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30 他愛ない日々

 味噌汁の匂いにつられたのか、良輔がのそりと布団から這い出てきた。もう少し寝せておこうと思ったのだが、起きてしまったらしい。 「おはよう……。え? 渡瀬が作った?」 「おー。まあ、たまには?」  なんて言いながら、内心は心臓がバクバクしている。気に入らなかったらどうしよう。  良輔が起き出すよりも早くに、布団から抜け出して身支度を整えると、朝から頑張って朝食の支度をした。とは言え、たった二日しか居ないので、持ち込んだ食材は少ない。味噌汁とご飯、卵焼きにアジの干物を焼いたもの。漬物は買ってきたヤツ。煮物は昨日、挨拶したご近所さんに貰ったお裾分け。シンプルな朝ごはんだ。 「え、めっちゃ美味そう」 「ハードル上げるなって」  悪い気はしないが、味が合うかは解らない。特に味噌汁と卵焼き。アジは焼いただけだし。  将来もしかしたら、良輔と暮らすかも! と思ったら、朝からテンションが迷子になって、少し焦げた虎模様の卵焼きである。本当はもう少し上手に作れるのに。寮生活になって、すっかり家事をしなくなったが、十年近く老人と二人で住んでいた身だ。一通りの家事は出来る。だが、自信があるかは別だ。所詮、男の二人暮らしだったんだから。 (本当は米を食ってる場合でもないけどな……)  普段なら絶対に、炭水化物なんかとらないけど、良輔の横で俺が食わないのも変だ。それに、一緒に食べるというのは、理想の形にも思える。 (今日は肉体労働するし)  言い訳をして席に着き、「いただきます」と手を合わせる良輔をじっと見る。  良輔は味噌汁椀を手に取り、口を付けた。心臓がバクバクする。大口契約が取れるか、という時だって、こんなに緊張しただろうか。 「ん。美味い」  その一言に、心底安堵して気が抜ける。 「は、あー……。良かった、口にあって」 「なんだよ。お世辞じゃねえぞ。毎日飲みたい味だ」 「っ」  まるでプロポーズみたいな感想を言われて、ドクンと心臓がなる。無意識にやっているのだろうと思うと、たちが悪い。 「なに言ってんだよ」 「照れるなよ。こっちが恥ずかしい」  良輔の方も気恥ずかしくなったのか、赤い顔だ。なんだか新婚さんみたいじゃないか。恥ずかしすぎて死ねるんだけど。 「んー、んっ、えっと、今日は草むしりだからな。しっかり食って頑張らないと」 「ああ、そうだな。昔は畑やってたのか?」 「爺さんがいたころはな。ナス、ピーマン、トマトに枝豆、カブ、白菜、ネギそれから菊。こんなもん」 「お前も手伝ってたの?」 「まあ、仕方がなしに」  年老いた爺さんだけでは重労働で、結局俺も手伝った。やれと言われた訳じゃないが、手を出すと少ない言葉で教えてくれた。寝たきりになってからは、俺が一人でやった。不格好で葉っぱばかりで、実付きの悪い野菜は、笑えるくらい収穫がなかったが、不思議と美味く感じたものだ。 「畑仕事のイメージないな、お前。意外だ」 「だろ? シティボーイだからよ」  俺が遊び歩いていた事実を知っている身としては、意外なのだろう。まあ、事実として、この家で暮らしていたときも、街に下りて遊んでいた。ただ、家には連れてこなかった。 「この家に来たの、お前が初めてだよ」  そういうと、良輔はまんざらでもない顔をした。    ◆   ◆   ◆  それから、庭に出て草刈りを行った。放置した庭は荒れていて、膝丈ほどの草で覆われている。背丈のあるものは腰ほどにまで伸びていた。 「こうして見るとスゴいな」 「隣家は離れてるとは言え、近所迷惑だからな。定期的にやらんとマズいのよ」  鎌を動かしながらそう言う。草の中には風で飛んでくるのか、ゴミも多い。カラスの仕業だったりするものもある。  それでも二人がかりでやるとあっという間で、午前中には殆ど綺麗になっていた。 「んー、腰痛い」 「揉んでやろうか?」 「ん。変な気になりそうだから良い」  笑ってそう答えると、良輔は意味ありげに微笑んだ。 「マッサージしてやろうか」 「……おい。腰痛いって言ってんだろ。それに、昨日あんだけヤっておいて……」  あきれ気味にそう言うと、良輔は笑っていた。 「解ってるよ。まあ、ここ二人しか居ねーから、ついな」 「……」  嬉しいこと言ってくれるなよ。  照れていると、察したのか良輔が側によって耳元にキスをした。 「一緒に風呂入るのは?」 「……狭いけど?」 「それが良い」 「お前、案外好きだな」  そう言ってやると、良輔は魅力的 な笑みで「好きだよ」と答えた。  勘違いしたくなる。

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