかない。
あらん限りの憎悪をこめ、スワローが唸る。
「てめ…………、」
男の一人が辛抱たまらず上半身を剥く。うっすら汗ばんだ素肌が、淡いピンク色に上気している。チャラ、と涼しい音をたてドッグタグが胸板を滑る。
「撮影開始だ。カメラを回せ」
ダドリーが軽快に指を弾く。男の一人が三脚のカメラを操作し、なめるようにスワローを撮る。
「突っ込んでみろ、噛みちぎんぞ」
「お前のケツには牙が生えてるのか」
「聞いて驚け、ナイフがとびでてくんぜ?」
ダドリーが壁にぶらさがった器具の中から犬用の口輪を選び、スワローに装着させる。
黒革のベルトを耳の上下に通し後ろで留め、鉄製のあぎとでスワローの鼻と口を鎧い、男たちがズボンに手をかけずりおろす。
そして、反吐のでる凌辱がはじまった。
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