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birds day(後)

移動遊園地の片隅に不人気なミラーハウスがある。何故不人気かというと迷路というには短絡すぎるからだ。 アンデッドエンドは大陸の中心地だ。その為全国から移動遊園地が興行に来て、子供たちは様々なアトラクションを体験している。 目が肥えたアンデッドエンドの子供にとってはただの鏡張りの小屋である、他にウェーブスインガーがジェットコースターなど絶叫系も充実してるのにわざわざミラーハウスをチョイスするのは余っ程お子様か腰抜けと見なされる。 普段のスワローなら絶対選びそうにない行先にピジョンは困惑し、イエローゴールドの後頭部に問いかける。 「どういう風の吹き回しだよ」 「ミラーハウスは嫌いか?」 「嫌いじゃないけど……ただ鏡が張ってあるだけだろ?面白いかな」 「全方位からお前の間抜けヅラ拝めるなんて笑えんじゃん、百面相してみろよ」 懐疑的なピジョンの意見にスワローが鼻を鳴らす。外観はヘンゼルとグレーテルのお菓子の家みたいいにパステルカラーでデコレイションされていた。おばけ屋敷よりマシかな、とピジョンは前向きに考える。 「今おばけ屋敷よりマシだって思った?」 「心読むのやめろ」 「相変わらずビビリだな」 「怖いんじゃない脅かされるのがいやなんだお前に。俺を先頭に立てて後ろからワッと驚かすの心臓止まるからやめろ、兄さんがぽっくり逝ったら責任とれんのか」 「一等上等な棺桶注文してやるよ。墓碑銘は何がいい?RIP?求めよされば餌付けん?」 ピジョンは少し考えて回答する。 「試練は世の常である」 少なくともピジョンにとってはそうだ、スワローの兄に生まれ付いたばかりに人生は受難で彩られている。頭の後ろで手を組んだスワローが愉快げに口笛を吹く。 「くそくらえ世界、くたばれ神様だな」 「ばちあたりなこと言うな、口が曲がるぞ」 軽口を叩き合いながら入場する。天井と両側面の壁、全面鏡張りの狭い通路が続いていた。眩さに目がちかちかする。物珍しそうにあたりを見回すスワローに続いて注意深く歩みを進め、こっそり指で犬や猫を作って遊ぶ。 「何それ?」 「鳩。お前もやる?」 両手を重ねて羽ばたくまねをする。上下左右前方に鏡像が生まれ分裂してくのが意外に楽しい。何でも楽しめるのは一種の才能だなと呆れ半分感心し、手の甲で鏡を叩くスワロー。 「がらがらだな」 「先行くぞ」 はりきって先頭に立ち、天井や両側の鏡にキメ顔を映すピジョン。その尻をスワローが無慈悲に蹴飛ばして前傾させ抱きとめる。 「悪趣味なモーテルみてえで興奮する」 「は?」 破廉恥な発想におもいきり顰め面をするも、抗議を発する前にモッズコートの前を開けシャツに手がもぐりこむ。 「待っ、」 まさかこんなとこで? 身もがくピジョンに覆いかぶさり動きを封じ、片手で顎を掴んで無理矢理正面に固定する。鏡が暴く痴態を突き付けられ、清潔そうな目鼻立ちに朱が散る。しめやかにもどかしい衣擦れに吐息が混ざり、シャツの下にさしこまれた手が性急に蠢いて体温を上げていく。 「ミラーハウスだぞ!人が来たらっ、誰かに見られたら」 「係員はサボってっから安心しな」 「子供がくるかもしれないだろ!」 「兄貴と弟で乳繰り合ってるとこ見せてやろうぜ」 「!っあ、ンっぁ」 手の熱がスワローの興奮を伝えてくる。乳首をキツく抓られ腰が泳ぎ、甘い吐息が鼻から抜ける。咄嗟に喘ぎ声を噛み殺すも身体の反応までは偽れず、ピンク色の突起がはしたなく尖っていく。 「目ェ逸らすな。にらめっこしな」 「スワロー、っぐ離せ、今日はフツーにデートするって約束したろ」 「付き合ってやったんだからご褒美くれよ」 スワローが狂ったように求めてくる。ジーパンの前が固く隆起し会陰を圧し、芽吹いた乳首が根元から先端まで揉み搾られ、刺激にピクピク震える。 「わかった、わかったよ!でも鏡は嫌だ!」 「恥ずかしいの?染み出してんのに?」 「あうっ!」 鏡に両手を付いて息を荒げるピジョンをスワローは容赦なく責め立て、上擦る声から虚勢を剥ぎ取っていく。 天井と壁の鏡があらゆる角度と方向からまざまざと痴態を暴き立て見せ付けてくる、腰砕けにへたりこむ寸前に膝裏を蹴られて立たされ羞恥の極みでどうにかなりそうだ。 「ふぁっ、ンっうっ、スワロー。許してくれ、頼む。人に見られたら、こんなっ、表歩けないだろっ」 ピジョンの声に唾液が粘る。スワローが生唾を飲む。ズボンのベルトを緩めてずり下げ、露わになった兄の下半身を蹂躙する。唾を塗した手で淡い陰毛が生えたペニスを擦り立て、先走りが膨らむ鈴口をにちゃにちゃいじくり回す。 「はぁっ、ンあっ、ンっぐ」 「感じてる顔は母さんそっくりだな。アガってってるのわかるか?ペニスおっ勃ててよがり狂ってるやらしー姿、鏡に映ってるぜ」 言葉責めに高ぶる身体が恨めしい。羞恥で茹だった頭が朦朧とし、生理的な涙で曇った視界に自らの痴態を焼き付ける。 弛緩しきった口が垂れ流す涎、虚ろに潤んだ瞳。シャツの襟ぐりから露出した乳首は赤く染まり、ヒク付くペニスはカウパーの濁流に塗れている。俺、最中にこんな顔してるのか?鏡と向き合いうちのめされる。こんなまるで、お客とヤッてる母さんみたいな……娼婦みたいな……同じ事を考えてたのか、スワローがまた一段声を低めて脅す。 「感じまくってんじゃん」 「じて、なんかッぁ」 「白状しろよ、倒錯プレイ大好きだろ。鏡張りの狭ェ通路で前も後ろもグチャドロにされんのたまんねーだろ、人が来ちまいそうなのに興奮するんだよなえェ?」 「ちが、ぁっンふ、俺は変態じゃない、自分がヤられてる顔なんて見たくない忘れたいわかってくれよスワロー」 スワロースワローと夢中で名前を呼ぶ、狂おしく慈悲を乞い縋り付く。しかしスワローは止めず、もどかしげに腰を揺するピジョンの口に束ねた指を出し入れする。 「!ん、ぐっ」 人さし指と中指が潤んだ口の中をかき回し柔な粘膜を蕩かしていく。飲み干せない唾液があふれて苦しい、噎せるのさえ許してくれない。 「あふっ、ンっぐ」 涙目で喘ぐピジョンを無数に分裂した鏡像が包囲する、どのピジョンもスワローに犯され悶えている、分身たちが味わっている快感が全部本体に収束して感度が跳ね上がる。 ぬちゃぬぷぐちゃぐちゅ……下品な水音をたて抜き差しされる指に無意識に舌を絡め、巻き付け、うっとりとなめ上げる。かすかにカンノーロのクリームの味がした。 「イきてえ?……ああ間違えた、イかされたいか」 「スワロー膝、限界……立ってるのキツ……ぁっ。顎、いい加減離せ」 「目ェ背けんな。突っ込んでもねェのにイき狂ってるビッチを脳味噌に焼き付けろ」 スワローはわざと寸止めしている。ピジョンが射精に至る寸前に手を緩め、根元を押さえ込んで暴発を塞き止める。ピジョンが耐えきれず腰を回し、スワローの怒張を足の間に咥えこむ。 「イきてえなら自分で気持ちよくなってみろよ」 「ッ」 「乳首引っ張って。ペニスしごいて。アナニ―もいいな」 手に手を添えて優しく導くスワロー。ピジョンは真っ赤な顔で俯き、唇を噛んで乳首をいじくりだす。摘まんでは離し、摘まんでは離し、汗を刷り込むように指で挟んで回す。 「んぁっ、痛ぅっンっ、はぁっ」 青年が少年に命令され、開発され尽くした乳首をさらにいじめ抜く倒錯的な光景を鏡が克明に映しだす。遂に片手で足らず残りの手も加わり、両手で乳首を揉んで弟にねだる。 「スワロー、あっ、もっ俺、ィく、欲しい」 「今どうなってんの?」 「乳首が、お前に言われた通りっ、ンはっぁ、めちゃくちゃにしてッ尖って痛い」 「下も擦ってほしい?」 もはや声を出す余力すらなくがむしゃらに頷く。 上下の責めが格段にヒートアップ、薄目を開けて自ずと痴態を凝視するピジョン、鏡に映った顔はどうしようもなく淫蕩でとんでもなく堕落していて俺じゃないと否定したくてもできない現実と真実が心を痛め付ける一方で快感が加速していく。 「鏡ッンぁっ、見ながらは嫌だ、ふぁっン、最後だけ、ぁうっンく、一瞬でいい許してくれッぁっンあ、あっち向かせ、ろ」 スワローにヤられてる。犯されてる。気持ちいい。もっとめちゃくちゃにしてほしい。頭の上が目の前が前後左右がぐるぐる回ってる、スワローに無茶苦茶されて悦んでる、だらしない恥ずかしい見苦しい顔、感じすぎてわけわかんなくなってる顔まで鏡に暴かれる。 ぐちゃぐちゃ粘りと滑りを増した音が響き、後ろがゴリゴリと削られる。ジーンズにスワローの熱と脈を感じアナルが切なく疼く、ぶちこんでほしい欲求が膨れ上がってじれったげに腰をくねらす。 「イくッ、ぁはっ、スワロー鏡っ、俺あぁっ無理もっガマンできなっ、イッちゃっ、鏡っ見ながらっ」 「イけよ淫乱、鏡に白いのだ出しちまえ」 「ぁ――――――――――――――――ッ!」 スワローが冷たく突き放すと同時に熱が迸り、勢いよく放たれた白濁が鏡に飛び散る。 乳首を摘まんだまま激しく仰け反るピジョン、視界を占める天井の鏡が絶頂を映す、虚脱しきった表情でくたりと頽れる寸前にスワローが捕まえる。 「こーすりゃ腫れが早く引く」 「!っぐ」 火照りが広まる兄の上半身を鏡に押し付け、ぷっくり腫れた乳首を押し潰す。身体と鏡に乳首が挟まれる痛みにピジョンが悶え、抗い、諦めたように力を抜く。 「冷たくて固てェのにグリグリされて感じちまった?お手上げだな」 「っは……もういいだろ、ズボンはかせろ」 震える手でズボンをたくしあげベルトを通す。シャツの裾を正してモッズコートを羽織るが、さんざん嬲られた乳首はまだヒリヒリしている。 「沢山犯されて満足したろ」 「さっさと行くぞ」 自分の残滓をモッズコートで拭いて後始末し、受難の狙撃手は出口を目指すのだった。 アンデッドエンドが暮れなずむ。 西空を染めた茜色が幻想的なブルーモーメントに移り行き、眠らない街にネオンが瞬き始める。 移動遊園地の営業時間も残す所あと僅かとなり、ピエロが配る風船だの射的の景品のぬいぐるみだの、戦利品を手に持って帰り支度をする家族連れやカップルが目立ち始めた。 「〆はアレだな」 「……」 「シカトかよ」 ピジョンはさっきから口を利かない、弟を突き放す勢いでずんずん進んでいく。スワローは舌打ちしスピードを上げて兄に並ぶ。二人が目指す先にはこぢんまりした観覧車が聳えていた。 カラフルに色分けされたゴンドラには番いの小鳥さながらカップルたちが乗り込み、夜空の回遊を楽しんでいる。両親に挟まれはしゃいでる子供もいた。 「ん」 スワローは正面に回り込み、ムッツリ俯いたピジョンの袖を引っ張る。コートの袖口をちょいちょい引いて催促されてもまだ顔を上げない。当たり前だ、彼はとても怒っている。スワローはさらに強く引っ張る。 ピジョンは地面に踏ん張り抵抗するも、弟の腕力に負けてずるずる引きずられていく。 「あっ!」 繊維が裂ける音と共にモッズコートの袖口が破け、世にも情けない顔で叫ぶピジョン。 「弁償しろ!」 「また繕えばいいじゃん」 スワローは堂々と開き直り、近くにたたずむピエロが束ねた風船を掠めとる。それを兄の眼前に突き出す。 「これでちゃらな」 そっぽを向いたまま呟く横顔にはバツが悪そうな色。反省しているのかいないのか、おそらくちっともしてないのだろうが……弟に甘いピジョンはそれだけで怒れなくなる。昔のスワローなら貰った風船は絶対独り占めしていた、どんなに頼んでも貸してくれなかった。それで最後には手放して泣きを見るのだからどうしようもない。 「…………」 ピジョンは唇を噛む。 正直、許したくない。あれだけ恥をかかされて許せるわけない。そもそもコイツは謝ってすらいないのだ。 他方、スワローとでかけるのを了承した時点でこうなる予感はしていた。コイツとデートしてただですむはずない、綺麗に終わらせてくれるはずがない。 断じて認めたくはないが……少しだけ、期待してもいた。ピジョンの体はもはやスワローなしではいられない、スワロー中毒になっている。コイツが尽きせず注いでくれる悦びなしでは生きていけず、絶えず与えられる辱めなしでは物足りないように調教されきっている。 ブルーモーメントの空の下、観覧車の前で兄と弟が対峙する。スワローが突き出す風船にためらいがちに手を伸ばし、引っ込め、意を決してまた伸ばす。 「乗るよな」 「……お前がそうしたいなら」 とりあえず風船で妥協する。地上に着いたゴンドラのドアが開き、ピジョンとスワローを迎え入れる。向かい合わせにベンチに腰掛け、円周運動に身を委ねる。 最後の最後に漸くデートらしくなった……なんて、結局何がしたかったのかわからない。今日一日スワローに振り回されただけの気もする。 「観覧車なんて回るだけでツマンないって言ってたくせに」 「シケた街ならな」 スワローが顎をしゃくる方にのろくさ目をやれば、|アンデッドエンド《はてしない》のネオンが輝いていた。ゴージャスな夜景に一瞬目を奪われてから反省し、ピジョンが文句をたれる。 「あのさ。まだ怒ってるからな」 「さいですか」 「真面目に聞けよ、俺がしたくないことはするなよ。ミラーハウスだって誰もこなかったらよかったものの、最中に踏み込まれたらどうごまかす気だったんだ。ヤング・スワロー・バードは露出狂の変態だとかバンチに書き立てられたいのか。そもそも子供の情操教育に悪すぎだ、移動遊園地出禁になるぞ。俺はやだからな、一生チュロスやカンノーロ食えないなんて」 「遊園地以外でも売ってんだろ卑しんぼが」 「遊園地で食べるとお祭り気分が手伝って倍おいしく感じるんだよ。子供の遊び場に発情持ち込むのはマナー違反だからな、金輪際しないって約束しろ」 「バレなかったからいいじゃん、スリルあったろ」 「セックスにスリルは求めてない。欲しいのは愛だけだ」 「言ってて恥ずかしくね?」 「せめて俺の爪の垢と同グラムの羞恥心を盛れ」 ほんのり頬を染め咳払いする。 観覧車はゆったり回る。永久に引き延ばされるようにさえ感じられる退屈な時間。劉たちは帰った頃だろうか、地上をさがしても人ごみに紛れてよくわからない。 子供時代の記憶がこみ上げ、相変わらず頬杖付いた弟の横顔に語りかける。 「夢が叶ったな」 「うん」 耳を疑った。 ワンテンポずれ、スワローが頬杖を崩す。 「今の取り消し」 「照れるなよ」 「照れてねェ」 「ツバメが豆鉄砲くらったような顔してる」 うっかり答えてしまった慌てぶりが笑いを誘い、ピジョンがおもむろに弟の顔を手挟む。 「~~~ッ!!!何すんだよッ!!!」 「何で目そらすの?」 可愛いスワロー。俺のスワロー。ちっとも言うこと聞きやしない、手を焼かせてばっかの弟。 風船の紐はしっかり手首に巻いてある、今度は逃がしたりしない。 弟の目をまっすぐ見据え、包容力に満ちて微笑む。 「俺が移動遊園地好きな理由あててみろよ」 スワローが唇を曲げる。 「当てたらご褒美くれる?」 「ああ」 「よし」 眉間に皺を刻み真剣に考えこむスワロー。ピジョンは悪戯っぽい表情で弟を見守る。彼自身は気付いてないが、その顔は母によく似ていた。 スワローが閃く。 「観覧車があるから」 「ハズレ」 「射的でいいカッコできるから」 「惜しい」 「美味いもん沢山食えっから」 「それもある」 「ミラープレイに目覚めたから」 「減点。正解は」 不満げなスワローの顔から手をどけ、両手の親指と人さし指で四角いフレームを作り引いていく。 片目を眇めてフレームを覗き込み、ピジョンは正解を言った。 「ここじゃ誰も不幸にならない。誰もが等しく幸せだって信じられるからさ」 どんな人も、誰であっても、遊園地では夢のようなひとときを過ごせる。 一歩外に出れば辛い現実が待っていても、殺伐とした日常に帰らなければいけなくても。 フレームを地上に移し、シャッターを切るまねをしながら人々の笑顔を撮っていくピジョンにスワローはしらける。 「わかんねえぞ、観覧車から落っこちたり回転木馬にぶっとばされておっ死んだのがいるかもしんねーじゃん」 とことん皮肉るスワローに寂しい笑顔を送り、フレームを組む指をばらす。 「空中分解しないよ、きっと」 「地獄に一番近ェ観覧車じゃねえって何で言いきれんだ」 「お前と俺が乗ってるなら天国に一番近い観覧車だろ」 俺の前にお前がいる、お前の前に俺がいる。ただそれだけ、そんな当たり前のことが嬉しい。 バーズの止まり木と化した観覧車が頂点にさしかかると同時に砲声が轟き、垂直の軌道を描いて夜空に花火が咲く。 「うわっ、びっくりした!」 「派手だな」 「カメラ持ってくればよかった」 「ファインダー覗いてる時間がもったいねえ、目に焼き付けろよ」 ピジョンが度肝を抜かれる。スワローが口笛を吹く。ゆっくり回るゴンドラの中、特等席で花火を見物する。 「綺麗だなあ」 儚く舞い落ちる火花を赤錆の瞳に映し、ピジョンが感動する。スワローも花火を仰ぎ、次いで兄の横顔に一瞥よこし、渋々肯定する。 「……かもな」 「一個だけ、お願い聞いてくれるか」 「何?」 ピジョンが片手を立てごにょごにょと耳打ちするや、スワローはおもいきり顔をしかめた。 「……だめかな?」 しょんぼり落ち込むピジョンの正面、スワローは頭をかいて立ち上がり、兄の隣に移ってくる。 組み立て式の観覧車、安っぽいゴンドラ。ベンチに並んで腰かければ下に傾ぎ、同時に肝を冷やす。 「……今結構幸せ」 「奇遇だな。俺も」 十秒後、さらにゴンドラが軋んで不安になったピジョンが騒ぎだす。 「もういい、戻れ。落ちそうで怖い」 「落ちないってドヤったのそっちじゃん」 「ギシギシ言ってる」 「怖ェならもっと寄れ」 「服に手を入れるな、油断も隙も爪垢程度の恥じらいもないな!」 ピジョンの細腰をしっかり抱き、花火が打ち上げられた一瞬を見計らって唇を盗む。 「んッ、」 最後の最後でとびきり優しいキス。逆光の影絵になる恋人たち。 花火の残滓が消え入るのを待って対岸へ戻り、再び打ち上がると同時に身を乗り出す。 「仕切り直し」 「スワロー、ちょ」 待ったをかける暇もなく、ピジョンの顔に片手を添えたスワローがさっきより長いキスをする。 数呼吸の沈黙を経てむず痒そうな顔が離れていく。冷めやらぬ余韻と火照りに苛まれ、親指で唇に触れたピジョンが渋々認める。 「……さっきより幸せかも」 「あっそ」 「『俺も』じゃないのかよ」 「今のはサービスだかんな。調子のんなよ」 「はあ!?頼んでないぞこっちは、ていうか今のでチャラにする気なら全然釣り合ってないぞ、俺は嫌だって言ったのにミラーハウスでしごかれたの忘れてないからな!あそこに入ってきたのが劉たちだったら今度街や廊下で会っても避けられるじゃないか、そんなに四六時中兄さんとヤッてる変態扱いされたいのかよ!」 「いちいちうるせーなあ、なんで今劉の名前出すんだよ!入ってきたらきたで見せ付けてりゃいいじゃん、こっちは別に3Pだって構わないぜ、前から後ろからずっこんばっこんひと繋がりで万華鏡がミラープレイの醍醐味よ!」 「自分がヤられてるとこ見て興奮するわけあるか頭おかしいんじゃないか、倒錯趣味には付き合いきれないね」 「上も下もビンビンおっ勃っててたドMがほざくんじゃねえ、突っ込んでもねーのにドえろいイキ顔さらしやがってビッチが」 「お前がクソえろい顔して攻めるから悪いんだ、上も下も前も後ろも何人も何回もヤられてるみたいで興奮したんだ」 「へえじゃあ俺の分身に一斉に犯されて無限に射精が続くのに興奮したってのかよ!」 「さっきからそういってるじゃないか恥ずかしいヤツだな!」 「お前がな!!」 スワローが胸を突き飛ばす。ピジョンがやり返す。 口論がヒートアップし互いの胸ぐらを掴んで罵り合えば、上と下のゴンドラから「うるせーぞ」「痴話喧嘩はよせでやれ」と野次がとぶ。 ピジョンとスワローは構わず立ち上がり、観覧車全体がギシギシ軋む勢いで宣言する。 「ビッチが!」 「どっちが!」 そんなバーズデイの終わり。

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