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I wish you a Happy New Year.

「待てよスワロー!」 雑踏に浮き沈みする背中を一生懸命追いかける。 子供の頃から距離感はちっとも縮まらない、ピジョンは追いかける側でスワローは追いかけられる側だ。 快楽天の往来には俗っぽい喧騒が満ちていた。 張り子の龍や虎、獅子が大仰な振り付けで行進する。中に入りそれを支える黒子たちも滑稽な舞踊を演じる。 蒸籠に鉄板に寸胴鍋、食欲そそる湯気が漂い広がる露店にはチャイナタウンでしか見られない菓子や食べ物が陳列され呼び込みがかまびすしい。 活況を呈す快楽天の通りの半ばで、漸く弟に追い付く。 「先行くなよ、迷子になるぞ」 「ならねえよ」 「快楽天はそんな詳しくないだろ」 「劉としょっちゅうきてる」 「は?聞いてない」 「だろうな」 仲間外れにされていたピジョンがショックを受ける。スワローはどうでもよさそうに付け足す。 「おごりでメシ食いに来てんだよ。安くてうまい店が多いんだ」 「どうしてそーゆーイケズするんだ、二人だけでずるい俺も連れてけ」 ピジョンが本気で怒る。食い意地の汚さにかけては右に出る者がいない。 今この瞬間地面に豆をばらまいたら大喜びで突付きだすはずだが、生憎持ち合わせがなく内心で残念がる。 「兄さんに意地悪して楽しいか?メシは皆で食った方が絶対うまい」 「『皆』にお前は入ってねェし人数少ねェ方が分け前増える。中華は基本大皿から取り分けっから、もし連れてったら『俺がやるから寛いでなよ』とか恩着せがましく親切ごかして、テメェのだけたんまりよそるに決まってる」 「信用なさすぎ」 またしてもショックを受ける……哀しいかな、図星な為否定できない。 気を取り直して隣に並び、歩調を合わせて春節の催しを見物する。あちこちで鳴り響く爆竹、はしゃぎ回る子供たち、暮れなずむ空に乱舞する極彩色の紙吹雪。 軒先に吊るされたランタンに火が入り、淡く滲んだ幻想的な灯を投げかける。 「劉に悪いことした。せっかく休みの日にガイドを買って出てくれたってのに……あとで謝んなきゃ」 「暇が潰れてちょうどよかったんじゃね?マスかいて寝る位しかやることねーだろ」 「あのなあ……素直に感謝しろよ、友達なくすぞ。今日だって俺達の為に一肌脱いでくれたのに」 「兄貴はアイツのこと友達だと思ってんの?」 「悪いかよ」 憮然と下唇を突き出す。 同年代……というには若干年上だが、友人に恵まれず孤独だったピジョンにとって、劉は気心許せる稀有な存在。縁は大切にしていきたい。 物心付いてからずっと弟の世話を焼いてきたせいか自分がフォローしてもらうのはこそばゆいが、憧れていた兄さんができたようで心地よくもある……というのが口に出すのは少し気恥ずかしい本音だ。 ピジョンが密かに思い描いた理想の兄にどす黒いクマはないし、肺癌待ったなしのヘビースモーカーでもなかったが。 スワローが振り向き、意地悪い流し目を送ってよこす。 「てことは、俺からすりゃライバルだな」 「仲良くやろうよ」 「19にもなってお友達と仲良くしようとかいちいち気色わりぃ」 「いいヤツだから仲良くしたいって変か。お前だってさんざん世話になったろ、詳しく教えてくれないけど」 「話す程の事が起きなかっただけだ」 「本当か?」 「行った・殺った・勝った、それだけだ」 頭の後ろで手を組んですっとぼけるスワローに食い下がるピジョン。 劉とのなれそめを聞くと何故かスワローは嫌がる。 ピジョンが修行に出てる間、スワローと劉は相棒だった。 仮初でも相棒は相棒だ。 弾き出された事実に嫉妬が燻る。 ヤキが回ったな、俺。 劉とスワロー、どちらに嫉妬しているのか自分でもわからない。両方?だとしたらお手上げだ。 「一旦店に戻るぞ、服返さなきゃ延滞料金が嵩む」 「まだいいだろ、せっかく着替えたんだし」 「案外気に入ってるのか。俺は動きにくくて」 「ンな丈が長ェの選ぶからだよ、踏ん付けてコケるぞ」 「そんなヘマするもんか」 言ったそばからもた付いてよろめく。長袍は布が多く動き辛い。ハロウィンでカソックを纏った時も意外な重さにびっくりした。 「先生はすごいよな、ひょいひょい歩けて。やっぱ年季の違いかな」 歩き辛さに難渋するピジョン。兄の苦労を嘲笑い、スワローが口を出す。 「肘掴まる?」 「お断りだね」 「あっそ」 布が膝に絡まって前に傾ぐ。兄の意地が弟の手を借りるのを邪魔する。丈が短いタイプにするんだった、と悔やんでも後の祭りだ。 長袍の袖を羽ばたくようにばた付かせるピジョンを眺め、完全に他人事の素振りでスワローが感心する。 「そうやってっと本当にグズでのろまな駄バトだな」 「うるさい」 「道端でジャンプすりゃ大道芸と間違われて小銭もらえんじゃねーの、手拍子してやっから合わせろよ」 「お前って本当ムカツクな」 「雑技団にスカウトされたくねーの?皿からこぼれた豆を口でキャッチする芸は得意じゃん」 手拍子で茶化す弟を忌々しげに睨み付ける。 二人が馬鹿をやっている間にどんどん日が暮れて、夜の帳があたりを包む。 鈴生りのランタンはますますもって煌々と輝き、行き交うひとびとの顔を妖しく暈す。 「なあスワロー」 「何」 「この雰囲気アレ思い出さないか。子供の頃行った移動遊園地」 「ああ……」 ピジョンはわくわくしている。 遠い昔、ピジョンたちが立ち寄った町に移動遊園地が来た。 母親に小遣いをもらったピジョンとスワローは手を繋ぎ、移動遊園地へでかけたのだ。 陳腐なメリーゴーランドと安普請の組み立て式観覧車、オバケ屋敷に射的、綿あめやリコリス飴の屋台、ジェリービーンズの掴み取り。 「楽しかったな……」 「まあな」 「金が足りなくて観覧車に乗れなかったのが心残り」 「テメェがリコリス飴なんてツマンねえの買うからだろ、びよんびよん伸び縮みさせやがって」 「くねくねするのが面白くて」 「タイヤでも噛んでろ」 「お前こそ、ただ乗りめあてにもぐりこんで恥かいた。挙句摘まみ出されるしさんざんだ」 「リコリス飴買わなきゃ乗れたのに」 「根に持ちすぎ」 真っ赤なランタンや魔除けの札、東洋の神秘が詰まった装飾が埋め尽くす快楽天の街は、子供時代に体験した移動遊園地とよく似ていた。 宵に繰り出す人々の表情は高揚し、祝祭の熱狂が立ち込めている。 「リコリス飴はさすがにないか」 「まだ足りねえのかよ、さっき地面に落ちた飴食ってたろ」 「おい見ろスワロー燕の巣のスープだって、滋養強壮と長寿に利くらしいぞ。中国じゃ高級食材らしいけど、どんな味するか気にならないか」 「鳩の巣はただのゴミだもんな」 「巣は食べられなくても身はおいしい」 「食ったのかよ」 「鳥肉は大体おいしいだろ」 寸胴鍋で煮込まれている燕の巣に涎をたらす兄をひきずり、屋台の前を速やかに去る。 「鳩は可愛くて賢くて使える。手紙も運べるんだから馬鹿にするな」 「使い走りの用向きにゃ打って付けだな」 「高級食材だからって調子乗るんじゃないよ」 「根に持ちすぎ」 後ろ襟を掴んで引きずられながらピジョンはまだ燕の巣にご執心で、せめて匂いだけでも堪能しようと未練たらたら小鼻をヒク付かす。 恥ずかしいから捨てて帰りてえ。 「小鳥たちじゃないか。奇遇だね」 よく通る声に振り向く。 オーダーメイドの長袍を羽織ったジョヴァンニが、上品なシルクの旗袍を着こなす細君と腕を組んでいた。 「お久しぶりです、銀婚式のパーティー以来ですか。今日は春節の祝いに?」 スワローの手を即座に振りほどき、喜び勇んで駆け寄るピジョン。ジョヴァンニとルクレツィアは仲睦まじく寄り添い、答える。 「結婚してから毎年来てるのでな」 「お会いできて嬉しいわ。そのお召し物よく似合っているわよ」 「名前にちなんで燕と鳩に見立てるとは粋な遊び心じゃ」 「ありがとうございます、貸衣装屋の服ですけど。お二人もすごく素敵ですね」 「還暦こえてペアルックとか寒ぃな、っで!?」 すかさず弟の脛を蹴飛ばすピジョン。老夫婦は「ほほ」「はは」と大らかな笑いを上げる。 「ごめんなさいごめんなさい弟がすいません、よく言って聞かせます。お前馬鹿!死ねよ馬鹿!」 「いいんじゃよ、若作りしてる自覚はある。家内とデートするときて少々はりきってしまってね」 「お互い様ですよ」 「この長袍は家内が選んだんじゃ。家内の旗袍はワシが」 「よくごらんになって、裾に牡丹の透かし模様が入ってるの。センスがいいでしょ」 「美しいものを見る目は肥えておる。だから君と結婚した」 「あなたってば……」 お互い見詰め合い延々のろけはじめた老夫婦にあてられ、ピジョンまで「いいなあ」と頬を染める。 ピジョン・スワローのような若造と違い、なで肩に沿うゆったりした着こなしが老大家の風格を帯びるジョヴァンニ。 白髪を結い上げたルクレツィアには外遊に訪れた良家の奥方の気品が漂い、貞淑なたたずまいが異国情緒の華やぎにしっくり馴染む。 「一緒に食事でもどうじゃ、おごるぞい」 「たまには若い人たちとお喋りしたいですものね」 気前よく申し出るジョヴァンニの横で、ルクレツィアが若やいだ笑顔を咲かせた。 「ピジョンちゃあーーーーん」 「スワローさまああああああ」 「このビブラートは」 まさかと声の方に向き直れば、見飽きた……もとい見慣れた巨乳の少女が二人、転がるように駆けてきた。 ショッキングピンクのツインテールを波打たせた小娘と、金髪ボブカットに褐色肌の小娘……ミルクタンクヘヴンの風俗嬢、サシャとスイートだ。 「すっごい偶然ですね、こんなトコで会えるなんて!」 「よく似た人がいたから追いかけてきたの、やっぱり間違いじゃなかったねサシャちゃん」 「コスプレしてるから一瞬わかりませんでしたよ」 「コスプレじゃねェし」 「コートとスタジャンは?バイバイしたの?」 「売買はしてない、店で預かってもらってる」 「わかんねェぞ、今頃質流れしてっかも。チャイニーズは悪どいもんな」 まぜっ返す弟は無視し、ハイテンションな女性陣と会話を進める。 「スイートたちも来てたんだね」 「ウチはクリーンでホワイトなお店なので事前に申請すればお休みだってがっちりゲットできるんですよ」 「スイート快楽天のお祭り楽しみにしてたの、おいしいものいーっぱい出るしランタンとか花火とかとっても綺麗なんだよ、ずーっと前からサシャちゃんと一緒にこようって約束してたの、ねっサシャちゃん」 「ねっスイートちゃん」 サシャとスイートが笑顔で頷き合い、思わせぶりな上目遣いでピジョンとスワローをチラ見。 「で、どうですか?」 「どうって」 「もーっ鈍いですね!」 サシャとスイートがくるくる回りだす。 きわどいスリットが入ったミニスカチャイナドレスの裾が回り、太腿の付け根が挑発的に覗く。 サシャは妖艶な紫でスイートは可憐なピンク、はち切れそうな乳房を包む胸元には蝶々結びの紐が交差する。 中国の伝統衣装を下心満載でアレンジした……否、エロ可愛さに特化したおてんば娘娘スタイルである。 「あざてェ」 「褒めてください」 「下は紐パン?」 裾を摘まむスワローの手をサシャが音速ではたき落とす。 「二人ともすごい似合ってる」 「そこのお店で借りたんです、三時間着放題!」 「サシャは大人っぽくて綺麗だし、スイートは女の子っぽくて可愛い。紐も上手に結べてるね」 エロにしか関心のない弟の分まで実直に褒めるピジョンに対し、スイートは下腹部の手をもじもじ組み替えてはにかむ。 「実はサシャちゃんにやってもらったの、スイートへたっぴだから」 「あはは、俺とおそろいだ」 「ピジョンちゃんも?」 「友達に頼んだんだ」 「へー、いいお友達だね!」 「そのお友達はどこです?」 「おいてきちゃったんだ」 「なんでそんな可哀想なことするんですか」 「成り行きで……謝ったら許してもらえるかな」 「スイートも一緒にごめんなさいしたげる」 スワローは全く面白くない。 「今度はチャイナドレスで営業かよ。キャラがブレまくってんぞ、節操ねえメイドだな」 「チャイナでメイドだっていいじゃないですかライバル店が多くて大変なんですよお向かいには貧乳専門店もできたし……商魂逞しく太客掴みにいくスタイルなんです」 ガッツポーズを作るサシャと隣で同意するスイートを微笑ましげに見守り、ジョヴァンニが口を開く。 「こちらのお嬢さんたちは?」 「友達のスイートとサシャです。こちらはジョヴァンニ・キマイライーターさんとその奥さんのルクレツィアさん」 サシャが目を見開く。 「ジョヴァンニ・キマイライーターってあのキマイライーター様!ですよね!?」 「知ってる、世界一有名なヤギさんだよね。賞金稼ぎの」 一オクターブ上げてミーハーな反応を示すサシャとスイートに対し、ジョヴァンニは丁寧に自己紹介する。 「お会いできて光栄じゃよ。スワローくんピジョンくんとは過去に縁があってね、たまに遊んでおるのじゃ」 「えーっ、全然知りませんでした!水くさいですよスワロー様ピジョン様、ジョヴァン二・キマイライーター様といえば長者番付やバンチにも載ってるすごい方、お知り合いなら紹介してくれないと!」 「風俗嬢に紹介しねェよ」 「スワロー!」 老夫婦は意に介さず、二人と心のこもった握手を交わす。 「元気ねえ。わたくしの若い頃を思い出すわ」 「あのっ、サインもらえますか!」 「もちろんいいとも」 「スイートもスイートも!」 サシャとスイートがとび跳ねてせがむのに快く応じ、サインをしてやるジョヴァンニ。 「せっかくじゃ、皆で食事に行こうかの」 大所帯と化した一同が湧く。ただひとり、不機嫌なスワローを除いて。 「スイート燕の巣が食べたい。注文していーい、おじいちゃん」 「食べ盛りなんだから遠慮せず好きなものを頼みたまえ」 「孫娘ができたみたいで嬉しいわね。お食事が終わったらチャイナドレスを見立ててあげましょうか」 「本当ですか!?」 「おじいちゃんおばあちゃん大好き!」 「おじいちゃんか……もう一回頼めるかね」 「おじいちゃん大好き!」 「うむ。いい響きじゃ」 「わたくし知ってますわ、この感情は尊いというんですのよ、あなた」 至福の余韻を噛み締めるジョヴァンニとルクレツィア、手を取り合い感激するサシャとスイート。 天性の愛嬌と接客業で鍛え上げたテクニックの成果か、初対面にもかかわらずすっかりちゃっかり老夫婦と意気投合している。 ジョヴァンニとルクレツィアには子供がいない為、若い娘を甘やかすことができてほくほく顔だ。 「あ、あ」 この流れならイケる、便乗して注文しろ……いや、さすがに厚かましいか。 葛藤に足踏みし乗り遅れたピジョンをよそに、四人は近くの高級中華料理店に吸い込まれていく。 「どうしたのピジョンちゃん、早くおいでよ」 ツインテールを跳ねさせ敷居を跨ぐ直前、スイートが不思議そうに振り返る。 「スワローがはぐれたんだ。近くにいるだろうから見てくる」 「まーたスワロー様ですか、集団行動ができない人は困っちゃいますね。席とってるから早くしてくださいねー」 俺の馬鹿、燕の巣の事で頭がいっぱいで弟の存在をド忘れしていた。スワローは……いた。往来のど真ん中、ズボンに手を突っ込んで歩いている。 「スワロー!」 弟に走り寄り、並ぶ。切れた息を整え直し、おずおずと覗き込む。 「怒ってるのか」 「別に」 「中華料理食べ放題だぞ」 「メシで手懐けようってか」 「ひねくれたこと言うなって」 さっきから様子がおかしい。突然貸衣装屋を飛び出して劉を巻いたり、かと思えばジョヴァンニ達からすねて離れたり。 「あ」 まさか。 そういうこと、なのか? 「『あ』って何だよ」 「お前……俺とふたりきりになりたいとか思ってる?」 快楽天の一大イベント、春節の祭り。大勢の人出、おいしい屋台、華やかな飾り付け。きな臭い爆竹が甲高く爆ぜ、ランタンの灯が揺れる街で、往来のど真ん中で弟と対峙する。 「やっぱり」 口元をむずむずさせて黙り込むスワロー。 顔にでかでか正解と書いてある。だったらそういえばいいのに……いや、言えないのがスワローかと思い直す。素直じゃない、可愛くない弟。 ピジョンは大袈裟にため息を吐き、非日常の喧噪を突っ切って、まっすぐスワローへ近寄っていく。 だしぬけに手を伸ばし、子供っぽくむくれた顔を両側から包む。 「言い忘れてたけど、ちゃんと似合ってるから安心しろ」 「当たり前だろ。誰だと思ってやがる」 「俺の弟、ヤング・スワロー・バード」 スワローが笑顔になると同時、砲声と共に夜空に光の輪が爆ぜる。打ち上げ花火だ。 連続で炸裂する花火が快楽天の夜空を染め、呆けて立ち尽くすピジョンとスワローを明るく照らす。 「母さんに見せてやりたい」 真っ先に呟く兄の隣に並び、鮮烈な花火を見上げる。 「ああ」 「覚えてるか?移動遊園地でも花火が上がったの」 「高い所ならよく見えると思った」 「だから観覧車に乗りたがったのか」 子供だなあとぬるい目で見るピジョンの疑問に渋面を作り、吐き捨てる。 「……見せたかったんだ。わかれ馬鹿」 一瞬虚を衝かれてからこの上なく愛おしげな笑顔を咲かせ、指に指を絡め、光の軌跡が枝垂れる夜空を仰ぐ。 「十分だよ」 しばらく言葉を忘れ花火に見とれてから、我に返ったピジョンがあの頃と同じくスワローの手を引く。 「行くぞ。燕の巣が待ってる」 祭りもクライマックスにさしかかり、音曲が一際高まる。 龍と獅子と虎が躍動感を漲らせ激しく踊り狂い、老いも若きも上気して笑いさざめく人々の頭上では豊穣を祈願する暖色の灯が燃え、天上には新年を寿ぐ花火が連続で爆ぜ、ランタンの照り返しで明るむ夜空に光を梳きこんだ紗を掛ける。 |真砂《まさご》のごとく撒かれた光の粒が燃え尽きるまで、花火に照り映えるピジョンの横顔に見とれ、スワローは思った。 いい旧正月だった。

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