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序章
美しい彫像のようなしなやかな曲線。透き通ったきめ細やかな白い肌。爪の先まで色づけた少年は、純白のシーツの上で濡れた身体を艶めかしく捩らせる。その肢体に、仕草に、非の打ち所はなかった。誘うように浮き上がった鎖骨も、仄かな淫蕩を宿した瞳も、すべてが愛らしく、すべてが銀色に輝く鋭利な刃物のようだった。
一般的な生殖能力のある雄ならば、等しく引き裂いていたであろう刃。だが、少年の向けたその刃は、目の前で頭を抱える大柄の獣の雄には届かない。
「……すまない」
雪を思わせる汚れのない白に混じる黒色の斑点模様。豹と似た斑は全身を覆っており、すらと伸びた尾を背で揺らす。少年の前にいたのは、雪豹の獣人だった。
月光が覗く青色の室内の様子は、まさしく情事の真っ只中。だというのに、状況にそぐわず獣は行為を待つ少年に手を伸ばす様子もなく、大きな掌を額に乗せ謝罪の言葉を口にする。
雪豹の性器は、口を開けて待つ少年を前に、ぴくりとも反応していなかった。
「いえ……やっぱり僕でもダメなのですね」
「……」
少年は汚れ一つないシーツの上で身を起こす。裸足のままの足を床に下ろし、椅子の背にかけていたローブを羽織ると、変わらずベッドの上に座る雪豹に「失礼します」と頭を下げた。部屋の戸がぱたんと静かに閉じられる音を聞きながら、雪豹は深々ため息をつく。
彼で、何人目だっただろうか。
手の届く範囲にいる美しい紳士淑女。数多の男女を屋敷に招き、この部屋に、このベッドに誘い込んだ。だが、雪豹の身体に、心に、性的な感情は込み上げなかった。「スカーレット」たちが零す花の香のような甘美な香りを含んでも、発情期の熱を帯びた淫靡な激しい誘惑にも、この身は反応してはくれなかった。
雪豹の男はベッドから腰をあげ、窓から射し込む一際眩しい月光へと視線を向ける。
――タイムリミットだ。
「次の満月の日までに一人でも抱けなければ、お前は僻地送りだ」。屋敷の主人たる父の言葉が脳裏に浮かぶ。今宵は美しい満月の夜。だが、もうできることはない。今日の彼は、知り合いの商人たちの話を聞いて回り見つけた最も評判の良い娼館のスカーレットだ。彼に欲情できないのであれば、方法はない。せめて、その僻地の小さな町に住むという腕の良い医者がこの身体をどうにかしてくれることを願う他ない。
月光は雪豹の艶の良い毛先を銀色に照らす。残酷なものだ。この月は、最も狂うことを望んでいる者を、狂わせてはくれなかった。
雪豹は月明りを頼りに、荷物の整理をはじめる。その瞳に滲んだ諦観を知る者はいなかった。
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