4 / 46

4 お人好し

 ハァハァ……。  荒い息を吐きながら、シーツに突っ伏す。だらんと手足を放り出し、同じく息を荒くする良輔を見つめた。 「っ、渡瀬、大丈夫か?」  こんな時にも気遣うなんて、バカなヤツだな。と思いながら、良輔に近くに来るよう呼び掛ける。 「どうした? 痛いか?」 「キスして」  腕を伸ばしてねだったのに、くれたのはゲンコツだった。 「痛った」 「調子乗んな」 「セックスのあとの甘々キスが好きなのにぃ」  ごろんとベッドに転がっておねだりしてみたが、良輔が折れる気配はなかった。ケチめ。 「はぁ、気持ち良かった……」  まあ、セックスは良かったから良いや。それに、写真も撮れたし。これでひとまず、良輔が言いふらす心配は失くなった。 「お前さ、渡瀬」 「ん?」 「裏アカ消せ」 「えーっ?」  思わず不満が口を突く。 「えー、じゃねえ。今すぐ消せ」 「いやまあ、それは俺も思ってたんだけどさ……。ちぇ、フォロワー結構多かったのに」  アカバレした時から、消した方が良いかも、とは思っていたから仕方がない。後で作り直そう。痣でバレるとは思わんかった。今度はボカシ入れないとな。 (次作るアカは、もう少し慎重にやろ)  出会い用のアカと分けた方が良いかな。特定されたら嫌だし。  スマートフォンを操作して、アカウントを削除する。さよなら、俺の裏アカちゃん。 「ホラ、消した」  画面を見せると、良輔は納得した様子でハァと息を吐いた。それから、俺が脱がせた服を拾って着替える。 「お前も着ろ」 「えー? もう一戦しないの?」 「しねーよ!」  まあ良いけど。半分は冗談だし。  服を着ると良輔はベッドに腰かけ、頭を抱えた。 「はぁ……。マジで……」 「なんだよ。良かったろ?」 「そう言う問題じゃない……。男とヤったことにショックなのか、友達とヤったことにショックなのか……」 「両方じゃん?」 「お前が言うな」  ピシャリと返され、俺は笑いながら服を着る。笑い話にでもしなかったら、気まずいだろうが。 「ま、悪い虫にでも刺されたと思えよ」  そう言って立ち去ろうとする俺の腕を、良輔が掴んだ。 「待て」 「あん? まだ何かあんの? それとも、やっぱもう一回する?」 「黙れヤリチン」  酷え言い種。まあ、事実だから仕方がない。  良輔に促され、隣に腰かける。絶交しようという雰囲気ではない。 (なんだよ、面倒臭いな)  内心の面倒臭さを見透かされたのか、良輔がじとっと睨む。愛想笑いで受け流し、本題を言えと脇腹をつついた。 「――渡瀬、お前さ……。ホモだったの?」 「あ? いーや? アナルセックスが好きなだけで女の子の方が好きよ。男と恋愛とかないわーって感じ?」  俺は棒が好きなんであって、男には興味ないからな。  良輔は顔をしかめる。 「じゃあ、彼女作っておとなしくしてろよ。モテるクセに」 「えー? 俺、絶対に男と浮気しちゃうからムリだって。女の子可哀想じゃん」 「何でそうなるっ」  そりゃあ、良輔は『マトモ』だから解らないんだよ。とは、口にしなかった。 「俺、こんな生活ずっとやってんだよ? 今さら抜けられねーよ」 「――っ、けど、こんなことしてたら、危ない目にも遭うだろ」  そこまで言われて、俺は初めて良輔が心配して言っているのだと気がついた。 (呆れたお人好し――)  人が良いのは知っていたが、こんなクズ野郎を心配するなんて、どれだけ甘ちゃんなんだろうか。さっきは童貞まで奪われたってのに。 「まあ、後腐れない相手選んでるし、あんま気に入られたら逃げるようにはしてるよ。それと、合法でもクスリはやんねーようにしてるから。マジで平気だって」  まあ、万が一があったら、自業自得というヤツだ。 「お前っ……」 「わーかったって、良輔が心配してくれてんのは。説教は良いから」 「あのなあ!」  声を荒らげる良輔に、俺は顔を歪めて笑って見せた。 「そういうの、良いって。マジで。俺は言いふらされなきゃ良いしさ。お前だって、俺とヤったことなんか覚えてたくないだろ?」 「――」  俺の言葉に、良輔は黙ってしまった。そのまま黙っている良輔に、俺はホゥと息を吐いて立ち上がる。 「そんじゃ、これで『なかったこと』にしような」  そう言って立ち去る俺の背中に、「勝手に決めるな」と小さく良輔の声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをして部屋から出ていった。

ともだちにシェアしよう!