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24 俺で良いの?

「うーん。そうは言っても、うちも大変でねえ」  カタログを見ながら唸る中年の男に、俺は「解ります」と頷く。 「うちの製品が他のメーカーに比べて、安くないことは承知しております。しかしながら、品質の面では、他メーカーに負けていないつもりです」  そう言って、さりげなくカタログの入った封筒を手渡す。 「見ていただくだけで、結構ですから」  そう言って笑うと、男はしぶしぶ、といった様子で封筒を受け取った。 「まあ、見るだけだよ」 「ありがとうございます」  営業を聞いてくれた礼を言って、顧客の敷地を後にする。今から会社に戻って書類を書いて、今日の仕事は終わりだ。 「んー。あ、そういやメール打ってなかった。そっちは明日で大丈夫か」  スケジュールを社用のスマートフォンで確認し、時計を見る。そう言えばもう、良輔と付き合うようになって、一月近く経つ。時間が経つのは早いものだ。 (……そろそろ、掃除に帰らないとなあ……)  考えると、ゲンナリする。  ここのところ、バーベキューやらデートやらで休日の予定が埋まっていた。楽しい予定のあとに、面倒ごとがあるのは仕方のないものだ。 (はぁ……。仕方がない……)  うんざりしながら歩き始めると、自分のスマートフォンが鳴った。画面を開くと、良輔からのメッセージが入っている。 (ん?) 『今日残業になったから、飯先に食ってて。帰ったら電話する』  ああ、残業か。  付き合うようになってから、俺と良輔は一緒に飯を食うようになった。同じ寮に住んでるんだから、自然なことらしい。家族ともまともに一緒に飯を食った経験がない俺からすると、そういう生活はテレビや映画のフィクションの世界だ。良輔が当たり前だと想うことを、俺がおぼつかないながらに真似るのを、あいつはなにも言わずに居てくれる。 (良輔は、俺の家族を知ったら、どう思うかな)  同情するんだろうか。今まで、誰かに「かわいそう」と言われるのは、嫌なことだった。けど、何故か良輔だったら、そう思わない気がする。きっと良輔はその場だけの偽善的な感情で、言ったりしないからだろう。そも「かわいそう」には、「大変だったね」「頑張ったね」「これからは大丈夫だよ」って感情が、こもっているからだ。  自然と、そう思える不思議さに、胸がずくっと疼く。どうして俺は、良輔のことを無条件に信じてしまえるんだろう。    ◆   ◆   ◆  食堂で飯を食っていると、星嶋が姿を見せた。俺の姿に気づくと、トレイ片手にやって来る。 「おう。何食ってんだ?」 「蒸し鶏のサラダと味噌汁」 「米を食え、米を」  言いながら、どっかりと目の前に座る。米を食えという本人の茶碗には、山のように盛られた米があった。 「糖質ヤバ」 「その分、動けば良いんだ」 「ムリ」  星嶋は良く食うヤツなので、飯もおかずも大盛だ。まあ、見ていて気持ち良くはある。 「星嶋は残業じゃないんだ」 「ああ。良輔のヤツとは交代だな。俺は来週」 「なるほど」  じゃあ、来週は良輔は残業じゃないのかな。 「今日は、上遠野さん一緒じゃないんだ?」  最近よく一緒に居る上遠野は、今日は見ていない。星嶋は大抵、上遠野と一緒だ。 「ああ。なんか観覧が当たったとか何とか。出掛けてる」 「観覧? テレビとか?」 「多分?」  へえ、意外だ。そういうの興味あるんだ。無口でクールという印象があったが、案外そういうものも好きなのかと、少しびっくりする。 「お前こそ最近、良輔にべったりじゃねーか」 「な、なんだよ。俺がくっついてるみたいな」  指摘され、ドキリとする。やはり、そう見えているらしい。 「どうせ、お前が迷惑かけてんだろ」 「心外なんだけど」  まあ、間違ってはいない。俺のせいで、良輔は俺と付き合うなんてことになってるんだ。 『俺のどこにメリットがあるんだよ』  寂れたラーメン屋で付き合うことになった時、良輔は渋々って感じだった。今は優しくする理由があると、俺に良くしてくれているけれど、本当は不本意だったはずだ。  星嶋からみたら、俺と良輔は不相応だろう。良輔は良いヤツだ。俺と違って。 「……良輔の嫌なところが見つからないんだよな」 「当たり前だ。お前とは違う」 「少しはフォローしろよ」  傷つくぞ。普通に。  レタスをフォークに刺して、顔をしかめる。星嶋は遠慮なく言ってくる。彼らしいといえば彼らしい。 「あいつのお人好し部分につけこんで、変なマネすんじゃねえぞ」 「なんで俺が変なことする前提なんだよ」 「良輔はお前にやらないだろ」 「確かに」  ああ、もう。嫌な気分になる。  俺だって、解ってるのに。敢えて言わなくても良いじゃんか。  一時は、良輔を俺に慣れさせて、溺れてきたら乱行にでも連れていってやろうかと想っていた。けど、今はそんなこと思ってない。 (良輔が、他のヤツとヤるのは……)  ぐっと、込み上げるものをごまかすように、顔を背けた。 「どうした? 渡瀬」 「なんでもない」  星嶋が首をかしげるのに、俺は首を振った。  ここ最近、何度も考えてしまった思いが、胸に沸き起こる。  良輔は、俺で、良いんだろうか。

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