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第5話 王子様みたいな先輩

 夜のグリフォンドライブの後、マコトはフェリックスに家まで送ってもらった。  こうしてマコトはすぐに家まで辿り着けたのだった。  夜の内に家に着くことができてたっぷり眠れる。  なんて素晴らしいことなのだろう。  翌朝、マコトは元気にギルドに出社した。  こんなに明るい気分で出社できるのは初めてのことだった。 「おはようございます!」 「おはよう」 「あらおはよう、マコトくん」  大きな声で挨拶すると、ちらほらと挨拶が返ってきた。  前の会社ではマコトがどんなに大きな声で挨拶しても無視されたし、その癖マコトが一回でも挨拶を忘れるとそのことを詰られた。  けれどもこの世界は違う。違うんだ。 「よ、マコト。おはよう」 「先輩……!」  自分のデスクに向かうと、フェリックスがにこりと笑いかけてくれた。  途端に安堵を感じる。ここは安全な場所だ、と心から感じた。 「マコト、なんだか楽しそうだな。朝から良いことでもあったのか?」 「はい、朝から先輩に会えたので!」 「……っ!」  満面の笑顔で答えると、彼は顔を逸らして肩を震わせ始めてしまった。 「?」 「いや、すまん。マコトが天使すぎて少し動揺した」 「はあ……?」  一体どうしたのだろう。  疑問に思いながらも、マコトは席に着いた。  のっぽの置時計が始業の時刻を告げ、職員一同は仕事を開始した。  マコトはフェリックスに教わりながら、真面目に仕事に励んだ。 「お、昼休みの時間だぞ」  無我夢中で仕事をこなしていれば、いつの間にか置時計から鳩が飛び出してきて「ポッポー」と鳴き、お昼と思われる時刻を伝えていた。  時計盤には文字ではなく、水の模様とか火の模様など絵が描かれているから翻訳魔法では読めない。いつか時計の読み方を教わらなければ。   「マコト、一緒に昼食たべるか?」  美味しいものをたくさん教えるという約束はまだ効いているのだろうか、彼の方から誘ってくれた。 「もちろんです!」  マコトは目を輝かせて返事した。    二人はギルドの外へと繰り出した。  今日も気持ちの良い天気で、ちょうどいい気温だ。 「あの、この世界はいま何の季節なんですか?」 「ああ、そうか異界から来ると季節も分からないのか。今は春だよ。これから少しずつ暑くなっていくぜ」 「へえ、春なんですか」  言われてみると、そこら中が生の喜びで満ちているような気がした。  点々と咲いている花々は、春の花なのだろうか。  マコトの胸の内にも、希望が湧いてくるようだ。  不意に影が落ちてきて、マコトは空を見上げた。 「うわあ、先輩! あれ何ですか!?」  頭上遥か高くを、翼を持った四足獣が飛んでいた。 「ああ、グリュっちみたいな飛行型ゴーレムだな。空を飛んでるのは大抵飛行型ゴーレムだ。たまに、大貴族や王族が本物の飛行獣に乗ってたりするけれど」  彼は何でもないことであるかのように、さらりと答えてのけた。  この世界では人工グリフォンみたいなのに騎乗するのはごく普通のことなのだと、知った。 「適当な屋台でなんか買って、広場で食べようか。それで大丈夫?」 「はい!」  労働者が屋台で昼食を購入することはよくあることのようで、街中には屋台がちらほらと見えた。 「お、バーンドの屋台がある! 今日の昼はバーンドにするか、マコト!」 「バーンド?」  ある屋台を目にした途端、彼のテンションが上がった。  きっとバーンドという食べ物は彼の好物なのだろうと予想がついた。 「おお……」  屋台で何が売られているのか目にしたマコトは、思わず声が出てしまった。  巨大な肉が串刺しになっていたのだ。  注文を受けると、店主が鉄串に刺さった巨大な肉を削ぎ、肉片をナンのような薄いパンの間に挟んで客に提供する。 「バーンドを二つ、お願いします!」 「あいよ!」  フェリックスがマコトの分も一緒に頼んでくれた。 「ありがとうございます、あの、僕の分の代金……」  マコトがかしこまりながら財布を取り出そうとすると、その手を彼が制した。 「別にいいって、このくらい」 「でも、昨日も奢ってもらったのに悪いです!」  優しい彼からお金を毟り取っているようで居心地が悪く、マコトは意固地になってお金を払おうとする。 「じゃあ初めてのお給料をもらったら、その時はなんか奢ってくれよな」 「分かりました! 絶対奢ります!」  彼の言葉に言いくるめられ、マコトは今日も奢られることになった。  二人のやり取りが微笑ましいのか、店主は微笑みながらバーンドを渡してきた。  薄切りにされた蒸し焼き肉が、野菜と一緒にたっぷりパンに挟まっている。  パンは袋状の形なので、肉が零れ落ちてしまう心配もない。  鼻を近づけてくん、と嗅いでみると香辛料の匂いが香って食欲をそそられた。 「広場のベンチに座ろうぜ」  歩いて移動し、すぐ近くの広場に辿り着いた。  広場と言えば中心に噴水があるイメージを持っているが、その広場には噴水の代わりに街灯のような長い棒が立っていた。棒の先端には鉱石のようなものが取り付けられている。あれが暗くなると光るのだろうか。  幸いにしてベンチが一つ空いていたので、二人で並んで腰かけることができた。 「いただきます」  手にバーンドを持っているため手を合わせられないので、声だけでいただきますしてから、バーンドに食いついた。 「んー、ジューシー!」  味付けされた肉の旨味が口の中に広がった。 「はは、美味いだろ」  彼もにこにことバーンドを食べている。  あまりにも美味しいので、しばし無言でバーンドに集中した。 「なんだか人が多いですね」  バーンドを頬張りながら、ふと気付く。  広場には立った状態で食べ物を食べている人もいれば、立ち話をしている人たちもいる。広場になんとなくたむろしている人間が多いように見受けられる。  この広場に何かあるのだろうか、とマコトは疑問を抱いた。 「ああ、ラヂオ放送を聞くためじゃないかな」 「ラヂオ?」  マコトがきょとんとした瞬間、広場の中心に立っている長い棒から声が響いてきた。 『王都市民の皆様、こんにちは。ニュースをお届けする時間になりました』  まさかこの世界にこんな近代的なものが存在していると知らなかったマコトは、驚きに目を白黒させた。 「あはは、驚いただろ。あの棒の先に取り付けられているものは、共鳴石って言って魔術師が作った人工的な石らしくって、遠いところからの声を届けてくれるものらしいんだ」 「へえ、すごいですね!」  長い棒の先についている石は、明かりのためのものなどではなかった。  前の世界ではテレビというもっとすごい物がありましたよなんて言えるわけもなく、マコトは感心した声で返事した。 『ホワイトプリンスことグラントリアス王太子殿下が、先日王都ガザニア地区にある……』  ラヂオ棒は淡々とした声でニュースを流し続けている。 「先輩、ホワイトプリンスって?」  マコトは聞こえてきた単語をすぐにフェリックスに尋ねた。  ラヂオはこの世界のことを知るのに役に立つだろう。分からないことは積極的に聞いていかなければ。 「白い服が似合う王太子殿下がいらっしゃって、お優しくて慈悲深いからホワイトプリンスって呼ばれているんだ。身も心も真っ白さってことだな」 「へええ」  相槌を打ちながら、彼を何となく見やった。  彼は綺麗にバーンドを食べている。頬張る仕草にどことなく品がある。  そういえば、昨晩の夕食も彼は綺麗に食べていたなと思い出した。  その姿を見て、マコトはあることを思った。 「先輩って、なんだか王子様みたいですよね」 「げほッ! ごほ、がほッ!」  マコトが言葉を放った瞬間、彼はむせた。  バーンドが変なところに入ってしまったのだろうか。 「だ、大丈夫ですか先輩!」 「大丈夫だ。それよりオレが王子様みたいだって、なんでまた?」  彼はすぐに復帰して、尋ねてきた。 「だって、先輩は王子様みたいに颯爽と僕を助けてくれましたし。それに何だか仕草が上品だなと思って」 「それはまあ、オレだって貴族のはしくれだからな」 「えっ!?」  彼が貴族であるという事実に、マコトは驚きの声を上げた。  彼のことを王子様みたいだと言ったのは比喩で、まさか本当に高貴な血筋の人間だとは思わなかった。 「し、知りませんでした……」 「というか、冒険者ギルドは貴族の職員も珍しくないぞ?」 「え、ええ!?」  続く衝撃の事実に、マコトはもっと大きな声を上げてしまった。 「読み書きと計算が一通りできなきゃ、ギルド職員は務まらないだろ。だから、貴族の次男坊や三男坊の就職先としては結構普通だよ。むしろ、ダミアンみたいな元冒険者で職員やってる人の方が珍しいくらいかな」 「そうだったんですね……!」  読み書きと計算能力が、この世界ではそんな特殊技能だとは知らなかった。  もしかしてギルド職員って高給取りなんだろうか、とマコトは戦慄した。  最初にどれくらいの給料をもらえるかの説明も軽く受けたが、この世界の通貨や物価がよく分からないので軽く流してしまった。 「じゃあ、先輩も次男や三男とかなんですか?」 「……そうだな。兄が一人いる」 「へえー!」  一人っ子なマコトには、兄弟がいることが何だか素敵に思えて目を輝かせたのだった。  こうして少しずつ、今日も彼やこの世界について知ることができた。  知った分だけどんどん好きになれる気がした。

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